第34話 仕切り直し
翌朝、まったく引く様子のない筋肉痛で目を覚ます俺。よくその状態で寝ていられたものだ。
「あたたたたた……。これ、身体強化で消えるのかな?」
痛みのせいですっかり忘れていた身体強化を発動する。使い慣れた程度なら、呼吸をするような感覚で発動できてしまう。すると、筋肉痛はだいぶ楽になった。
「鍛え方が足りねえみてえだな。切らした瞬間に痛みが襲ってきやがる……」
身体強化を試しに切ってみると、ほとんど消えていたはずの痛みが再び襲い掛かってきた。それでも多少痛みが和らいでいるので、身体強化には治癒力を高める効果もあるようだ。なるほどな。こうやっていると、俺のはまだ自分の能力について知らない事が多いようだ。
俺は身体強化を発動させると、レサと一緒に顔を洗って服を着替える。
食堂で朝食を取る俺だが、この時はドラゴニルも一緒に朝食を取っていた。
「そういえば、昨日やらかしたらしいな」
「ぶっほっ!」
ドラゴニルが前置きも無しに昨日の失敗の事を口にするものだから、俺は思わず吹き出してしまった。すかさずレサが飛んできてナフキンで拭ってくれる。
ルイスの奴、ドラゴニルに報告しやがったな?
「ふふふっ、我が伴侶となるのなら、常に平常心を保てるようにならねばな。まだまだ子どもよな、がっはっはっ」
ドラゴニルが大口を開けて笑っている。こいつ、巻き戻す前は女だと言ってた割にはずいぶんと豪胆な性格をしていやがる。
いや、俺が生まれた時にまで戻っていたんだから、こいつも赤ん坊の時から男をやり直しているとなるとこうなってもおかしくはない。どう見たって30歳は過ぎてるからな。
「どうせ私は子どもですよーだ」
使用人たちが見ている前なので、俺は少女っぽく頬を膨れさせていじけてみせた。するとドラゴニルは更に笑っていた。マジでこいつまた殴りてえ……。
食事を終えるとしばらく休憩したのち、サウラによる授業が始まる。作法に手芸、それと歴史などの勉強、とにかくお昼の時間まで徹底的にしごかれる。
だが、ここまで3年間受けてきた内容だ。このくらいならもう俺も動じなくなってきていた。今じゃむしろ楽しいくらいだからな。
「本当に、アリス様の勉学に対する姿勢は素晴らしいものがあります。ここまで来れば、王都での夜会などに出してももう大丈夫でしょうね。ただ、公爵様の事を思うと出したくはございませんが」
俺を褒めているサウラだったが、やはり俺が公爵の伴侶になる事が決まっているので、思いは複雑なようだった。
自惚れるわけじゃないが、確かに俺はだいぶきれいな方だと思う。下手に人目にさらせば、それこそ惚れてしまう連中も居るだろう。そうなるといろいろ面倒な事になりそうだから、サウラは悩んでいるというわけなのだ。なにせ、ドラゴニルの伴侶として一人前にというのがサウラの気持ちみたいだからな。
だが、安心しほしい。元々男だった俺は、男と一緒になるつもりなんぞない。うん、精神的に無理だ。ドラゴニルはまあ、別だな。
サウラが思い悩む姿を見ながら、俺はそんな事を思っていた。
お昼を食べた後は、今度は鍛錬の時間だ。そもそも騎士を目指しているわけだし、ブレアにはいいところを見せてやりたい。時間が巻き戻っているとはいえ、一応先輩だしな。
最初のうちは軽く走り込みをする。これは村に居た頃からもよくしている事だ。ただ、今は公爵家の令嬢という立場なので、自由に移動ができないのがつらい。訓練場内なら騎士たちの目が行き届くので、そこでなら走ってもいいという条件が突きつけられていた。
走り込むにあたって、筋肉痛の影響を考えたのだが、そこはまったく問題はなかった。なので、体をほぐしてからいつも通りに鍛錬をこなしていく。
それが終わると、打ち合いをする。相手は今日もルイスだ。
「よう、もうすっかりいいようだな。1日で回復するとは、さすがは公爵様の選んだ相手だけあるな」
「私は騎士を目指すのです。あの程度でへばってなんかいられません。あと、お父様に告げ口をしましたね?」
「はははっ、バレたか。お嬢様の様子はすべて報告しろって言われてるんでね、恨まないで下さいよ」
やっぱりかよ、この野郎。報告義務があったからとは言って、俺が許すとでも思ったか?
俺はルイスに向けて木剣の先を向ける。明確な宣戦布告である。
「おかげで要らぬ恥をかきました。よって、この剣であなたを成敗します」
キリっと凛々しい表情でルイスを睨み付ける俺。それに対してルイスは鼻で笑ってくれた。
「いいでしょう。やるって言うのなら、俺もしっかりやらせて頂きますからね!」
騎士らしく、剣を顔の前で構えるルイス。
「はああっ!!」
そして始まる強烈な打ち合い。
「今日は加減を間違えてないようですね」
「昨日はたまたまですわよ。今日ははっ倒してやりますからね」
「それはまた、楽しみですな」
にこやかに会話をしながら本気で打ち合う俺たち。周りに居た騎士たちが呆れるくらいの激しいものだったようだ。
結局のところ、この日も俺はルイスには敵わなかった。
「ああ、もう。もうちょっとでしたのに!」
「お嬢様は筋がいいですねえ。こりゃ、うかうかしてられねえな」
ルイスに冷や汗をかかせられたのに、どうしても及ばない俺は悔しくてたまらなかった。
学園に入学するまでの間、俺には『打倒、ルイス』という目標が新たに加えられたのだった。
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