第32話 気合いと気負い
そういえば、俺の力というのも不思議なものだった。5歳頃の能力は本当にまったく安定してなかったのだ。
身体強化自体は大した負荷じゃない。男の時にはほぼ常時出していたような力だから、女になってからも安定して出せていたんだ。だが、その慣れていたという状況が油断となったんだろうな。大人だった男の時と違って、5歳の小さな体にどんな影響が出るのかまったく考えていなかったわけだ。
そんな中で毎日寒かった中で突然狂ったような暖かさになった日に、体が対応できずに溜まっていた疲労が噴き出したって事なんだろう。
ドラゴニルに相談したら、そんな風な答えを返された。
ちなみに、ウルフを倒した時やら、賊を返り討ちにした時には、魔物を倒す驚異的な力を使っていたらしい。ウルフの時は咄嗟だったし、一気に放出したために体が耐え切れず、5日も寝込む結果になったわけだ。賊の時は何ともなかったから、きっと人間相手という事もあって手加減したからだよな、うん。
そんなわけで、今回の課題は、女だった頃のドラゴニルとやり合った時の力を問題なく発揮できるようにするというものだ。正直、今の段階ではまったくできるかどうか分からない。そもそも何を相手にそんな力を使えばいいんだよ。
課題を与えられたのはいいが、最初からいきなりお手上げ状態である。
「それでしたら、身体強化の強度を上げていけばいいのではないでしょうか」
行き詰った俺はレサに相談すると、そんな答えを返されてしまった。ふむ、それも一理あるかと俺は思った。
身体強化の強度を上げれば、それだけ体にかかる負荷は増える。それを長時間続ければ、体も自然と鍛えられるというわけだ。
しかし、この計画には問題がある。
それは、身体強化を強くして、他の人や物に触れて大丈夫かという点である。確かに、俺の持つ魔物を打ち倒す力は身体強化の極限とも言える力だ。言ってしまえば、身体強化がコップ1杯の水程度だとするなら、魔物を打ち倒す力は樽1個分くらいというくらいに力の度合いが違う。加減すれば井戸桶1杯分くらいの力を発揮する程度にまでは弱められる。本気でやれば並大抵ものは木っ端みじんだ。それはそれでシャレにならない。
5歳の頃はあまり調節できていなかったが、相手がウルフか人間かという事で、無意識的に力を調節していたのだろう。
レサが言うには、身体強化の強度を意識して変化させる事で、俺の持つ力を自在に操れるようにしようという話みたいだ。そのレサの言い分に納得した俺は、早速その方向でドラゴニルの課題をクリアするために取り組む事にした。
俺に課題を出して以降、ドラゴニルは俺に積極的に関わってこなくなった。ドラゴニルは領主の仕事に加えて、新しくできる学園の設立にも1枚かんでいる。やる事が増えたので、俺にあまり構っていられなくなってしまったのだ。ドラゴニルも根本は真面目に仕事をするタイプだ。時々俺絡みで仕事をおろそかにするところがあったので、課題を与えた事をきっかけに仕事に専念しているようである。多分、仕事がなくても俺にはそんなに構わなかったと思うがな。
俺は課題を出された翌日から、身体強化を常に発動させるようになった。今まではせいぜい訓練の時にしか使っていなかったのだが、使いこなすためにはその状態を常に保って、身体強化がどのようなものかをしっかり把握しておく必要があると考えたからだ。
身体強化を発動させると、体がかなり軽くなった。踵が高くてバランスの悪い靴を履いていても、体幹が保たれるので姿勢もよくなっている。
だが、こうなると効果が切れた時が気になるな。
いろいろと気になる事はあるところだが、とにかくこの力を使いこなせるようになるためにいろいろとやってやるぜ。
「よーし、今日も張り切って訓練しようか」
「はい、よろしくお願いします」
記念すべき課題をこなす最初の実験相手はルイスだった。普段の訓練よりも強めの身体強化を使っている。
彼もドラゴニルの部下である騎士だ。多少無茶をしたところで問題はないだろう。というわけで、そのちょっと強めの身体強化を使った状態で、ルイスとの打ち合いを始めた。
ところがだ。その違和感というのはすぐに現れた。
「どうした。剣筋がまったくなっていないぞ。普段よりも遅い、ふらつく。一体どうしたというんだ」
そう、剣を振るうと思ったように振れていないのだ。それこそ、腕力のない人物が剣を振るうように、剣をちゃんと持てていない、振るっても剣に振り回されるという状態になっていた。身体強化の程度を強めているのに、これは一体どうした事なんだろうか。
「体が震えているな。どうした、熱でもあるのか?」
「えっ?」
俺は自分の手を見た。どういうわけかものすごい汗である。
「身体強化の程度を間違えたか? 多分体がついていけずに機能が狂っちまってるんだ。今すぐ身体強化を解け」
ルイスからそう言われた俺は、慌てて身体強化を解く。すると、俺はもう立ってられないくらいになっていた。
「まったく、お子様だな。張り切り過ぎて身体強化を強めにしちまったようだ。もっと気楽に構えろよ」
木剣を支えにしてどうにか倒れずに耐えている俺に、ルイスは頭を掻きながらお説教である。どうやら気合いを入れすぎて身体強化を強めにしてしまったようだ。そのせいで体がついていかず、ちぐはぐな状態に陥っていたようだった。
なんてこった。これじゃウルフを真っ二つにした時の二の舞じゃないか。
初日から思わぬ失敗をしてしまった。
俺が自分の能力を制御できるようにはまだまだ時間がかかりそうだな、こりゃ。
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