第1話 この手にあったもの
俺、アルス・フェイダンが女に生まれ変わってから5年が過ぎた。
今の俺はアリスという名前を与えられ、懐かしいまだ元気な両親の元ですくすくと育っていった。
「アリスー! ご飯で時間よー!」
「はーい、ママー!」
何が恥ずかしくて、こんな事をやっているのか。俺はお袋の呼び声に可愛く反応していた。
親父、お袋だった呼び方も、今はパパ、ママという呼び方にしている。どうも両親は俺の事を大事に育てようとしているので、俺もその心意気に乗っかったというわけだ。まったく、聞き分けの良い可憐な少女を演じるのは疲れるぜ。
女っ気のない生活をしてきたので、俺の作るイメージは村に居た頃の女たちのイメージだ。30年は前の話だが、どうにか思い出す事ができたあたり、やっぱりこの村は俺にとって特別だったんだと思う。
さて、この村だが俺の一度目の人生の時と基本的には変わらない。変わったのは俺の性別だけだ。
いや、それだけだと思うようにしているのかも知れない。生まれ変わる前の男の意識をはっきり持っているつもりだが、お袋が俺の事を立派な女性に仕立てようとしている。実際、男の時の俺は、村のガキどもと一緒にあちこちを走り回ったものだったのだが、今の俺はそれを許してもらえない。男女でここまで扱いが変わるとは思ってもみなかった。そのくらいに女というものは非力で守ってもらうものだという意識が強いのだろう。
……正直言って、俺はすこぶる走り回りたい。前と同じように騎士を目指したいのである。だが、両親はそれを許してくれなかった。
そういえば、死ぬ前に使えるようになっていたあの力はどうなったのか。ある日、俺はふと気になってしまった。それまでは混乱した頭を落ち着かせ、女となった状況に慣れる事に精一杯だったので、そこまで気が回らなかったのだ。
ある日の事、両親が偶然揃って出かける事があったので、俺は一人留守番となってしまった。
(これはチャンス!)
俺は自分の部屋の中でじっくりと手を前へと突き出す。
一度目の俺に目覚めた特殊な魔物を屠る力。力を跳ね上げるとともに、体をも頑丈にする不思議な力だ。あれがあったからこそ、数多くの魔物との戦いでもほぼ無傷で済んでいたのだ。
俺は手に神経を集中させる。すると、ほんのりとだが、手が暖かくなるのを感じた。そして、さらに集中を続けながら全身へと回していくイメージで力を使う。小さな体ゆえに全身を覆うのはそう難しくはないと思ったのだが、さすがに幼いためかうまく力が使えない。結果、図体の大きかった時よりも時間が掛かってしまった。
(はあはあ……。訓練あるのみ……かな)
俺は床にへたり込んでしばらく動けなかったのだった。
思ったよりも体力がなかったのだ。5歳児であるなら仕方ないのだが、やはりどこか一度目の人生の感覚に引っ張られてしまうのである。とはいえ、これがうまく扱えるようになれば、子どもで女だからといっても力仕事ができるようになるだろう。
うん、これからが楽しみだな。というわけで、俺は少し休んで動けるようになると、もう一度同じ事をする。そして、疲れては休んで再度挑戦というのを、親が帰ってくるまで繰り返したのだった。
だが、結局あまり進展したような感じはしなかった。やっぱり体力のなさというのが根本的にダメだったのだろう。そんなわけで、俺はまずは体力づくりに勤しむ事にしたのだった。
そのために、両親の手伝いを必死に頑張った。まだうまく扱えない力だが、身体強化だけに絞ればなんとか短時間で発動できるようになった。しかし、持続時間は短いし、連続では使えない。効果が切れれば非力な少女に戻ってしまうので、とにかく使いどころが肝心だった。
とはいえ、あの時の力がこうやって使える事は大きかった。一度目の人生が間違いなく役に立っている。だが、どうしても腑に落ちない点がある。
それは、言わずと知れたこの今の性別についてだ。どうして女性になってしまったのか、まったくもって理解できないのだ。
(まったく、男としてじゃなくてどうしてこうなった……)
一日の家の手伝いを終えて、俺はベッドの上で転がって、天井を眺めながら今さらながらに考える。
(だが、理由として考えられる事はある。……それはあのドラゴンが過去へ戻る際に何かを仕掛けたという事だ)
そう、これしか考えられなかった。
時間を過去に戻すという事は、この世界の根本を捻じ曲げる事だ。それによる影響とも考えられなくはないだろうが、この時の俺の頭程度ではそれくらいしか思い浮かばなかった。
自警団にしろ騎士団にしろ、ほぼ言われるがままにやってきた俺にとって、知識なんてものはないに等しかったのだからな。
(こうなったら、あの時のドラゴンを探し出して、真実を吐かせるしかねえな。ただ、現状手掛かりはねえ。しかも、今の俺には家を離れられるような自由は無いに等しい。……今は我慢か)
正直言って、現状は八方塞がりだ。
家から出ようとしても、親父かお袋、どっちかに捕まってしまう。まあ、5歳児なんてのが一人で出ていこうものなら、何があるか分かったもんじゃねえからな。
そんな状況なので、俺はともかく、もう少し大きくなるまで鍛錬を続けながら我慢する事にした。
あの時のドラゴンを探して、この手でぶっ飛ばすために。
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