第41話 ちらつく影

「はあはあ……。ようやく片付きましたね……」


 どれくらい戦っただろうか。地面には大量のウルフとハイウルフが散らばっている。

 この戦いにはいろいろと不明な点が多かった。

 まず、魔物の数。さすがに多すぎる。全部で30体以上のウルフとハイウルフを相手にした。通常はここまで群れないし、ウルフとハイウルフの混合というのもまず考えられない。

 そして、群れを指揮する魔物の存在が居た事。なぜか下位種であるウルフが全体の動きを統率していたのが気にかかる。魔物としての強さは通常のウルフなのに、なぜそんな事が起きたのか。疑問を尽きなかった。

 ところが、今はまだそれどころではなかった。俺たちの方の戦闘は終わったものの、まだドラゴニルは魔物と戦い続けていた。しかも、とても楽しそうに。

 言っておくが、ドラゴニルは公爵だ。もう一度言う、公爵だ。

 まるで悪人面のような怪しい笑顔を浮かべながら、巨大な魔物を剣と体術で屠っている。


「はーっはっはっはっ! 実に愉快、爽快! どうした、お前らはその程度か!」


(あは、あはははは……。まだものすごい数の魔物だけど、任せておけばいっか。俺たちの方は少し休ませてもらおうかな)


 高笑いをするドラゴニルの姿に、俺たちはとても割って入れるような雰囲気を感じなかった。


「あちらはお父様にお任せして、私たちはこのウルフたちの処理をしてしまいましょう。警戒は怠らずにお願いしますね」


「はっ、承知致しました」


 というわけで、俺は楽しんでいるドラゴニルを邪魔しないように、黙々とウルフの解体処理を始めたのだった。


 結局、俺たちが魔物の処理をしている間、別の魔物が俺たちに襲い掛かってくる事はなかった。なぜなら、ドラゴニルが全部屠ってしまったからだ。普段の尊大な態度は何も間違っていなかったのだった。あれだけ戦っておきながら魔物の返り血を浴びてないって、本当に同じ人間なのか疑わしい。いや、そういやドラゴンの血が入ってたな。


「ふむ、いい運動になった。事務処理はうっ憤が溜まるからな、こうやってたまに発散するのも悪くないな! ふははははっ!」


 なんとまあ、うっ憤晴らしの八つ当たりで魔物たちは叩きのめされたようだ。相変わらずよく分からねえ奴だぜ、ドラゴニルはよ。将来的にこいつの伴侶にされちまうのかよ、俺は。


「おとなしく調査のつもりだったが、この魔物の数といい種類といい、何者かが背後に居るように思えてならんな。アリス、お前はどう思う?」


「えっ、私……ですか?」


 急に話を振るんじゃねえよ! 危うく解体処理をミスるところだったじゃねえか!

 俺は手に持ったナイフで自分の手を切りかけていた。あっぶねえなぁ……。


「そうですね。確かに、私たちが相手にしたウルフとハイウルフの群れは、ウルフが指揮官となっていました。元々ウルフは集団戦を行う事がありますけれど、格下の者が中心となる事はあり得ません。誰かは存じませんが、魔物たちを指揮していた何者かが居ると見て間違いないでしょう」


 俺はドラゴニルの質問にそう答えていた。多分、男の頃のままなら答えられなかっただろう。アリスとして教育を受けてきた成果が今ここにしっかりと現れているってわけだぜ。

 ところが、ドラゴニルは俺の回答に対して少し考え込んでいた。あれ、何か間違ったか?


「やはり、アリスもそう感じたか。状況的に照らし合わせると、そう考えるのが妥当だろうな」


 なんだ、間違ったわけじゃなかったのか。だったら、今の間は一体何だったというのか。


「すまないな。ちょっと作戦を考えただけだ。とりあえず一度村に戻るぞ。情報は持って帰って共有せねばな」


 不敵に笑うドラゴニルである。相変わらずどことなく気に入らない奴だ。

 とにかくドラゴニルの言葉で一度村に戻る事になった俺たち。魔物をこのまま放置すると危険なので、素材とできる部分は持ち帰り、残りはすべて焼き払うなり埋めるなりしておいた。

 さすがに魔物の数が多い上に大きさまであったので、作業に時間が掛かり過ぎてその日は村に帰る事はできなかった。まさか野宿になるとは思わなかったぞ。


「それにしてもお前たち」


「はいっ!」


 ドラゴニルに声を掛けられて、大きな声で返事をする騎士たち。


「鍛え直す必要があるようだな。村に戻ったら稽古をつけてやる、覚悟しておけよ?」


「ひぃっ!」


 今回の情けない戦いっぷりを全部見られていたようである。あえなくドラゴニル直々の稽古を受ける事になったようだ。自業自得だから、俺は擁護しないぞ。


 どうにか今回の魔物たちは撃退する事ができたが、なんとも問題ばかりが露見した出来事だった。

 同行した騎士は情けないし、魔物たちは行動がよく分からないし、本当にどうなってるんだという感じだった。

 だが、今回の魔物たちの動きから、背後に何者かが存在している可能性が出てきたのは大きな収穫だった。もしかしたら、前回の人生におけるあれこれも、そいつが仕組んだ事だったのかも知れない。

 そして翌日、いろいろな情報を持って俺たちは村へと帰還する事となった。

 これからのためにも、じっくり休んで状況を整理しねえとな。

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