第35話 油断ならないお嬢様
ドラゴニルに課題を出された日から、俺の生活は朝はサウラの授業、昼は騎士の訓練という状態になっていた。おかげで公爵令嬢としての品格と騎士としての腕前はめきめき鍛えられていった。
たまの休みにはブレアが遊びに来てくれる。決してクロウラー伯爵領からフェイダン公爵領までは近くはないのだが、憧れの騎士を近くで見られるという事と俺との付き合いという事で、それはわくわくした顔でやって来ていた。ブレアもまた騎士には憧れているし、俺の事も尊敬しているような状態だった。
とはいえども、そうやってやって来るブレアの事は嫌ではなかったし、俺も一緒に居て楽しいと思えている。本当に仲のいい友人といった感じだった。
そんなある日の事、たまたまブレアも来ていた日に、ドラゴニルが訓練場に姿を現した。
「おお、やっているな、我が精鋭の騎士たちよ」
姿を見せるなりそんな事を言うドラゴニル。そりゃ騎士なんだから、訓練の一つや二つはするものである。まったく、いきなりやって来て何を言ってるんだ。
「ドラゴニル様、お邪魔しております」
訓練場に現れたドラゴニルに対して、パンツスタイルのために腕を胸の前に出して頭を下げて挨拶をするブレア。さすが騎士を目指すだけあってか、そっちの作法も身に付けているようである。
「おお、ブレア・クロウラーか。精進しているようだな」
「はい。来年設立される学園に入るために、日々努力しております」
受け答えが騎士のスタイルそのものになっているブレア。しっかり切り替えられているので、俺はつい感心をしてしまう。
それにしても、ブレアの体つきは女性そのものといった感じになってきているが、よく見ると腕とか太い。他の令嬢と比べたら、おそらくひと回りはおろかふた回りは太いんじゃないだろうか。そのくらいに鍛えている事がよく分かる。パンツスタイルなので脚の方もよく見えるが、こっちもこっちでかなり鍛えられているようだ。
まあ、騎士は鎧を着込んで動き回るから、ある程度筋肉がないと話にならないからな。俺だって身体強化を使っているとはいっても、それなりに筋肉は付いてきている。だが、ブレアのそれに比べれば貧弱に見えるだろうな。
俺がブレアとの体格差を気にしていると、ドラゴニルの奴が俺の方を見てきた。一体何の用だっていうんだ。
かと思ったらちょっと笑ってすぐさま別の場所を見ていた。何だよ、バカにしたのか?
俺がちょっと癇癪を起こしかけていると、ブレアが俺に話し掛けてきた。
「アリス様、どうか一度私と手合わせを願えませんでしょうか」
ブレアが俺に勝負を挑もうとしてきた。今まではそんな事なかったというのに、一体どうしたというのだろうか。
疑問に思う俺だったが、ブレアがちらちらとドラゴニルの方を見ている。あー、なるほど、来年に向けてまずはドラゴニルにアピールって事か。
「分かりました。ブレア様、手合わせ、お受け致します」
狙いを理解した俺は、その挑戦を受ける事にした。ブレアは嬉しそうに笑顔になっていた。
そんなわけで近くに居た騎士から木剣を受け取ると、俺とブレアは木剣を持って向かい合った。そして、剣を構え合う。
俺たちの間にはただならぬ空気が漂い始める。その張り詰めた空気に、周りの騎士やドラゴニルも一斉に視線を向けていた。
そんな中で、俺たちは真剣な表情をしながら互いを見ている。当然ながら、俺たちは周りの様子には気が付いていなかった。
「では、参りますわよ、アリス様」
「ええ、いつでもいらして下さい」
その声が合図になったようで、ブレアが俺に向かって突進してきた。
さすがはフェイダン公爵家と縁のあるクロウラー伯爵家の令嬢。その踏み込みは年相応とは思えないくらい鋭いものだった。口だけではないという証左だ。
だが、俺だって負けてはいられない。ドラゴニルに匹敵する力を持っているのだから、この程度の攻撃をいなせなくてどうするというのだろうか。
次の瞬間、カーンという木剣同士がぶつかる音が響き渡っていた。
「ふふっ、受け止められてしまいましたか」
「危なかったですね。剣を止めなければ二段目が飛んできていましたね」
そう、受け流して反撃だと思った俺だったが、急に何かを感じたので剣を受け止める方向に切り替えたのだ。
なぜそうしたのか。理由はブレアの腕の動きだった。
ブレアの初撃は右側に振りかぶって俺の左肩を狙ったものだった。となれば、ブレアの左側から剣を当てて受け流すところだろうが、一瞬だがブレアの右手が不自然な動きをしたのだ。
当たる瞬間、右手を剣から離そうとしていたのだ。おそらく、攻撃を流された後に、右手を自由にする事で、すぐさま俺の左下から振り上げるつもりだったのだろう。なんてこった、12歳の令嬢がする動きじゃねえ。
「あのまま受け流していたら、思わぬ追撃を入れられるところでしたね」
「見破られるなんて思ってもみませんでしたわ。さすがはアリス様ですわ」
「ぶわっはっはっはっ! これは来年が楽しみだな」
剣をぶつけ合って睨み合う後ろで、ドラゴニルが楽しそうに大笑いしていた。うるせえ!
「お父様がうるさくてごめんなさい」
「いえ、構いませんわ。そんな事よりも、このままもう少し手合わせを願いますわ」
「望むところですね」
ドラゴニルの笑い声を謝罪する俺だが、ブレアはまったく気にしていないようだった。
そんなわけで、俺たちはその後もしばらく打ち合いを続けたのだった。まったく、ブレアも大したお嬢様だよ。
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