第36話 懐かしき故郷へ

 ドラゴニルに課題を与えられてからだいぶ時間が経った。

 そんなある日の事、俺はドラゴニルから声を掛けられる。


「アリスよ、久しぶりに村に戻ってみる気はないか?」


「はい?」


 そう、俺の生まれ育った村へと足を運んでみないかという誘いだった。唐突な事だったので、俺はつい首を傾げながら中途半端な反応をしてしまった。


「そうかそうか。レサ、すぐに着替えさせろ。出掛ける準備だ」


「畏まりました、公爵様」


 俺の首を傾げた反応を了承と受け取ったドラゴニルの命令により、レサと複数名の侍女に囲まれて、俺は自室へと連れ去られてしまった。ちょっと待て、俺は理由が聞きたいだけなんだ。

 俺の抵抗もむなしく、あっという間によそ行き用の派手さを抑えたドレスへと着替えさせられてしまった。てか、頭の両脇で髪を結んだ状態なんて、この屋敷に来てから初めてしたぞ。


「ちょっと待って下さい。何なんですか、この髪型は」


「はい、ツインテールという髪型でございます。尻尾が二つあるように見える事からそのように呼ばれております」


 俺の質問に、淡々とレサから答えが返ってきた。

 この髪型、ブレアでも見た事ないんだがな。他の貴族令嬢なら、してるやつは何人か見た事があるが……。

 そんな事を思いながら、俺は姿見に映った自分の姿をじっくり見ている。……うん、別に悪くないか。見慣れていない髪型だけに違和感を持っただけだな。しかし、この姿を見て可愛いとか思ってしまったあたり、さすがにもうかなり女に意識が侵食されてきてるな。


「アリス、準備はできたか?」


「はっ! はい、できました」


 外からドラゴニルの声が聞こえて、つい驚いてしまう俺である。


「そうか。ならばさっそく出るぞ」


 ずいぶんと急かしてくるドラゴニルである。まったく、一体どうしたというのだろうか。ドラゴニルの考えている事はよく分からない。

 いろいろと疑問に思うところも多いのだが、俺はさっさと支度を済ませると、馬車を待たせてあるだろう玄関へと急いだのだった。

 玄関に出た俺が見たものは、仰々しいまでの騎士の隊列だった。一体どうしたというのだろうか。俺を除けば、まるで戦いに行くかのような物々しい集団だぞ、これは……。


「お父様、これは一体……?」


 つい俺は、ドラゴニルに状況を確認する。


「なに、お前の故郷の村から報告があってな。どうやら、いよいよ魔物の群れが出てくる気配が強まっているらしい」


「はい?! あれって、4年後のはずでは?!」


 質問に答えたドラゴニルの言葉に、意外な言葉が思わず俺の口を突いて出てしまう。


「そうか、やはり我の記憶違いではなかったか。だが、現地からの報告だ。捨て置くわけにはいくまいて?」


 確かにそうだ。辺境の村とはいえども、ドラゴニルの受け持つ領地の話だ。しかも、魔物が絡んだ話となれば、放っておくわけにはいかない。それが原因でよそに被害が及んでしまっては、領主としての責任にまで発展してしまうわけだからな。

 しかし、その差し迫ったはずの状況だというのに、俺の移動は馬車だった。馬に乗れないから仕方ないとはいえ、馬車を用意するという事はそこまでまだ差し迫った状況ではないという事なのだろう。

 屋敷を出発する俺たちだが、隊は二つに分かれていく。馬に乗った先行勢と俺たちの乗る馬車を取り囲む後発勢といった感じだった。


「正直、巻き戻り前の魔物の大群に対処できなかったのは心残りだったな。あれが起きる前に家を潰されて追われる身になってしまったからな。それが今から3年後だ」


 馬車の中で昔語りを始めるドラゴニルである。


「あの時も魔物の数が増えてきている事には気が付いていた。だが、我の周りの貴族どもの妨害に遭い、対応できなかったんだ。我の中では今も忘れられぬ心の傷というわけだな」


 馬車の中で物思いにふけるドラゴニル。その横顔は、とても哀しそうなものに見えた。

 だが、俺もそのドラゴニルの気持ちは分からなくはない。なにせ、あの時の魔物の襲撃で、村はほぼ壊滅状態だったんだからな。しかも疫病まで流行る始末だ。両親もその疫病に侵され、俺は両親の死に目にすら会えなかった。それは、今も俺の大きな心の傷となっている。


「だが、今回の我は違うぞ。公爵ドラゴニスではなく、公爵ドラゴニルなのだからな! 伴侶も決めた事だ。今世は思うがままに混乱の芽を摘み取ってくれようぞ!」


 立ち上がりそうな勢いで力強く言い放つドラゴニル。その姿を見た俺は、ついつい苦笑いを浮かべる事しかできなかった。


 馬車での退屈な旅も、3日も経てば終わってしまう。


「おっ、見えてきたな。ほら、あれがアリスの生まれた村だ」


「どれどれ……」


 ドラゴニルがにこやかに言うものだから、俺も窓から外を見る。

 ところが、その景色に俺は目を疑った。

 そこにあったのは、対魔物の前線基地として、すっかり変貌を遂げてしまった生まれ故郷の姿だったのだ。

 もう、俺の記憶の中にある村の姿は、完全に姿を消してしまっていたのである。


「な、なによ。あれはーーっ!!」


 俺の叫び声が馬車の中に響き渡ったのであった。

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