第38話 襲い来る魔物

 翌日、俺はドラゴニルや調査隊と一緒に森の中を移動していた。川を渡って魔物の出現が多く報告されている地点へと向かっている。今のところはいたって何も起きていない。

 それにしても、川を渡った先は思ったより普通の光景が広がっていた。魔物が出現しているのなら、荒れ果てているものばかりだと思っていたので、正直意外だった。

 野生生物が通っているだろうくらいの細い道があるものの、基本的に手付かずの森の中。俺たちは周りに警戒しながらゆっくりと歩いていく。ただ、地面には落ち葉がびっしりとあるために、歩くたびに葉っぱを踏みしめる音が辺りに響き渡った。

 しばらく歩いていると、ドラゴニルが急に立ち止まる。だが、それと同時に俺も何かを感じて立ち止まった。


「ドラゴニル様、いかがなさいましたか?」


 ついてきた騎士や兵士は、それがどういう事か分からずに確認している。俺にも感じられるのに、騎士がそれでどうするというんだ。


「何か気配を感じぬか?」


「いえ、特に何も」


「そうか。戦場に立てば、お前は真っ先に死ぬ事になるな」


 ドラゴニルの発言に、騎士がものすごく戸惑っている。

 それは無理もない。今まさに俺たちに向けてすさまじい殺気が放たれ続けているのだ。この気配はただ者ではない。ドラゴニルと俺がますます警戒を強めている。


「この気配、3年前のわんことも違う感じだな。それよりもさらに危険な感じだ。気を抜けばこちらがやられるぞ」


 ドラゴニルの声に、調査隊はいっそう警戒して身構える。

 それにしても、俺たち家族を襲ったハイウルフをわんこ扱いとは、強者たる余裕というやつなのだろうか。まったく信じられない奴だぜ。

 警戒して進む俺たちの前に、その殺気の正体が姿を現す。


「キルルルル……」


「うわあ、なんだあれは!」


 声が聞こえてきたので確認してみると、そこには鷲の頭と翼と足を持つ獣のような魔物が居た。見た事のない魔物の出現に、調査隊は腰を抜かしていた。


「ふむ、あれはグリフォンだな。まさか、我が領内で見る事になろうとは……。これは魔物の住みやすい環境が整いつつあるという事か」


 ドラゴニルは冷静に分析しているが、口元が笑っている。こいつ、戦う気満々だ。


「ふっ、我の戦う相手としてふさわしい。アリス、見ておれ。力の使い方というものを見せてやろう!」


 ドラゴニルは剣に手を掛けると、ゆらりと歩み出ていく。

 よく思えば、俺がドラゴニルの戦いをゆっくりじっくり見るのはこれが初めてだ。ハイウルフの時はそういう状況じゃなかったからな。あの時はお袋と護衛のおっさんが居たし、俺だって必死に戦っていたからな。


「我が剣、とくと見よ!」


 ドラゴニルが芝居がかったように言うと、グリフォン目がけて飛び込んでいく。

 対するグリフォンだって、簡単にやられるような魔物じゃない。ドラゴニルの突進を迎え撃つかのように、翼を力強く羽ばたかせていた。あれは風の魔法だ。


「ふっ、実に心地いいな」


 だが、本気で涼しい顔をしているドラゴニル。グリフォンの顔を見れば、ずいぶんと必死のように見えるのだが、ドラゴニルにはまったく通じていないようだった。


「キエエエエエッ!」


 風の魔法が通じないと見たグリフォンは、鋭い爪でもってドラゴニルに襲い掛かる。だが、ドラゴニルはこれさえも落ち着いて捌いていた。


「遅いな。このくらいの個体ならもう少しやると思ったんだが、とんだ拍子抜けだったようだ」


 次の瞬間、グリフォンの翼が吹き飛び、ドラゴニルはその脳天に剣を突き刺していた。


「グエエエェッ!」


 苦しそうな声を上げたグリフォンは、そのまま息絶えてしまった。

 強い。

 この戦いを見た俺の率直な感想である。さすがは尊大な態度を取るだけの事はある。実力もそれなりに兼ね備えているのだ。


「ふむ、あっけないものだな」


 ドラゴニルは余裕のようである。


「だが、さすがにグリフォンは一般の兵士には厳しすぎるな。このランクの魔物まで出てきているとなると、いよいよ魔物の大量発生も近いという事だ。警戒を今以上に強めなければならないな」


 ドラゴニルが調査隊の方を見て言うと、調査隊は青ざめた顔をしてぶんぶんと首を縦に振っていた。


「ここにアリスが居るというのも心強い点だ。幼い時に奴隷として売り飛ばそうとした事を後悔させてやろうじゃないか。な、アリス」


「ほえ?」


 いきなり変な事を言うものだから、俺はつい間抜け面をさらしてしまう。


「なんだ、気付いてなかったのか? 幼い時に賊に襲われたのは、お前の力を危険視した一部の村人が手引きしたものなんだぞ?」


「な、なんだってーっ?!」


 こんな場面で明かされる驚愕の真実。俺は思い切り叫んで硬直してしまった。


「ふっ、そういう顔もするんだな。実に面白くて愛い奴だ」


 ドラゴニルはくすくすと笑っている。

 だが、それも一瞬。すぐさま表情を引き締めていた。


「今の声に誘われて、他の魔物がやって来たようだな。ちょうどいい。アリス、お前の中に眠る力の一端をここで見せてやれ」


「はああっ?!」


 ドラゴニルの無茶振りに、俺は再び大声を上げてしまう。

 しかし、この声によって更なる魔物がおびき寄せられてしまったらしく、もうやるしかなくなってしまっていた。

 くそっ、いっちょやってやろうじゃねえか!

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