第19話 ドラゴニルの過去

 フェイダン公爵家。

 そもそもは王国の王兄だった人物から生まれた家系である。長男が王位を継がなかった理由は今となっては分からないのだが、とりあえず王家の血筋という事らしい。

 この時のフェイダン公爵家は普通の人間だったらしいのだが、その何代か後の事だった。


「ドラゴンが出てきただと? 分かったすぐに討伐に向かおう」


 当時のフェイダン公爵の耳に、ドラゴンが出現したとの一報が入る。領民を守るのは領主の務め。すぐに自ら赴いてドラゴン討伐へと向かった。

 だが、そこで当時のフェイダン公爵が見たものは予想外なものだった。


「な、なんだ。この美しいドラゴンは……」


 まさかのドラゴンにひと目惚れである。あまりの美しさについつい歩み寄ってしまうフェイダン公爵。周りが止めるのも聞かず、ついにはドラゴンにその手を触れてしまった。


「そうか、怪我をしてこの地に降り立ったのか……。私どもに敵意はないというのか?」


 ぼつぼつと独り言のように言うフェイダン公爵。周りの兵士たちが戸惑う中、フェイダン公爵はドラゴンの傷を治してしまう。嬉しそうに鳴くドラゴンは、次の瞬間、麗しき女性の姿に変わったのだという。

 その時のフェイダン公爵とドラゴンの子どもの直系こそが、現在のフェイダン公爵家の血筋なのだそうだ。


「……ドラゴンの混血とは、驚くばかりだな……」


「そうだ。だからこそ我もドラゴンに変化できるし、その力を行使する事ができる。我らに使った力もその中のひとつにすぎん」


 俺とドラゴニルは、使用人が淹れてきた紅茶を飲みながら話をしている。


「で、なんだって俺に目を付けたんだ?」


「我と相打ちになれるその力だ。なまじ我がドラゴンの血を受け継ぐがゆえに、生半可な血筋を受け入れるわけにはいかぬ。それこそ優れた能力があれば、平民とて我が一族に迎え入れる事ができるのだ。……それがゆえに、王国の貴族どもとは諍いが絶えんのだがな」


 俺の質問にそう答えたドラゴニルは、どこか遠い目をしていた。


 その後にドラゴニルが語ってくれたのは、一度目の人生におけるフェイダン公爵家の凋落の話だった。

 ドラゴニルの一度目の人生における名前は『ドラゴニス・フェイダン』といい、それはとても美人な公爵だったらしい。その容姿ゆえに、公爵家に輿入れを狙う貴族どもが後を絶たなかったそうだ。

 だが、ドラゴニスの考えは、先程ドラゴニルが言った通り、高い能力を持つ人間を迎え入れる事だった。それがゆえに、ドラゴニスの眼鏡に適わぬ者たちは、こっぴどく断られていったのだ。

 貴族どもも最初のうちは、玉砕されても諦めずに婚姻を申し入れていたのだが、さすがにそれが続いてくると、好意は極端な悪意へと変貌していく。

 ドラゴンの血を引く者として高貴に振る舞っていたドラゴニスは、その貴族どもの動きに気付けなかった。それに気が付いたのは、すでに手遅れとなった時だった。

 ある時、城へと呼び出されたドラゴニスは、逆恨みを積み重ねた貴族たちの手によってでっち上げられた突きつけられたありもしない罪状で爵位を失ってしまった。それ以降のフェイダン公爵家は散り散りとなり、ドラゴニスに近しい者たちは無残な最期を迎える事となった。今回俺の教育を担当していたサウラもその一人だったようだ。

 その時のドラゴニスはドラゴンとなって追っ手を振り払い、隠れるようにして過ごしたそうだ。

 だが、フェイダン公爵家の影響がなくなった事は、かなり王国内に悪影響を及ぼす事となる。

 その一つが、俺の村で起きた魔物の大量発生だ。

 実は、フェイダン公爵家がかなり魔物の勢力を抑え込んでいたのだが、その圧力が消えた事で魔物たちが勢力を増したのだ。そして、フェイダン公爵家取り潰しから1年が経過した時、勢いを増した魔物たちが俺の住む村を襲ったのだ。

 ……という事は、フェイダン公爵家にとっての運命の日は、俺が15歳の時というわけか。


「まったく、あの時の蛮行といったら見るに堪えられぬものだった。我が女という事で、奴らはかなり強気に出られたのであろう。我がお前と性別を入れ換えた背景はそこにある」


 ドラゴニルの話に、俺は何とも言えない気持ちになった。俺も男と女の両方を体験しているがゆえに、ドラゴニルの言い分がもの凄く分かるのだ。

 実際問題、女という事で両親にはかなり家の中に閉じ込められてしまっていた。身体強化を使う事ではじめて外に出る事を許されたくらいだからな。庶民でもこうなのだと思うと、貴族の場合の女性に対しての考え方や扱いというものは、俺が経験した比ではないのだろう。想像はできないが、気の毒のように思えた。

 この話を聞かされたとあっては、納得はしていないが、この状況を受け入れざるを得ないだろう。


「分かった。性別を入れ換えた事はもうこれ以上言わねえ」


「そうか。悪かったとは思うが、納得してもらえて嬉しい限りだな」


 俺が引き下がるような事を言うと、ドラゴニルはようやく表情を緩めた。だがしかし、俺がそんなにあっさり引き下がると思うなよ?


「ただな、ドラゴニル」


「うむ、なんだ?」


「悪いが、一発だけ殴らせてくれ。それでこの件は終わりにしてやるからよ!」


「ああ、構わぬぞ。なんなら本気で殴りかかってこい。それでお前の気が済むのなら、安いものだ」


 あっさり了承をしてくれるドラゴニルだ。なので、俺は身体強化を掛けて、ドレス姿とはいえ思いきり振りかぶってドラゴニルに殴り掛かる。


 ドゴオッ!


 凄まじい音が響き渡り、ドラゴニルは壁にめり込んだ。だが、その表情はものすごく満足そうだった。


「うむ、それでこそ我が伴侶となる資格がある者の力だ。その年でこの威力、実に申し分ない」


 ドラゴニルは笑顔で親指を立てていたが、その直後、やはりダメージは大きかったようで気絶していた。

 その後、音を聞いて駆けつけたサウラや他の侍従たちによって大騒ぎとなり、結局俺はサウラからお説教をされたのだった。うう、納得いかねえぞ。

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