第33話 痛い思い

 まったく、昼間はあり得ないミスをしてしまったものだ。身体強化を使うはずが、気合いが入り過ぎて魔物を滅する力に傾きかけてしまっていたようだ。そのせいで力の発揮が中途半端になって、動きがちぐはぐになってしまったみたいだ。

 はあ、調整って難しいな。これも普段使ってこなかった事が響いているんだろうな。まったく、カッコ悪いったらありゃしないぜ。

 正直、その後の俺は見事に凹んでいた。


「お嬢様ってば、おっちょこちょいなんですね」


 レサにはこんな風に言われる始末だ。しかも真顔で。

 あまりに淡々と言うものだから、俺は枕とか思いきりレサに投げつけそうになっていた。

 だが、俺はあと一歩のところで踏みとどまった。気に障る事を言われたからといっても、ここで八つ当たりをしてしまってはいけない。自分のミスなんだからな。


「……こほん、そうですね。ちょっとばかり焦り過ぎてしまいました。お父様に一刻も早く認めてもらおうとして、気を急き過ぎました」


 俺は令嬢らしく、しおらしく座りながら反省の弁を述べる。感情のままに動くなど、令嬢としてはあるまじき事だと教えられたからな。力のコントロールをミスった上に、感情までコントロールできなかったら、俺は何もできない奴になっちまう。それだけはごめんだぜ。


「お嬢様は騎士を目指していますものね。騎士というのは憧れですから、焦るのも分かります。ですが、今の実力も分からぬままに力み過ぎてはダメだと思います」


「むぅ……。でも、身体強化を少し強めてはと言ったのはレサですよ」


「確かに申しましたけれど、お嬢様がここまで調節が下手だとは思いませんでしたからね。もうちょっと落ち着きというものを持った方がよろしいでしょう」


「うっ……」


 レサに言われた事だと文句を言ったものの、レサには落ち着いて反撃を食らってしまった。公爵令嬢として教育を受けてきたとはいっても、こういうやり取りになると俺はめっぽう弱かった。くそう、これが根本的な育ちの差か! ぐぬぬぬぬ……。

 俺が言い返せないと見たレサは、呆れた顔をしながらも俺の側までやって来た。


「お嬢様はまだ12歳です。まだまでこれからですので、焦らず落ち着いて参りましょう」


「むぅ……。分かりました」


 レサには勝てないと判断した俺は、おとなしくレサの言う事に従う事にしたのだった。

 結局俺は、身体強化に関しては今まで使った事のある強度で継続する事にした。小さい頃から使っている力だっていうのに、俺は何も分かっていなかったのだ。そんなわけで、下手に変えようとして今日のような事を繰り返してしまっては意味がないので、まずは完全になじませる事を優先させたのだ。

 それにしても、5歳の頃から7年間も使っていた能力を理解していないなど、本当に俺は何をしていたのだろうか。騎士を目指すと言っていた割に、その鍛錬を怠り過ぎでいたわけだ。公爵令嬢として相応しい知識と所作を身に付けるのに一生懸命だったこの3年間はある程度仕方ないとしても、村に居た頃は鍛錬し放題だったはずなんだがな……。過保護に育てられた事で、両親の顔色を窺いつつ過ごしていたから、気持ちが散漫になっていたのかも知れないな。

 まあ、過ぎた事は仕方がない。これから本腰を入れればいいだけだ。俺はきっぱりと気持ちを切り替えた。


「あたたたた……。なんだこれ、体が痛いぞ……」


 食事を終えて部屋に戻った俺は、あまりの体の痛さにベッドに倒れ込んで動けなくなっていた。


「おそらく筋肉痛でしょうね。無理な身体強化を使ったので、反動が来たのでしょう」


 俺を寝間着に着替えさせようとしてついて来ていたレサが、ものすごく冷静に答えていた。


「ええ……。あれ時の疲労感だけじゃなかったのかぁ……」


 一瞬、男の状態が顔を出した俺だったが、すぐさま令嬢らしい喋り方に戻る。

 それにしても今の俺の体じゃ、男の時みたいに力を振るう事は不可能か。なるほど、5歳の時に5日間寝込んだ理由もものすごく納得がいく。


「せっかく、素晴らしい才能をお持ちなのです。とは申しましても、無茶をしている姿は見てられませんね。専属侍女としてちゃんと見張っていませんと」


 レサの説教じみた物言いだが、俺は黙って聞いているのが精一杯だった。本当に今日一日は反省する事ばかりだ。


「今日の事はしっかり反省します。幼い頃から使えている能力を、いまだにしっかり使いこなせないなんて、私の未熟さを痛いほど感じていますからね」


 俺は痛みに耐えながら、レサの方へ顔を向けて話している。


「とにかく、来年に学園が開校するまでに、しっかり使いこなせるようになります。レサも頼りにしていますよ」


「仰せのままに、お嬢様」


 話を交わした俺たち。

 そして、俺は筋肉痛で横たわった状態のまま、レサによって寝間着に着せ替えられてしまった。さすがフェイダン公爵家の侍女、こんな体勢の人間相手でもきっちり着替えをさせられるのか。


「それでは、お嬢様。お休みなさいませ」


「ええ、おやすみなさい、レサ」


 レサが出ていくと、部屋の明かりがふと消える。そして、ひとしきり反省をした俺は、筋肉痛がまだ引かないながらもどうにか眠りに就いたのだった。

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