第26話 アリス12歳

 あれから3年が経った。


「やあっ!」


「おっと、なかなか鋭いですね。ですが、この程度では私に攻撃を掠める事すらできませんよ」


 12歳になった俺は、ルイスに剣の稽古をつけてもらっている。よくよく思えば、男の時にもこんな稽古してもらった事がないぜ。

 それにしても、3年間家令であるドレイクと副官であるルイスの二人に剣の稽古をしてもらっているが、いかんせん二人とも無茶苦茶強すぎる。今でもまったく攻撃を当てられない。躱されるか剣でいなされるかのどちらかだ。

 ちなみに今の俺の格好は外出用のドレスだ。馬車に乗っている時に襲われた事を想定してとの事らしいが、いかんせんひらひらした姿のせいですごく動きづらい。そのせいで余計二人にはまともに攻撃を通せないってわけだ。でも、世の中は何かと物騒だから、いつどこで襲われるか分かったものじゃない。特に魔物どもはな。

 そうそう、俺の生まれた村の周辺の魔物は、ケイルたちの活躍によってかなり数を減らしていた。村人の戦闘力も上がっているらしく、ようやく自警団がまともな戦力になったらしい。

 とはいえども、魔物の大発生があったのは俺が16歳だった時だから、あと4年あるわけだ。減っているとはいってもまだまだ魔物は居るわけだから、安心するにはまだ早いってわけだな。


「基本的な動きができていなければ、お嬢様が能力を使ったとしてもまともに動けるとは限りません。まずは基本をしっかり身に付ける事です」


「簡単に言わないでくれます?」


「文句ならドラゴニル様に言って下さい」


 話をしながらでも打ち合いをやめない俺たち。

 正直言って、こうやって打ち合いをやっているのが楽しくて仕方がない。

 普段は公爵家の令嬢としてよその令嬢とお茶会をする事もあるのだが、はっきり言って俺にとっては退屈だった。今の俺は女だから多少体に意識が引っ張られている事は確かにある。だが、だからといって他の令嬢と話が合うかといったらそれは違う。それにだ、俺の親代わりはあのドラゴニルだ。あの独特の感性がある家に居て、どうしてよその奴と話が合うというのだろうか。土台無理なのである。


「アリスお嬢様、お手紙が届いております」


 その打ち合いをしている俺たちのところに、俺の侍女を務めているレサがやって来た。手紙という事は、どうせまたお茶会の誘いだろう。


「分かりました。でも、今は手が離せませんので、後で確認致します」


 ルイスとの稽古の真っ只中なのだ。俺にとって、ここでこの稽古を止める選択肢はない。そんなわけで、キリのいいところまで稽古を続けて、それから手紙を確認する事にした俺だった。その返事を聞いたレサは、


「畏まりました。それではもう少し私がお預かりしておきます」


 そう言って中庭から去っていった。

 その後、稽古を終えて簡単に汗を洗い流した俺は、ようやく部屋へと戻ってくる。

 この3年間でどうにか貴族の生活にも慣れたのだが、やっぱり人にいろいろしてもらう違和感は拭い切れなかった。村じゃほぼ自分で何もかもしてたからな。それでも着るのが面倒な構造の服の着脱だけは、さすがに他人にしてもらわないと破っちまいそうになるがな。


「お待たせしました、レサ」


「お疲れ様でございます、アリスお嬢様」


 部屋に戻るとレサが飲み物とお菓子を用意して待っていた。さすがに準備がいい。

 俺は椅子にゆっくりと腰掛けると、紅茶を少し飲んでからレサに話し掛ける。


「レサ、先程の手紙を見せて頂けますか?」


 俺に声を掛けられたレサは、手紙とペーパーナイフを持って俺のところへやって来る。それを受け取った俺は、封の紋章を確認する。


「これは、ブレア様の家の……」


「はい、クロウラー伯爵家の紋章となります」


 クロウラー伯爵家はフェイダン公爵家から分離独立した、何代か前の公爵の兄弟の家だ。クロウラー伯爵家とは何回か会っているし、その家の令嬢であるブレアとも、俺はしっかりと面識があった。正直令嬢との付き合いはしたくなかったのだが、ブレアも同じように騎士を目指すつもりらしいと聞いて、俺はすごく親近感を持ったものだった。そういった事もあって俺とブレアの仲はいい感じで、こうやって時折手紙をやり取りするようになったくらいだ。俺が字を覚えたのもブレアのおかげと言っても過言じゃない。他の令嬢との付き合いが嫌なのは変わらないというのに、このブレアだけは俺の中ではすっかり特別な存在となっていた。


「あらあら、両親と揃ってこちらに挨拶に来るらしいですわね。これは、お父様にも手紙は来ているのかしら?」


「家令のドレイクが届けておられるかと思われます。さすがに公爵様に手紙のひとつも出さずに訪問というのはあり得ない話ですから」


 俺の質問に、レサは表情一つ変えずに冷静に答えていた。さすがは公爵家の侍女といったところである。


「それもそうですね。念のため、夕食の時にでもお父様にそれとなく話を振って確認しましょう」


「そうでございますね」


 手紙を読み終えた俺は、そのまま軽くお菓子をつまんでレサと話をしていた。あまり食べてしまうと夕食が食べられなくなってしまうからな。そして、夕食の時間が近くなると、俺はレサと一緒に食堂へと移動したのだった。

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