第4話 疑い

 今の俺は、かなりやばい状況にあった。俺の真ん前で真っ二つになっていたウルフについての追及が始まったからだ。いやはや、あれをどう説明したらいいのか、俺はまったく分からなかった。あーでもここは、子どもっぽく振る舞っておいた方がいいよな。って、どう言えばいいんだよ……。


「わ、分からない。いきなり川の向こうに現れて、飛びついてきたの。気が付いたら、ああなってたの……」


 怖がる少女っぽく体を縮こまらせて震えながら説明する俺。いやまあ、こんな態度と言い方ができるなんて、自分自身で寒気がするぜ。

 だけども、俺のこの態度は両親には効果ばっちりだった。可愛い俺が嘘なんか吐くわけないと、どこか信じているようだ。


「そうか……、それは怖かっただろうな。何があったかは分からないが、アリスが無事でよかったよ」


「ええ、血まみれになっているのが発見されたって聞いた時は、それは血の気が引いたものね」


 うっお、まじか……。まあウルフを目の前で真っ二つにしたんだもんな。その返り血で俺が血まみれになっていても当然ってわけだよな。うーん、本当にずいぶんと心配をかけちまったようだ。

 ……しかし、なぜあそこにはぐれたウルフが出たんだろうな。それがよく分からねえ……。

 だが、結局この一件が元となって、村の警備は強化される事になったらしい。そのための対策は始まっていて、村の近くを流れる川の対岸には柵が造られる事になったそうだ。こういう時の行動は早いな、ホント。

 両親からこういう話を聞かされて、俺は内心ほっとしたものだ。

 って待て。なんで俺はほっとしてるんだ?

 まさかの自分の思わぬ心理に慌てふためく俺である。思った以上に、子ども、それも女児の思考に引っ張られてしまっている気がする。いかんいかん、俺は男で騎士だったんだ。魔物程度でびびってどうするんだ!


「アリス、どうしたの?」


 むすっとした顔をして立ち尽くす俺は、その姿を見たお袋から声を掛けられる。


「えっ。な、なんでもないよ、ママ」


 俺はニコッと笑ってごまかしておく。その顔を見たお袋は思わず首を傾げていた。その行動は、まるで俺の行動に不信感を抱いたかのように見えた。


「ママ?」


 俺はお袋の顔を覗きながら声を掛ける。すると、


「な、なんでもないわ。アリス、今日はゆっくり休んでいなさい」


 お袋はごまかすようにそう言ってきた。


「そうだな。あれだけ眠っていたんだから、まだ無理するわけにはいかない。今日はお部屋でじっとしてなさい」


「はーい、パパ、ママ」


 確認をしたかったのだが、親父にもこう言われてしまえばおとなしく従うしかなかった。今の俺はいい子を演じているわけだから、ここで親に反抗するのは悪手でしかないのだ。

 しかし、あのお袋の態度は何だったんだろうな。気になる俺だったが、言われた通りに部屋へと戻ってベッドに転がった。


 ようやく両親から解放された俺だが、あのウルフとの戦いの事をしっかりと思い出す事にした。あの時の感覚を思い出せば、もっとしっかりと俺の持つ力を扱えるようになると考えたからだ。

 咄嗟だったとはいえども、子どもの力で木の棒を振るってウルフを真っ二つにできたのである。きちんと扱えるようになれば、女の身であってもきっと自警団として、いや騎士としてもやっていく事ができるだろう。俺は将来の事を思い描いていた。

 しかしだ。男だった1回目の人生であれだけいいようにこき使われてきたというのに、それでも自警団や騎士への憧れは消せなかったのだ。

 自室で一人になった俺は、早速あの感覚を思い出すべく行動に出る。足を肩幅に広げて、手を前に突き出す。その状態で全身にゆっくりと力を込めていく。要領としては身体強化と同じだ。ただ違うのは、体の表面までで留めておくのかどうかという事だ。だからこそ、ただのなまくらの剣でも魔物を斬り裂く事ができたし、ドラゴンとだって戦えた。あの時、ウルフに対しても同様の事象が起きていたのは間違いない。そうでなければ、木の棒ごときでウルフを斬り裂くなんて事はできないのだからな。

 そういうわけで、俺は両親が部屋にやって来るまで、ひたすらと力を使いこなせるようになるために練習をするのだった。


 ……


 そんな俺の知らないところで、村では議論がなされていた。


「いやはや、あのウルフはどう見ますかな」


「誰かが来たという話はないし、一体あれは何だというのだろうか……」


 そう、議題は気絶した俺とその近くに転がっていた真っ二つになったウルフだ。だが、村人たちがいくら議論をしたところで、結論が出るわけがないのである。


「倒れていたのはアリスという少女だったか。血で服が赤く染まっていたらしいな」


「はい、持っていた木の棒にもたくさん血がついておりました」


「まさか、そのアリスという子どもがウルフを倒したのでは?!」


「いや、さすがにそれはないだろう」


「ですが、状況的にはそれしか考えられませんぞ」


 熱い議論が交わされるものの、その度に否定の意見が出る。堂々巡りの議論に、集まった村人たちは腕を組んで唸り始めてしまった。


「とりあえず、そのアリスとかいう娘を見張りますか?」


「そうだな。その意見は信じられたものではないが、疑わしいのは間違いなくその娘だ。その方がいいだろう」


 村人たちの意見は結局そこで落ち着いた。

 まさか、結論は出なかったものの、俺に疑いの目を向けられるとは思わなかった。

 俺が目を覚ましたという報告を受けた村人たちは、俺を見張る行動を実行に移す事になったのだった。

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