第21話 お披露目
フェイダン公爵邸の広いダンスホール、そこには多くの人たちが集まっていた。これらの人物は、フェイダン公爵家と近しい家や側近の家族など、信用のおける者たちである。特にドラゴニルがドラゴンの血を引く事を知る者が中心となって集められている。
「ドラゴニルが我らを招集するなど、よほどの事があったのだろうな」
「そうですわね。私たちドラゴンの血を引く血筋からすれば、国との戦争すらも些事ですものね」
なんとも豪胆なセリフまで飛びてている。さすがはドラゴンの血を引く者たちというところだ。
そんな来客たちを、俺とドラゴニルは扉の隙間から見ている。
「どうした、アリス。怖気づいたか?」
俺を見下ろしながら、心配そうな声を掛けてくるドラゴニル。それに俺は反応できなかった。なにせ会場に集まっている貴族どもから、そのすごい覇気のようなものを感じているからだ。一度目の人生の時のドラゴン相手でもかなりその気迫に押されたのだ。それが複数ともなれば、さすがにびびらないわけがない。ましてや今の俺の格好では、とても相手にできるわけもないからな。
俺は無意識のうちに、ドラゴニルの服を掴んで身を寄せていた。それに気が付いたドラゴニルが、俺を見て優しい笑みを浮かべる。
「心配するな。お前の事は我が守ってやる。我が伴侶に選んだからには、そのくらいはせねばならぬというものだ」
ドラゴニルのこの言葉に、俺はつい瞳を潤ませながらドラゴニルを見上げてしまう。この時の俺の顔を俺自身は思い出したくもない。
「我の横に立って堂々としていろ。奴らに食われたくなければ、このドラゴニルの伴侶として……今は娘だが、その気概を見せておけ」
ドラゴニルにそう言われた俺は、きゅっと表情を引き締めてこくりと頷いた。
「皆様、お待たせ致しました。我がフェイダン公爵領領主、ドラゴニル・フェイダン様のご入場でございます」
家令のドレイクが紹介すると、奥の扉に一気に視線が集まる。ドラゴンの血を引いている彼らからしても、王国の血筋も兼ね備えたフェイダン公爵家への注目の高さが窺える。
そして、使用人たちが扉を開けると、そこからドラゴニルと俺がゆっくりと姿を現した。
当然ながら、会場からは驚きの声が上がっている。その理由は何と言っても俺だ。
ドラゴニルはいまだに独身である。公爵家という立場である以上、結婚に関しては再三催促されてきた事なのだ。それだというのに、ドラゴニルには結婚の報を聞かない上に横にはまだ小さい俺が立っていれば、それは驚くのも無理はない。ただ、その声のうるささはけた違いだった。耳が痛いぜ。
「皆の者、実に久しいな! 今日は我が重大発表の場に集まってもらい、実に嬉しい限りである!」
ドラゴニルも声を張り上げて挨拶をしている。だから、みんなうるさいって言うんだよ! ドラゴンってこんな奴ばっかなのか?
俺があまりに耳が痛くて手で押さえているものだから、それに気が付いたドラゴニルが声を掛けてくる。
「おお、すまなかったな、アリスよ。このくらいの声で言ってやらねば奴らには通じないからな。少しだけ我慢をしていてくれ」
気遣われたかと思ったが、勘違いだった。だが、その直後、司会をしていた家令のドレイクが俺のところへやって来て何かを差し出してきた。
「これを耳に入れておいて下さい。多少マシになるかと思われます」
なんと耳栓だった。俺はこくりと頷くと、早速耳栓を耳に突っ込んだ。
はあ、怒鳴り声のようなでかい声が普通くらいになってる。かと思えば囁きだって拾っているので、ちょっと驚く。後で聞いた話、ドラゴンの大声には魔力が乗っているらしく、その魔力を遮ってくれるのが、さっき渡してくれた耳栓なのだそうだ。それは知らなかったな。あの時の念話のようなものなのだろうか。
すっかり快適になった俺は、緊張した表情をしてはいるものの、さっきよりはすっきりとした感じで話を聞いていた。
それにしても、集まっている連中からは品定めというか値踏みというか、舐め回すかのような視線が俺に集中していた。そりゃ急に現れた小娘だからな、気になるのも仕方がないだろうな。
ようやくちょっと長かった前置きが終わる。大体は周りのお小言への文句だった気がするが、事情が分からない俺はとりあえずに緊張しながらも隣で立ち続けていた。踵の高い靴だからか、ちょっと足が痛くなってきたぞ。
「で、ここでお前たちが気になっているこの娘の事を紹介しよう!」
ついにドラゴニルが、俺の事に言及を始めた。周りからはごくりという息を飲む音が聞こえる。ここまでの前置きはこのためだったようだ。
「彼女の名前はアリス・フェイダン。この我の未来の伴侶であり、我が娘である。皆の者には心配をかけたが、ようやく我の望みに合う娘が見つかったのだ!」
ドラゴニルの言葉に、会場の中からどよめきの声が上がる。それもそうだろう。どう見たって俺はまだ幼い子どもなのだ。それを示して伴侶と言っているのだから、驚くなという方が無理なのだ。
「お前たちの驚きは分かる。このアリスはまだ9歳なのだ。婚姻が可能となる年齢までは、我が養女としてこのフェイダン家に迎え入れるつもりだ。我の決定に文句は言わせぬぞ!」
強引に押し切るドラゴニル。会場はさらに混乱に陥っていく。このどよめきを心地よいと感じているドラゴニルは、実に満面の笑みでその場に立っていた。
こうしてフェイダン公爵家の関係者のみで行われた俺のお披露目会はつつがなく終わったのだが、反応を見る限り、どう考えても新たな火種を生み出したようにしか俺には思えなかった。
まったく、これから先、俺は一体どうなっちまうんだろうな。アリス・フェイダンとしての第一歩は、実に不安の中で始まったのだった。
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