第31話 ドラゴニルからの課題

 クロウラー伯爵親子がフェイダン公爵家を訪ねてきてから10日ほどが経った。この日、ようやくドラゴニルが屋敷に戻ってきたのだった。


「これは公爵様、お帰りなさいませ」


 家令のドレイクが、ドラゴニルを出迎える。


「うむ、出迎えご苦労。アリスは変わりはないか?」


「はい。訓練に勉学、いつものように励んでおいででございます」


「そうか。邪魔をするようで悪いが、後で話があるとアリスに伝えておいてくれ」


「畏まりました」


 ドレイクの返事を聞いたドラゴニルは、そのまま疲れを取るために湯浴みへと向かったのだった。


 その日の夜の事。


「お話とは何でしょうか、お父様」


 食事の後にドラゴニルの部屋を訪れる俺。部屋は俺とドラゴニルの二人だけだというのに、すっかり染みついてしまったお嬢様モードで話し掛けてしまった。ドラゴニルはそれに気が付いたのか、静かに笑っていた。


「よく来てくれたな。今日はいろいろとお前に話しておかねばならぬ事がある。心して聞くがよいぞ」


 ドラゴニルは神妙な面持ちになって、俺にそう語りかけてくる。その姿から放たれるオーラに、俺は思わず息を飲んだ。

 ドラゴニルがまず話してくれたのは、例の騎士の学園の話だった。かなり国王に対してまで圧を掛けてきたらしいが、国王相手に何をやっているのだろうか。なんでも、フェイダン公爵領からも騎士を何人か講師として送り出すらしい。ただでさえ魔物が増えているのに大丈夫かと思いたいところだが、俺の出身地の村人を鍛えてそれなりの戦力に育て上げているらしい。そういやそうだった。このドラゴン、かなりやりたい放題のようだ。


「そこでだ、アリスに問う。騎士とは何だ?」


 ごちゃごちゃと言っていたと思ったら、突然俺に向けて質問をぶつけてきた。

 だが、この質問に俺は面食らった。

 確かに俺は騎士を目指している。しかし、その騎士がどういったものかと聞かれたら、ちゃんと答えられる自信はない。前回のようなみじめなものになるつもりがないくらいしか、その理由がなかったからだ。これはうっかりし過ぎていたのだろうか。


「そうですね……。前世ではなし崩し的にしていましたが、騎士とは人を護るものだと思います」


「そうだ。そのために騎士には行動の基準というものがある。それは分かるか?」


「……分かりませんね。あの時は言われるがままに行動していましたし、どこか頭にもやがかかったような状態でいましたから」


 腕を組んで考える俺だが、いまいち何も分からなかった。これにはさすがにドラゴニルも表情をしかめていた。

 そんな顔をされたところで、本当に俺にはさっぱり分からなかった。今では意識的に使えるようになってきた能力も、あの頃はただぼんやりとしか使えていなかったわけだし、多分、力が目覚めた反動だったのかも知れない。


「そうか……。騎士というのは人を護るというのが仕事なのは確かだ。だが、そのためには行動は最低でも2~3人の単位で行う事になっている。あの時のお前のように一人というのはまずありえない」


「な、なんだってーっ!」


 ドラゴニルから告げられた言葉に、俺は思い切り叫んでいた。

 それもそうだろう。俺は騎士に召し上げられてからというもの、常に一人で任務をこなしてきたからだ。いくらうつろだったからとはいっても、これはしっかりと覚えている。


「それに関して、我もいろいろと思い当たる点がある。まず、お前が田舎育ちの村人だった事だ。何も知らないから一人でさせても大丈夫だろうと、そう踏んだのだろう」


 ドラゴニルが俺が一人で任務をこなしていた理由を、一つ一つ挙げ始めた。怒りたいところだが、ドラゴニルに当たっても仕方がない事だし、俺は気持ちを落ち着けながら話を聞いている。


「もう一つが、お前に『フェイダン』の名を授けた事だ。あの時の連中は、我が女な事を理由にいろいろと嫌がらせをしてきたのは話しただろう?」


 ドラゴニルの問い掛けに、俺はこくりと頷く。


「奴らは『フェイダン』の名を貶める事を目的に、お前に『フェイダン』の名を与えて、随行人すらも付けずに過酷な任務を押し付けてきたのだろう。たかが田舎出身の名ばかり騎士として、使い捨ての駒くらいにしか思っていなかったというのが我の見解だ」


 俺はドラゴニルの見解に衝撃を受けた。俺は、騎士どころか人としても見られていなかったという話だったからだ。だが、このドラゴニルの見解には驚かされたものの、意外なくらいすぐに腑に落ちる話だった。


「確かに……、私とまともに話をしてくれた騎士は居ませんでしたね。なるほど、そういう事なら、扱いには納得はしませんが、された事には納得がいきます」


「だが、今回の我は男だ。前回と同じ轍を踏むような事はあるまいて。もしお前やブレア・クロウラーをバカにするような者が居れば、我が黙らせてくれようぞ」


 ようやく納得がいって頷いている俺に、まるで保護者面な言葉を喋るドラゴニルである。


「まあそれはそれとして、今のお前にはひとつ課題を与えよう」


「課題……ですか?」


「うむ、お前の持つ能力を、安定して発揮できるようにする事だ。ここに来てからろくに使っておらぬだろう? 才能は使わぬと腐るばかりだ。騎士を目指すのであるなら、使いこなせるようにならねば話にはならぬ」


「それもそうですね。分かりました、頑張ってみます」


「うむ、そうでなければ我が伴侶は務まらぬぞ、がっはっはっはっ!」


 そんなこんなで、騎士の養成学園に入るまでに俺の持つ能力を安定して使いこなせるようになる事が、ドラゴニルから課せられたのだった。

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