第27話 ブレア・クロウラー

 手紙が届いてから数日後、手紙通りにブレアとその両親がフェイダン公爵邸を訪れた。


「アリス様、遊びに来ましたわよ」


「ブレア様、ようこそお越し下さいました」


 俺はブレアを笑顔で迎え入れる。実にお嬢様っぽい性格なので、本当なら俺は苦手にしているはずなのだが、騎士を目指しているという一点だけで俺は彼女の事をかなり気に入っていた。意外と話が合うんだよ。そんなわけで、ブレアと会う事を俺はずいぶんと楽しみにしていた。


「ブレア、私たちはドラゴニル様とお話をしているから、お前はアリス様のお相手をしておいで」


「承知致しましたわ、お父様」


 というわけで、今日は天気もいい事だし、俺はブレアを誘って庭で話をする事にした。騎士たちの訓練の見える場所でだがな。


 フェイダン公爵家では、そこそこの人数の騎士を抱えている。一般貴族であるなら、騎士を抱える事はまずありえない。

 騎士を名乗るためにはそれなりに段階がある。

 まずは騎士団に所属する事。この騎士団も、王家と公爵家しか抱える事ができない特殊な集団なのだ。そして、そこで武勲を上げて叙勲を受ける事で、ようやく騎士になれる。叙勲を受けた状態であれば、騎士団を抜けても騎士を名乗れるのだ。つまり、騎士というのは騎士団に所属しているか、叙勲を受けた人物しか名乗れない称号であり、それ以外の人物は兵士となる。兵士でありながら騎士を名乗れば詐称となるわけだ。

 まったく、騎士を目指そうとしてサウラやルイスから話を聞いたが、少し面倒な感じだった。


「あれが、フェイダン公爵家自慢の騎士たちですか。うふふ、素晴らしいですわね」


 騎士たちの訓練を見ながら、両頬を押さえながら笑みを浮かべているブレア。さすが騎士を目指しているとあってか、とても満足そうだ。

 騎士のほとんどが男性だが、女性騎士だって居ないわけじゃない。このフェイダン公爵家が抱える騎士団にも、わずか二名とはいえど女性騎士が在籍している。しかも二人とも勲章持ちだ。まだ若い感じなのに、凄いと思うぜ。


「ああ、早くあの中に混ざりたいですわ」


 ぽつりと呟くブレア。俺はその言葉を聞き逃さなかった。


「うふふ。でしたら混ざられますか?」


「えっ?!」


 俺が提案すると、ブレアは面食らったかのようにきょとんとした顔で俺を見ている。


「私、時々騎士団の方から手ほどきを受けておりましてね。言えば混ぜて頂けると思いますよ」


「そ、そ、それは本当なのですか?!」


 俺が事実を言うと、ブレアが目を輝かせながらもの凄く食いついてきた。さすが騎士を目指している事を公言しているだけの事はある。というわけで、俺はレサに頼んでブレアにパンツスタイルの服を用意するように手配する。

 しばらくするとレサが戻ってくる。


「アリス様、支度ができましたのでこちらへどうぞ」


「レサ、ありがとう。さあ、参りますよ、ブレア様」


 俺はブレアを連れてレサについて行く。やって来た部屋にはパンツスタイルの服が一着用意されていた。


「あれ? ひとつだけですの? アリス様はどうなさるのですか?」


「私はこのままですよ。ドレスで戦えるようにと訓練されておりますので」


「はい?」


 俺の回答に目を丸くして驚くブレア。まあそうなるよな。ドレスで戦うなんて想像しないよな。

 驚いて固まっているブレアだが、俺はレサに頼んで無理やり着替えさせた。ドラゴニルたちの話もいつ終わるか分からないし、早めに済ませるべきはそうしておくべきだ。ちなみにブレアは俺より胸があるのだが、用意した服装は特に問題ないようだった。誤差の範囲か。

 服を着替えたブレアの手を引いて、俺は訓練場へと向かった。


「ルイス、ちょっといいですか?」


「これはアリスお嬢様。どうなさったんですか?」


 俺はルイスの元へとたどり着いた。俺の手にはしっかりとブレアの手が握られている。よく思えば、他人の手をこんな風に引っ張ったのって初めてじゃないのか?

 まあ、それはともかくとして、俺はルイスにこう言い放つ。


「私たちも訓練に参加させて下さいな」


「はい?」


「だから、私たちを訓練に参加させるのです。私たちは将来騎士を志望しております。少しでも経験を積みたいのですわ」


 顔をしかめて聞き返すルイスに、俺はでかい声で繰り返して言ってやった。すると、ルイスはさらに困惑した顔を見せてきたのだが、俺は無視した。


「ティア、ブレア様の面倒を見て頂けないかしら」


 すぐ近くに居た数少ない女性騎士の一人のティアに、俺は声を掛ける。最初は驚いたような顔をしていたが、俺の後ろのルイスの様子を見て察したようだ。


「クロウラー伯爵家のブレア様を鍛えればよろしいのですね。畏まりました。騎士を目指しているというのならば、お受け致します」


 ティアはそう言って、訓練用の木剣を2本持ってブレアを連れていった。憧れの騎士に見てもらえるなど、ブレアもきっと満足だろうな。

 ブレアたちを見送った俺は、ルイスに声を掛ける。


「では、私にも訓練を付けて下さいな、ルイス」


「ひ、ひぃ!」


 俺のにこやかな笑顔を見たルイスは、どういうわけか震え上がっていた。

 結局俺たちの訓練は、ドラゴニルとクロウラー伯爵夫妻たちが迎えに来るまで続けられたのだった。ブレアは汗をかいて疲れ果てていたが、その顔はとても満足な笑顔だったという。

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