第3話 最初の危機

 ウルフが対岸に居る俺を目がけて飛び掛かってきた。くそっ、誰も呼びに行く暇なんてねえ。俺一人で応戦しなきゃいけないとか、冗談きつすぎるぜ。

 だが、俺の思いなんて無視して、ウルフは倒れた俺に圧し掛かって首に噛みつこうとしている。


(こんなところで死んでたまるかよ! 俺をこんな目に遭わせたドラゴンに、一発くらいお見舞いしてやらなきゃならないんだ!)


 俺は咄嗟に意識を集中させる。


 熱い……。体が燃えるようだ。


「ギャイン!」


 そう思った次の瞬間、ウルフが俺から弾き飛ばされていた。

 俺は首筋に噛みつかれたはずなのに、まったくの無傷。よろよろと起き上がるウルフは、なんと牙が折れていた。

 その光景に俺は自分の体を見る。よく見ると淡く光っているではないか。どうやら、あの時の力を殺されかかった事で瞬時に発動させたらしい。その事で、俺の体はウルフの牙を折るほどに強靭になっているようだった。俺はあまりにも予想外な出来事にものすごく驚いてしまい、しばらくよろけるウルフをぼーっと見てしまっていた。


(っと、いけないいけない。こいつは牙が折れたとはいえこのまま放っておくわけにはいかない。でも、一体どうすれば……)


 辺りを見回した俺の視界に、木の枝が入った。俺は必死に駆け出して木の枝を拾うと、力一杯ウルフに向かって走り出す。


「だりゃああっ!!」


 俺は思いきり振りかぶって、よろけて動きの鈍っているウルフへと木の棒を叩き込む。すると、


 ザシュッ!!


「はあっ?!」


 なんと木の棒でウルフを真っ二つに斬り裂いてしまった。あまりに衝撃的な光景に、息絶えたウルフを目の前にしばらくその場でへたり込んでしまった。


「な、なんなんだ……。これ、ただの木の棒だろう? なんでウルフが真っ二つなんだ?!」


 俺は自分の手を見ながら、状況をよく飲み込めないでいた。

 そんな時だった。向こう側から人がやってくる気配がした。

 その気配に気が付いた俺は、正直やばいと直感した。だが、そう思った時だった。


(あれ……、なんだか目が回る……ぞ……)


 俺は突然意識もうろうとし始めたのだ。


(……やばい。もう……起きて……られな、い……)


 体を起こしているのも厳しくなった俺は、ばたりとその場で倒れてしまった。その耳には俺の惨状を見て騒ぐ村人の声がかすかに聞こえてきたのだが、何と言っているのか聞き取れないくらいに意識が遠くなっていた。必死に起きようとしていた俺だったが、誰かの手が触れたのように感じた瞬間に、完全に意識を失ってしまった。


 ……


「はっ!」


 次に俺が目を覚ました時には、自宅のベッドの上で寝かされていた。辺りは真っ暗になっており、一体どのくらい眠っていたのかまったく分からなかった。


(いててて……、体のあちこちが痛いぜ。この体で無理に力を使ったせいだろうかな)


 目を覚ました俺に体中から痛みが襲い掛かってきた。おそらく目を覚ましたのもこの痛みのせいだろう。

 それにしても、家の中が完全に寝静まってしまっている。真っ暗すぎて、今俺がどんな状態なのか確認する事も出来ない。

 だが、明らかに考えられるのは、目を覚ましたところで両親からの小うるさい説教が飛んでくる事だろう。かなり俺の事を大事に育てようとしていたからな。


(ふわああ……。やっぱり眠いな。体は痛いから寝付けないかも知れないが、こうも真っ暗じゃ何もできやしない。とっとと寝て、両親に目を覚ましたところを見せてやるか……)


 そう考えた俺は、もう一度眠るために目を閉じたのだった。


 ……


 今度はキラキラと輝く日の光で目を覚ます俺。まったく、一体どれくらい寝ていたのか想像がつかないレベルである。

 俺は眠い目を擦りながら居間へと出ていく。

 すると、俺が部屋から出てきた事に気が付いた両親から一斉に視線を浴びてしまった。


「あ、アリス……?」


「ああ、目が覚めたのね……」


 驚きの表情を向ける父親と瞳をうるわせて今にも泣きそうな母親の姿に、俺はものすごく固まってしまう。まるっきり予想外の反応をされたからだ。

 だが、その行動の理由を、すぐさま俺は知る事となった。


「ああ、アリス……。5日間も寝ていたから、もう目を覚まさないじゃないかって心配になったのよ」


 なんと、俺は5日間も眠っていたらしい。この日数にはさすがの俺も驚いた。


(あの力を急激に使った反動だろうかな……。5日間も眠りこけるなんて、やっぱりこの体では耐えるのは厳しいってわけか)


 やむを得なかったとはいえ、さすがにこれだけ寝て親に心配をかけてしまった事を俺は反省した。とはいえ、無事に目を覚ました俺を見て、二人揃ってものすごく喜んでいたのは良しとしよう。

 しかし、この後に飛んでくるだろう質問の事を、俺はすっかり失念してしまっていた。両親の安心した顔で油断してしまっていたのだろう。


「ところでアリス?」


「なあに、ママ」


 急に声を掛けられて、俺はきょとんとした顔でお袋を見る。


「あのウルフって、一体何があったの?」


 この質問に、俺はものすごく動揺した。そうだった。水を汲みに行ったらウルフに襲われたんだった。さて、どうごまかしたものだろうか。俺は顔中、いや体中から冷や汗が流れ出ている感覚に陥った。

 少女アリスとなってから5年。この時点で一難去ってまた一難という転生最初の危機を迎える俺だった。

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