第25話 村からの帰路

 翌日、俺はドラゴニルと一緒に領主邸への帰路へと就いていた。

 そう、俺は両親の元には戻らず、ドラゴニルの提案を受け入れる事にしたのだ。


「本当にこっちでよかったんだな?」


「ああ、後悔はしない。俺の夢は騎士になって両親を守る事だ。騎士になるにはどうあがいたって親元は離れなきゃいけない。それが早いか遅いかの話だからな」


「ふっ、そうか」


 俺がキリッと引き締まった顔で言うと、ドラゴニルは短く呟いて馬車の中に沈黙が漂った。


「そういえば、前の人生の時、両親はどうなっていたんだ?」


 しばらくするとドラゴニルが改めて俺に問い掛けてくる。


「よくは覚えていない。形だけの騎士になってからしばらくした時に、病気で死んだという風に伝えられただけだからな」


 これは確かで曖昧な記憶だった。なにせ村が魔物の群れに襲われて以降は、意識がまともに保てなかったからな。自警団の情けなさに絶望した事と、突如として目覚めた力の反動のせいだろう。力を使っても意識がはっきりしたままになったのは、今の体になってからだ。しっかりとした目標があるからかも知れないな。


「そうか……。あの村は我の保護下に入ったのだから、我と同じくドラゴンの血を引く者を送り込んでおいた。その者は強いし、我と同じ考えを持っておるから、多少の事が起きても問題はあるまい。お前は安心していてくれ」


「それは助かる」


 ドラゴニルが自信たっぷりに言うものだから、俺はその顔を見てすっかり安心してしまった。いや、村の安全が保障された事に対する安心だからな?

 強がる俺だが、この時すでに、かなりドラゴニルに対して信頼を寄せてしまっていたと思う。

 馬車に揺られているうちに、俺は安心と疲れからかいつの間にか眠ってしまったようだった。気が付いたら、その日の野営地に着いていた。


「アリスお嬢様、起きて下さいませ」


「はっ! こ、ここはどこだ?!」


 体を揺さぶられて目を覚ました俺は、つい男の時の口調で喋ってしまう。


「本日の野営地でございます。この場所で馬車の中で眠るのはお勧め致しませんので、降りてきて下さい」


「わ、分か……りました。すぐ降りますので」


 どうにか意識がはっきりしてきた俺は、必死に身に付けたお嬢様言葉でどうにか反応する。ところが、起こしに来た男はあまり気にしていないようだった。

 馬車から降りた俺は、起こしに来た男に連れられてドラゴニルの居る場所へと向かう。


「おお、起きたか。かなり心地よく寝ていたので起こすのをためらってしまったぞ」


「……私を置いていくなんて、いい根性をしていますね」


「さすがに構ってやりたいところだが、こういう場では我が陣頭指揮を取らねばならぬ。いつ起きるとも限らぬので、我も断腸の思いで部下にアリスの事を頼んだのだ」


 にこやかに話し掛けてくるドラゴニルを、俺はじっとりと睨みつける。だが、ドラゴニルは怯む様子もなく、笑いながら事情を説明していた。それを聞いた俺は納得してしまった。領主ってのは大変なんだなと。


「……まあ、そういう事にしておきます」


 ぷいっと頬を膨らませて、俺は顔を背けていた。

 ……俺もずいぶんと自然に行動が性別に引っ張られるようになってしまったようだ。最初の頃は意識的にしていたが、今じゃすっかり無意識にやるようになってしまっている。

 俺は男、俺は男だ。ショックのあまり、俺は自分に一生懸命言い聞かせる。その必死になっている俺の姿を見て、ドラゴニルの奴は微笑んでいた。ぐぬぅ、腹が立って来るぜ……。

 俺は膨れっ面のまま、その夜の食事を済ませる。そして、レサと一緒の天幕の中で眠りに就いた。あれだけ寝たというのに、こうやってすんなり眠れてしまうあたり、馬車旅には慣れてないんだな。


 ……


 アリスが天幕で眠りに就いた頃のドラゴニル。夜も深まってきているというのに、ドラゴニルにはまだ休むような状況は訪れていなかった。


「これで、あの村に対する心配事もひとまず落ち着いたかな」


「左様でございますね、ドラゴニル様」


 ドラゴニルの前に居るのは、村に駐屯する兵士たちを束ねるドラゴニルのいとこであるケイルの双子の弟で副官を務めるルイスだ。


「ルイス、お前はアリスの事を見てどう思う?」


「アリスお嬢様ですか? どうと言われましても、なかなかな素質を秘めた少女だとしか言いようがないのですが」


 ルイスは少々濁した言い方をしている。それはどういう意図なのだろうか。


「はっきりとしない物言いだな」


「そうは言われましても、力の形がはっきりしないので、私程度ではなんと申していいのか分からないのです」


 時戻りを経験していないドラゴニル以外には、アリスの力は未知数だという評価のようである。ドラゴニルがさらに聞いてみたが、ルイスの兄ケイルも同じような回答だったという。

 ケイルとルイスの二人も、ドラゴニルには敵わないもののそれなりの実力の持ち主。その二人が揃って分からないと証言するのだから、アリスの力は相当に強いのだろう。この回答には、ドラゴニルは満足そうに笑っていた。


「ふっ、この我が選んだ伴侶だ。そのくらいの評価はもらわねばいかんよな」


「まあそうですね。フェイダン公爵家を背負うのですから、やはり実力が無ければいけませんからね」


「そういう事だ。くくくっ、アリスは騎士を目指すとか言っておったからな、とても鍛えがいがありそうだ。ドレイクと交代で、ルイスにもアリスの稽古をしてもらうぞ」


「か、畏まりました」


 少女に剣の稽古をつけるなど、ルイスは正気かと思った。だが、不敵に笑うドラゴニルに、その意見を言う気にはなれなかった。曖昧な言い方をしたものの、底知れぬ力をアリスから感じ取っていたからだ。あの娘ならば、こなせてしまうのではないか、そう思えてしまうくらいに。もやもやとした気持ちになるルイスだが、ドラゴニルの命令は絶対的なところがある。なので、ルイスは仕方なくアリスへの特訓を引き受ける事にしたのだった。


 アリスが正式にドラゴニルの養女となり、村の事にもひとまず安心できる状況になった。

 こうして、アリスのフェイダン公爵家の一員としての生活が本格的に幕を開けたのである。

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