第9話 立ち止まりたくない
まさか眠くなって寝てしまう失態を犯すとは思っていなかった。なので俺は、その日から村の外周の柵に沿って走り込みをするようになった。男だろうと女だろうと関係ない。まずは体力がなければ話にならないもんな。
しかし、長時間身体強化を使ってあんな事になったのは初めてだ。多分、急激に暖かくなった事で俺の中に油断があったのかも知れない。外に出ればほとんど毎日使っていたから、疲れが蓄積していた可能性だって否定できない。どちらにせよ、二度とあんな事はごめんだぜ。
とにかく俺は体を鍛える事に集中していた。
ところがだ。俺のそういう行動に反対を示す人物が居た。言うまでもなく俺の両親だ。
「アリス。最近は村の中を走り回っているそうね」
ある日の事、俺はお袋から問い詰められてしまう。おそらく目撃した誰かから情報が回ってきたのだろう。村の中は意外と狭いからな。
「どうしてそんな事をしているの?」
確認しようとした言葉に対して黙っていると、お袋はさらに問い詰めてくる。でも、意外な事にその口調は怒っているようには聞こえなかった。でも、これはいい機会だと、俺はお袋にここで俺の考えを話す事にした。
「実は私……」
「実は?」
俺が話し始めると、お袋がじろりと俺を食い入るように見つめてくる。その姿に、俺は一瞬飲まれてしまいそうになる。男だった時も含めて、お袋のこんな表情は見た事がないからだ。
(なんだろうか。お袋が、怖い……)
魔物だろうがドラゴンだろうが立ち向かった俺だというのに、このお袋の表情が今までで一番怖かった。
だけど、こんなところで臆するわけにもいかないと、俺は気合いを入れ直す。そして、再びお袋の顔を見る。
「ママ、私騎士になりたいの。騎士になってみんなを守りたいの!」
俺がこう言うと、お袋はものすごくショックを受けた顔をしていた。やっぱり女子が騎士を目指すのはおかしいというのだろうか。
言い切った俺が警戒していると、お袋は俺に近付いてきてそっと俺を抱き締めていた。
「アリス、嬉しい事を言ってくれるじゃないの」
お袋は優しい声でそう言っているが、どことなく嗚咽が混じっている。
「でもね、ママはあなたにそんな危険な事はして欲しくないの。嬉しい事は嬉しいけど、もうそんな事は言わないでちょうだい」
ああ、やっぱりそう言うのか……。女に騎士は無理なのだろうか。
だが、俺はどうしても諦めきれない。だから、思い切ってここはさらに打ち明けてみるべきだと考えた。
「ママ、私ね。不思議な力があるの」
「不思議な力?」
俺はそう言って、食事をするテーブルへと近付いていく。そして、それを持ち上げようとする。……が、そこはさすがに9歳児の力。持ち上がるはずもなかった。
「はあはあ……」
「何をやってるのよ、アリス。このテーブルは大人の男性二人でやっと運べるものなのよ? 子どものあなたに持てるわけがないじゃないの」
お袋がこう言って俺を止めてくる。やっぱりそういう重さの代物だったのか。
「ママ、とりあえず黙って見てて」
俺はそう言って、すっと深呼吸を一度する。
「はあっ!」
わざとらしく気合いを入れた声を出すと、俺はもう一度テーブルを持ち上げようとする。
「やめなさい、アリス。持てるわけが……」
お袋が止めようとする目の前で、俺はその重そうなテーブルを両手ながらも持ち上げてしまった。その光景に、お袋は言葉を詰まらせて目を白黒とさせていた。大人の男二人で持ち上げるようなテーブルを、9歳の少女が一人で持ち上げてしまったのだから、無理もない話だろうな。
「ど、どういう事なの?」
ようやくお袋が口を開いた。
「身体強化」
「えっ?」
「身体強化っていう私の能力なの。一時的にだけど、私の体の能力を上げてくれるの。だから、水運びもできたし、畑のお手伝いだってできたの」
俺は正直に話した。すると、お袋は黙り込んでしまう。この沈黙が怖いぜ。
「それと、もう一つ白状します」
だから、俺はもう1個告白する事にした。
「5歳の時、ウルフを返り討ちにしたのは私なの」
「……!」
俺のとんでもない告白に、お袋がさらに言葉を詰まらせる。
「あの時の事がきっかけで、私の中にはとんでもない能力がある事に気が付いたの。だから、その力を使いこなすためにも体を鍛えなきゃいけないの」
俺はテーブルを床に置くと、お袋の手を掴みながらお袋の顔をじっと見つめる。
「でなきゃ、この間みたいに眠っちゃうの。だからママ、体を鍛える事を許してほしいの!」
俺は精一杯少女らしく母親に訴える。その俺の必死さに、お袋はものすごく悩んだ顔をしている。可愛い一人娘だから、ここまで悩むのだろう。
「なるほど……。領主様に目を付けられるのが分かる気がするわ」
「ママ?」
お袋が何かをぶつぶつと呟くものだから、俺はきょとんとした顔で首を傾げながらお袋に声を掛ける。すると、
「なんでもないわよ。アリスの気持ちは分かったから、体を鍛える事を止めはしないわ」
「やったあっ!」
お袋の許可が折れた事で、俺はつい飛び跳ねて喜んでしまった。完全に少女の行動そのものじゃないのか?
「でもね」
喜ぶ俺にお袋が言葉を付け加える。
「騎士になる事は許可してないからね? 一人娘を危険な場所に送り込むわけにはいかないわ。どうしてもと言うのなら、パパも説得する事、いいわね?」
「うん、分かった!」
とりあえずお袋を認めさせる事は完全ではないけれどできたようだ。一歩前進した事を、俺は素直に喜んだ。
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