第5話 昔取った何とやら
しっかりと休養を取った事もあり、翌日はようやく親の手伝いをする事ができるようになった。ただし、水汲みには行かせてもらえなかった。まあ、あんな事があったばかりだから、過保護になってしまうのも無理はない話だ。
「いい、アリスは当分家の中だけよ。安全が確認できるまでは外に出ちゃダメだからね」
「はーい、ママ。分かったよ~」
年相応の少女のように膨れてみせる俺。何と言うか、だいぶ体に精神や行動が引っ張られてきている気がする。最初の頃はまだ男としての自我が強かったから演技じみていた気がするんだが、最近は結構すんなりとできているからな。これはちょっと危ない気がしてきたぜ……。
そこも警戒はしなきゃいけないんだが、女として育っている以上は避けられないかもな。
それはそれとして、家の中で親の手伝いをしている俺は、家の外から妙な気配を感じていた。
(なんだろう。張り付くような視線を感じるぜ……)
騎士としての経験だろうか。視線というものにはつい敏感になってしまっているようだ。だが、それを確認しに外に出ようと扉に手を掛けると、
「こら、アリス。外に出ようとしちゃいけません!」
「ひゃっ、ご、ごめんなさい……」
お袋にすごい剣幕で怒られてしまった。というか、そこまできつく言わなくてもいいんじゃないのだろうか。
それにしても、突然だったとはいえ、まるっきり女みたいな反応してたな、俺。……まあいい、周りにはそう思わせなきゃいけないんだからな。俺はもう深く考える事をやめた。
そんな事よりも、外から感じた視線の方が問題だ。この村は基本的に平和だし、男だった時にはそんな事が起きた事はなかった。だとしたら、この視線は一体何なのだろうか……。だが、気にしてしまうと集中しきれなくてお袋に怒られるので、俺はそっちを気にするのも諦めざるを得なかった。
(まったく、何なんだろうな……。まったく落ち着かなくなるから、とっとと消えてもらいたいもんだぜ)
だが、この気配は夜中になっても消える事はなかった。
両親に寝かせつけられてベッドで横になっているが、外の視線が気になってまったく眠れないのである。
(まったく、うぜえなあ……)
しかめっ面になりながら、ベッドの中で天井を見上げる俺。
(親父やお袋が家の外に出ていっても離れる事はなかったから、この視線は間違いなく俺に向けられたものだよなぁ……)
そんな事を思いながら、ベッドの中で寝返りを打つ俺。そして、何かにはっと気が付いて、俺はがばっと体を起こす。
(まさか、ウルフの事で俺が疑われてるって事なのか?)
俺の中に一つの可能性が急浮上したのである。だが、これは十分に考えられる話だった。
俺はあの時、急な力の解放で気を失っていたが、その現場を村人たちがじっくり見ていたとするのなら、その可能性にたどり着くのは容易な事だった。
薄らと記憶にあるウルフの血で染まった俺の姿と木の棒。それだけそろえば疑われるのは無理もない。ただ、俺が5歳時だという事を考えれば確証は持てていないはずだ。
(なるほど……、それで見張りってわけか)
すべての事情を悟った俺である。1度目の人生でいろいろ押し付けられてきたがために、こういう妙な能力が身に付いてしまったのは実に悲しいところだ。だが、こういうところで役に立つとは思わなかったな。
しかし……だ。こうも疑いを持たれてしまったのではどうしたものか。当面の間は俺は外に出る事はできないしな。親の許可が下りるまでに諦めてくれればいいんだが。
(まっ、外に出れねえのなら見られる心配はあるまい。家の中に入ろうとしないのなら放っておけばいいか)
そう考えた俺は、ようやく寝る決心をした。さすがにあくびが出てきてしまっているのだから、寝てしまわないといけない。
俺は騎士になってから身に付けた技術でどうにか眠りに就く事ができた。
辺りは真っ暗になって寝静まった真夜中、俺の家に侵入者が現れた。
「へっへっへっ。情報によりゃあ、ここに女のガキが居るらしいな」
「ああ、タレコミがあったから間違いねえ」
「まったく俺たちに情報を売るなんざ、あいつは何考えてるんですかね、お頭」
悪人どもの声が聞こえてくる。聞こえる声と気配からすれば三人のようだ。
「ささっ、見張りも去った事だし、さっさと連れ去って帰りましょうぜ、お頭」
「おうよ。こんな楽な仕事はねえよなぁ」
だったら声をもう少し潜めろ。うるせえんだよ。
俺が眠りながら文句を言っていると、じわじわと気配が寄ってくる。
「へっへっへっ、これからは俺たちが可愛がってやるからな」
気持ち悪い声と共に気配が近付いてくる。その時だった。
「へっ?」
俺はパチッと目を開けると、ベッドから飛び上がって近付いてきた変態に瞬間的に発動させた身体強化によるパンチを繰り出していた。
「うべらっ!」
ドサッという大きな音を立てて変態が一人倒れる。
「このガキ、起きてやがったのか」
「なんだ。おい、起きろ」
変態の仲間がゆさゆさと揺らすが、俺が殴った奴は完全に伸びていた。その姿を目の前に、俺は見事に着地すると男どもを見る。酷い扱いだったとはいえ、騎士時代の経験のおかげで俺は夜目が利くんだよ。それに、体は寝ながらも意識だけは起きてるって技術も身に付けてんだ。気付かれねえとでも思ったのか。
「さーて、私みたいな幼い子どもに手を出すおばかさんには~」
戸惑う変態どもを目の前に、俺はにこやかに迫っていく。
「鉄拳制裁なんだよっ!」
その時の俺は、少女がしてはいけない顔をしながら男どもに殴りかかったのだった。
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