第8話 暖かい日の出来事
あれからというもの、時は流れて9歳となる。このくらいの年齢ともなると、男との違いというのがじわじわと出てくるものだ。
はぐれウルフの出現から築かれた塀のおかげで、村の中への魔物の侵入は無くなったし、警備も厚くしたので不審者騒ぎも無くなった。村は平和そのものだ。
そのおかげもあってか、俺は以前のように外に出て回る事ができるようになっていた。やっぱり家の中ばかりは鬱屈してきちまうな。まあ、騎士時代に言われるがままに仕事をさせられていた頃に比べれば、それでもまだマシなんだがな。
今日の俺は、近所の村人と一緒に畑仕事に出てきている。本来なら今のように暖かくなってきた頃というのは、男連中だけが出てきてやる仕事が多いんだが、俺には身体強化の能力がある。それがゆえに、大人の男に混じって俺は平然と作業をしていた。
いやあ、それにしても体を動かすのってやっぱり気持ちいいな。
「本当に大丈夫かい、アリス」
「平気ですよ。こう見えても力強いんですから」
心配の声を掛けられるが、去年もやってみせたんだからいい加減に信じてくれ。心配して集まってくる村人の事が、少しだけ鬱陶しく感じられる。
そういえば、村の中では俺以外にこういう身体強化の能力を持った人間は居ないようだった。一度目の人生じゃ、俺が目覚めてからというもの村の人間を見る事はなかったし、目覚める前はそういう意識を持ってなかったからな。二度目の人生だからこそ、落ち着いて村人たちを見れるってもんだ。だとしたら、あの魔物の襲撃でみんなが逃げ惑うのも無理はない。数匹ならまだしも数十、数百って魔物の群れだったからな。特に能力もなければなぶり殺されるだけだもんな。
そう思うと、俺のような能力を持っている人間というのは、そう多い存在ではないのかも知れない。王都の騎士団の連中の中には居たかも知れないが、そういう事を考える余裕が当時の俺には無かったからな。
そうそう、俺の格好だが、なんとなく一度目の人生でも見た事のある格好をしている。もちろん、他人が着ていた服装だがな。獣の皮をきれいに洗って乾かしてから、ただ縫い合わせただけの上下の繋がった服装だ。腰には植物の蔓で作ったひもを巻き付けて縛っている。肌着だってあるし、今だってちゃんと着ているぞ。ちなみに足には木をくり抜いて作った靴を履いている。こうでもしてないと石で足裏は傷だらけだからな。
今の俺の手足を改めて確認すると、男だった頃に比べればずいぶん細いものだ。家に閉じ込められていたのも、それなりに影響してるんだろうな。本当に身体強化がなけりゃ、ろくな仕事ができなかったと思うぜ。
俺は周りの目を気にする事なく、黙々と畑作業を手伝う。ここ数年にずっと鍛錬をしていたせいか、日中ずっと使っていても魔力切れのような現象が起きる事はなくなった。家の中に居たとはいえど、欠かさず鍛錬してきたかいがあったというものだ。それでも周りからずっと心配の目を向けられ続けたんだがな。
「アリスちゃーん、そろそろ休憩にしましょう」
「はーい」
俺は頭に撒いていた布を取ると、声を掛けてくれたおばさんのところへと駆けていく。
それにしても、心の持ちようは男のつもりなんだが、仕草は無意識のうちに体の方に引っ張られていってしまう。このままだと、いずれ心の奥底まで女に染まってしまいそうで怖いな……。
いろいろと思うところはあるのだが、とにかく今は平凡な少女を演じ続ける俺なのだった。
改めて思うが、今日の天気はとても良くて、ものすごくポカポカと暖かい。
お昼を食べた後の俺は、ついうとうととしてしまう。中身が一度目と合わせて40年以上とはいっても、やっぱり体は9歳の少女だ。身体強化を使っていたといっても疲労には勝てなかったようだった。食事はなんとか終えられたが、俺はそこで意識を失って眠ってしまったようだった。
「はっ!」
次に俺が目を覚ました時は、家に戻ってきていた。
「あれ? ここは家か?」
俺は体を起こして、きょろきょろと辺りを見回す。
9歳となった今はベッドも無くなり、床の上に毛皮を敷いて寝ている。そのせいで少し視線が低かったので、寝ぼけていた事もあってか家だという事を認識するのに時間が掛かってしまった。
「アリス、目を覚ましたのね」
「ママ」
お袋が俺の声を聞いて部屋へと入ってきた。
「あの……、私どうしたのかな?」
俺はお袋に状況を確認する。
「アリスはお昼を食べたところで寝ちゃったのよ。あとでモルサさんにお礼を言っておきなさいよ。あなたを背負って家まで連れてきてくれたんだから」
「はーい」
お袋の説教に、俺はまだ寝ぼける中だったが返事をしておいた。ひとまず大丈夫そうな俺の姿を確認すると、お袋は台所へと戻っていった。
(はあ、どうやら疲れた上にこの半端な暖かさにやられて寝ちまったっぽいな……。これは気を付けないと、今後大変な事になりそうだ)
まさかの失態に、俺は深く反省した。そのために、これからはもっと体力をつける事を誓ったのだった。
騎士になるためには、この程度でへばるようでは困るからな。
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