第20話 慣れない姿

 ドラゴニルの過去を聞いた上で、ようやくあの時のドラゴンに一発お見舞いするという目的も果たした。こうなると、俺の目標は騎士になる事だけになった。

 ただ、それに向けて問題はある。それは今の俺が女で、ドラゴニルの婚約者にされてしまった事だ。

 ちなみに俺は、今現在、淑女としての振る舞いを徹底的にサウラから叩き込まれている。なんでも7日後に今俺が住んでいる館に、ドラゴニルの親戚などが集まるらしいのだ。そこで俺はドラゴニルの婚約者として紹介される事となっているらしい。……正直逃げ出したい気分だ。


「アリス様、ご両親からの返事を頂きましたので、お持ち致しました」


「はい、分かりました。お入り下さい」


 この日は俺が両親に宛てて代筆してもらった手紙の返事が届いた。ただの村人の俺や両親が文字を書けるわけがないからな。でも、その文字に関しても、絶賛勉強中である。貴族となるのなら文字の読み書きができなければ話にならないからだそうだ。うへえ、めんどくせえ……。

 それはともかく、他の貴族にお披露目になる前に、ある程度の教養を身に付けるために俺は必死に頑張った。両親も驚いてはいたが、俺の幸せを願っていると言っていたらしいからな。これで頑張れないわけがない。俺は両親を不幸にするつもりはないからな。


 こうして7日後、俺はついに貴族どもの間で社交界デビューを果たす事になった。


「ええっ!? 本当にこんな格好をしなきゃいけないんですか?」


「はい、社交界に出るにはそれなりのお召し物を着こなさねばなりません。ましてやあなたはこのフェイダン公爵家の令嬢としてのお披露目となるのです。公爵家は王家の次に権威のある貴族の頂点たる家柄です。それこそ手は抜けないというものなのですよ」


 サウラの気合いがもの凄く入っていた。俺はサウラの寄こしたメイドたちの手によって、あっという間にドレスを着せられてしまった。こういうひらひらな服装は俺の趣味ではないんだよなぁ……。

 だが、改めて鏡でドレスを着た自分の姿を確認してみる。その姿は9歳という年相応の可愛らしさと公爵家たる気品を醸し出す、実に絶妙なものとなっていたのだ。


「これが、私……?」


 正直衝撃を受けた。普段使いのドレスから比べると格段にその品質が違っている。なにより完全に肌触りが違う。こんな素材は一体どこで手に入るのだろうか。

 細かいデザインを言うと、レースとやらがたくさん使われていて、ワンポイントとしてリボンのついたドレスだ。ただ、胸の上から布地がない。逆に裾は床に付きそうなくらいの長さだった。ドレスは肩を出しているというのに、長手袋にショールを羽織るというもの。服のパーツが多いな。あとは子どもなのでコルセットはなし。聞いた話ではコルセットとかいう矯正具で腰を絞るのが、女性の一般的な服装なのだとか。なんだその拷問は……。

 頭部の話をすると、俺の伸びた髪の毛はきれいに洗われて全部結われて頭の上にある。下ろすと背中の出っ張りのところまではあるんだがな。あとは首元と頭の上にリボンを着けている。ちょっと前までまったく想像のできなかった姿だ。


「ええ、よくお似合いですよ、アリス様」


 サウラがこう言っている横で、俺の着付けをしていたメイドたちが瞳をウルウルとさせて俺を見ていたり、うまく着せられた事を自慢げに誇っていたりしている。メイドの反応もそれぞれだった。

 俺が自分の姿に驚いていると、不意に扉がノックされる。


「サウラ、アリスの支度はできたのか?」


 やって来たのはドラゴニルのようだ。俺のお披露目を前にその姿を確認に来たらしい。そんなに気になるのかよ。


「はい、たった今終わったところでございます。ご確認されますか?」


「ああ、そのつもりで来たんだ。入らせてもらうぞ」


 次の瞬間、部屋の扉が開いてドラゴニルが入って来る。やばい、一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 俺があたふたとしていると、ドラゴニルがあっという間に俺のところまでやってきてしまった。俺は恥ずかしさのあまり、ドラゴニルに背を向けてしまう。


「ふっ、恥ずかしいのか、アリス」


 ドラゴニルはそう言って、俺の真後ろに立つ。だが、俺は本当にどんな反応をしていいのか分からずに、そのまま黙り込んでしまった。


「サウラ、アリスを押さえておいてくれ」


「畏まりました、公爵様」


 ドラゴニルにそう命じられると、サウラは俺の背中にやって来て俺をしっかりと押さえつけていた。そう、俺は完全に逃げられない状態になってしまったのだ。


「さあ、その姿を見せておくれ、アリス」


 ドラゴニルの声が近くなり、俺の目の前にやって来たのが分かった。なにせ、視線の先にはドラゴニルの足が見えているのだからな。


「思った通りだ。実に美しいな、アリスは」


 やめろ、9歳の少女相手に惚気るな。いくら親子で通る年齢差だからといっても、直接伴侶なんて言葉を聞かされた俺からすれば、寒気がするんだよ。

 そんな時に、不意に再び扉を叩く音が響く。


「旦那様、招待客が揃いました。そろそろお時間かと存じます」


 どうやらドラゴニルが招待した人物たちが揃ったようである。


「うむ、分かった。すぐに行こう」


 ドラゴニルは返事をすると、俺の手を取っていた。


「さあ、行くとしようか。前回では潰された我らの未来を、今度はしっかりと掴もうではないか」


 ドラゴニルの言葉を聞いて、俺は素直に顔を上げてから頷いたのだった。

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