第6話 ドラゴニル公爵

 結局、ドスンバタンという音で両親が起きてきてしまい、俺が馬乗りになって不審者どもに殴りかかる姿を目撃されてしまった。いやまあ、こいつはさすがに恥ずかしかったぜ。まあ、それよりも恥ずかしかったのは、その時に両親に泣きついた時かな。年相応の少女を演じるってのは、おっさんとなると結構きついんだよ。

 ちなみに侵入してきた不審者どもは領主の元へと送られていった。領地で起きた事だから領主が裁く、まあそうだよな。ていうか、ここって領主が治める地域の中にあったんだなと改めて思った。

 だが、この一件はこれだけでは止まらなかった。

 村はウルフの事もあって警戒態勢に入っていたというのに、不審者が村に侵入したという事実が大事となっているのだ。となれば、村の中に不審者を手引きした奴が居るのではないかという話になってくるわけだ。ところが、これは特定まではかなり難航していた。村の周囲を警邏する自警団も二人以上が一緒に行動するようになっているとはいっても、かなりの時間他人と接触する事がない。つまり、その間の証言ができるのは行動を共にしていた者だけだ。その二人が共謀しているのなら証言の裏取りは難しい。それに、村としても村人を疑うのはできれば避けたい向きがあり、結局この事はうやむやになってしまったのだ。


(はあ、やっぱり村ってのはなあなあなのか……)


 報告を聞いた俺はそういう風に思った。となれば、俺は自分の身を自分で守れるように、親を手伝いながらひっそりと鍛錬を繰り返す事にしたのだった。


 ところがだ。この時の一件は、思わぬところから広がりを見せる事になった。


 それは、不審者どもが送られていった領主邸だった。


「失礼します。領地内にある小さな村から領主様に面会の申し入れがありました」


「ほう、それは如何なる用か?」


 兵士の報告に、領主は顔を上げて反応する。


「はっ、村に侵入した賊を捕らえたとの事です。村では裁けぬがゆえに、領主様に裁きをお任せしたいとの事でございます」


「ふむ、ならば裏庭にでも通せ。我も向かう」


「はっ、畏まりました」


 報告を済ませて返事をもらった兵士は、すぐさま領主邸の外へと向かっていった。


「領地内の村か。まさかとは思うが、あやつの居る場所ではあるまいな?」


 長い藍色の髪をなびかせた領主は、小さく呟く。ちなみに、髪は長いが男性である。


「どれ、ちょっとどんな話か確かめてやろうではないか。このドラゴニル・フェイダン公爵がな」


 ドラゴニルはそう言うと、椅子から立ち上がって裏庭へと向かっていったのだった。


 ……


 ドラゴニルが裏庭についてしばらく待っていると、両手を後ろ手に縛られて縄で連ねられている男三人と村人数名と兵士たちがやって来た。縛られている男たちは食事を抜かれているのか少し弱っているようである。


「遠くからご苦労だったな。我がこの領地の領主、ドラゴニル・フェイダンだ。用件を申せ」


 真っすぐに立つドラゴニル。その威圧感は相当なものであり、賊や村人ならまだしも、兵士すらも足がすくむほどである。


「は、はい。実は、この賊三人が村に侵入し、子どもをさらおうとしていたのです」


 村人たちは跪き、ドラゴニルに用件を話す。その横では空腹と威圧感で賊の男三人が地面に倒れ込んでうめき声を上げている。


「その子どもとやらは?」


「はっ、村に住むアリスという5歳の少女なのですが、先日不思議な事があったのです」


「ほぉ、それは気になるな。そのアリスの話を聞かせてはくれぬか?」


「はっ、はい……。承知、致しました」


 ドラゴニルの睨みに、思わず気を失いそうになる村人たち。だが、どうにか踏ん張り、アリスの事を話し始めた。

 その話を聞き始めたドラゴニルだが、次第にその顔が笑みを浮かべていく。村人たちはその顔に更なる恐怖を感じるが、どうにか話を続けていった。

 そのすべてを聞き終えた時、ドラゴニルの中には堪え切れない気持ちが湧き上がってきた。


「くははははっ! そうかそうか、5歳の少女が男どもを気絶するほど殴り、ウルフを真っ二つにしたか。これは愉快愉快!」


 まるで気が触れたかのような笑い声に、その場に居る全員が驚いている。


「りょ、領主様?!」


「ああ、すまんすまん。村人よ、お前に命令を伝える。しっかりとアリス以外の村人どもで共有するようにな」


「はっ、な、何なりとお申し付け下さい」


 ドラゴニルの言葉に、村人はついそのように反応してしまう。


「その娘アリスが10歳になった時、我が迎えに行く。それまで決して害する事のないようにな。もし、それが守れないようなら、どうなるか分かるか?」


 ドラゴニルの目が細くなる。その視線は、まるですべてを凍てつかせるような冷たさを帯びていた。


「しょ、承知致しました。無事に10歳まで健康に育つように村を上げて見守りますです、はい!」


 村人たちは恐怖に震え上がり、大きな声で宣誓していた。


「そうか、頼んだぞ。それとこの賊どもだが、我が預かろう。なに、悪いようにはせんから安心しろ」


 にやりと笑うドラゴニルの姿に、弱り切った賊どもはついに気を失ってしまうのだった。賊どもはドラゴニルの命で兵士に連れられてどこかへと運ばれていった。

 村人たちも帰路に就いた事で一人になるドラゴニル。その顔はとにかく笑みであふれていた。


「くっくっくっ、あやつがこうも早く見つかるとはな、実に嬉しくて仕方がない」


 そういったドラゴニルだが、その瞬間、顔がすっと真顔に戻り、どことなく憂いを湛えていた。


「今回は、我は滅びぬ。必ずやこの領地ともども生き延びてやろうぞ」


 そう呟くドラゴニルが屋敷に入ると、急激に空模様が怪しくなり、ぽつぽつと大粒の雨が降り出したのだった。

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