第28話 騎士になるのなら

 ブレアが完全に疲れてしまっていたがために、クロウラー伯爵夫妻は一泊していく事になってしまった。元々話をしてとんぼ返りするつもりだったので予定外な話ではあったのだが、俺とブレアが思った以上に仲がいい事に驚いていた様子だった。そこまで意外な話だったのだろうか。あれから3年間、ブレアとは結構何度も会って話をしていただけじゃなくて、俺からも何度となく会いに行ってるんだがな。まったく、貴族令嬢になってから3年間、まったく貴族というものが理解できないな。

 夕食を終えた俺は部屋へと戻る。ただ、この日はいつもとは違っていた。


「まさか、アリス様のお部屋にご一緒させて頂けるなんて、思いもしませんでしたわ」


 そう、ブレアがどういうわけか俺の部屋で寝る事になったのだ。普通こういう時は客室を使うものだろうが、この事態は夕食の時のドラゴニルが原因だった。


「わっはっはっはっ。そうかそうか、貴公の娘ブレアはアリスを気に入っているのか」


 夕食の席でドラゴニルはクロウラー伯爵夫妻と話をしている中、大笑いをしながらこんな事を言っていた。


「はい、ブレアは事あるごとにアリス様の名前を口に出しております。ですので、せっかく泊まらせて頂けるわけですから、一緒の部屋にして頂けないかと思うわけです」


 その際に、クロウラー伯爵からこんな事を言われた。そしたら、ドラゴニルの奴は、


「そうかそうか。確か同い年だったな。そういえば、これまではお互いに訪問してもその日のうちに帰ってばっかりだったな。よし、分かった、そのように取り計らおう」


 こんな感じでその要求を受け入れてしまったのだ。

 それで今現在このような状況になっているのだ。ブレアは今俺にべったりくっ付いている。

 こうなっている理由だが、昼の騎士の訓練に参加した際に、俺がドレスの状態で騎士と見事に打ち合いをしている様子を見たせいである。いくら中にドロワーズを穿いてるからといっても見世物じゃないんだがな……。ブレアは途中から俺の打ち合いを真剣に見ていたらしい。

 まったく、男の時だったらこうやって懐かれるのは嬉しかったかも知れないが、女同士だとなんとも思わなかった。むしろ離れてくれ。……はあ、俺の意識もずいぶんと変わっちまったものだな。


「うふふふ、アリス様は私の理想の方ですわ」


 あの打ち合いのせいで、すっかり俺に懐いてしまっているブレアである。


「そうですわ。ご存じですか、アリス様」


「何をでしょうか、ブレア様」


 突如として、俺に話を振ってくるブレア。一体何を話すというのだろうか。


「王都に騎士の養成をする学園ができるらしいのですわ。もう来年の話なのですが、お話は伺っておりますか?」


 なんと、そんなものができるのか。だが、俺はそんな話は聞いた事がない。


「いえ、知りませんでした。でも、どうしてそんな事になっていますのでしょうか」


「私もよくは知らないのですが、お父様たちにはそのような話が来ているようですわ」


 どうやらブレアも詳しくは知らないらしい。

 うん、学園を作ってまで騎士を養成しようとするとは、王国は人材不足にでもなっているのだろうか。これは明日にでもドラゴニルに確認してみる必要があるな。ちなみに、今回ブレアがここへ来たのもその絡みだった模様。ただ、騎士の訓練に参加できると聞いてすっかり忘れていたらしいがな。こいつはうっかりだったようだ。


「あの、アリス様」


「何でしょうか、ブレア様」


 もじもじと恥ずかしながら、改めて俺に声を掛けてくるブレア。それに対して、俺は平然とした態度で反応する。


「もしよろしければ、騎士の養成学園に、ご一緒に入りませんか? もちろん、アリス様がよろしければでございますが……」


 肩をすくめて上目遣いに俺を見てくるブレア。知っている限りだと、他の連中の前では勝ち気そうなところがあるのに、俺の前だととことんしおらしい。可愛いっちゃ可愛いだが、今の俺だとまったくもって惹かれもしないんだよな……。

 でもまあ、騎士の養成学園か。騎士になる事が俺の夢なので、非常に興味があるのは間違いがない。だが、学園生活というと、どうにも想像ができないんだよな。


「そうですね。悪くはないとは思いますが、やはりお父様に相談をしてから決める事にします。騎士になるだけなら、家でもできますから」


 俺は即断はできなかった。なんせ親代わりのドラゴニルがどう言うか分かったもんじゃない。勝手に居なくなれば烈火のごとく狂って探しに来るのが目に見える。だから、環境もあるわけだし、ちょっと断り加減の返答になってしまった。


「そうですか……」


 すると、ブレアは明らかに落ち込んだ表情を見せていた。よっぽど俺と一緒に学園に通いたいらしい。

 しかし、その養成学園というのがどんな感じのものなのかが分からない。だからこそ、ドラゴニルの許可は絶対に必要だと感じたわけだ。


「ブレア様、そんなに落ち込まないで下さい。私の家はお父様が過保護なので、はっきりとした事が言えないだけですから」


 とはいえど、さすがにここまで落ち込まれては、俺は取り繕うしかなかった。俺がはっきりしないのはドラゴニルのせいだと、ブレアを慰めたのだった。


「ぐす……。でしたら、私も一緒に説得致しますわ。絶対一緒に通いましょう、アリス様!」


「え、ええ。そうですね」


 ブレアは手を握って張り切るポーズを取りながら俺に訴えかけてきた。ここまでともなると、さすがの俺も怯まざるを得なかった。

 俺は心の中でため息を吐きながらも、どうにかブレアのためにドラゴニルを説得しようと思ったのだった。

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