おっさん騎士、逆行転生してドラゴンの妻となる
未羊
第0話 騎士、転生する
――思えば無茶苦茶を言いつけられたものだ。
今俺は大怪我を負って地面に横たわっている。
もう長くないだろうというのが、嫌というくらい分かる。あれだけの大怪我を負わされたのだ。もう止めるのも無理なくらい血が流れているし、それが証拠に視界がかすみ始めてきた。
……ああ、もう俺は死ぬんだな。
俺は悟りきっていた。
俺の名前はアルス・フェイダン。元はしがない村人だった俺は、村を守る自警団に憧れて剣を振るっていた。
ある時、村の近くで魔物が大量発生するという事態が発生した。大きくなって自警団に入った俺は、当然のようにその討伐へと向かう。
……そこで見たものは大地を染めるおびただしいまでの魔物の群れだった。誰もが無理だと投げ出す中、俺だけは絶対村を守るんだと奮起した。
――思えばあれが転機だったんだな。
俺の中で不思議な力目覚め、気が付けば魔物をすべて斬り倒していた。
魔物の返り血を浴びて息を切らせて立ち尽くす俺に、自警団の連中が怯えていたっけか……。
その話を聞きつけた王国へと俺は召し上げられ、王国の騎士団に所属する事になった。フェイダンという名はその時に頂戴したものだ。
しかし、それからの扱いは酷いと言うに尽きるか……。
平民上がりの俺は、いいようにこき使われた。魔物が出れば東へ西へ、北へ南へとその戦地へと送り込まれた。しかも単独で。
……よく俺も騎士団に入ってから20年間生きてこれたものだ。確か召し上げられたのは16だから、今は36か……。
それからというもの、特に知り合いも居ない状態で、魔物との戦い明け暮れる日々。
今回だって、王都からそう遠くない場所でドラゴンが出たからと、これまた単騎で送り込まれる始末だ。
まあ、勝ったからいいが、誰も居る気配はねえし、このまま野垂れ死にか……。最後まで寂しい人生だったぜ。
人は死ぬ際に過去を一瞬で思い出すっていうが、こういうのを言うんだな……。ははっ、こんな体験、したくなかったぜ……。
ああ、やばいな……。寒くなってきたぜ。……これで、病気で死んだ両親にも、会えるんだろうかな……。
俺の意識もついに尽きようとしていた、その時だった。
”小僧、まだ死ぬ事は許さぬぞ”
幻聴だろうか、俺の脳内に直接声が響いてきた。
だが、不思議な事に、それと同時に俺の意識がはっきりしたのだ。もう消えそうになっていたというのに、一体何が起きたというのだろうか。
というか、俺は小僧とかいうような年齢じゃない。
”我に比べれば、お前らなど小僧同然だ”
俺が強く思った言葉に、反応が来る。
……って、まさかこの声の主は!
”そうだ。お前が相打ちになったドラゴンだ。
お前ほどの実力者、ここで死なせるには惜しい。どうだ、やり直してみる気はないか?”
――やり直す? 何をだ?
”お前の人生をだ。どうだ、お前が強く願うのであれば、我がそれを叶えてやろう。
そうでなければ、ここで我らは野良の魔物の餌になって朽ちるだけぞ”
人生を、やり直せる?
この言葉に、俺は強い動揺を見せる。
他人にいいようにこき使われて、挙句壊れた道具のように捨て置かれる。そんな人生を変えられるというのか?
”やり直したとて、お前の人生がどうなるかは分からん。だが、このまま終わるのは癪というものだろう?”
……確かにその通りだ。俺は自警団に入るまでは自分の意思で生きてきた。だが、その後は周りに仕事を押し付けられてきた覚えしかない。いつからだろうか、そんな人生に疑問を抱かなくなったのは。
振り返ってみれば、実につまらない人生だった気がする。
ドラゴンにいいように言われて、俺の心の中にふつふつとした思いが込み上げてくるのを感じる。
ああ、そうだな。確かに人生をやり直してみたい。きっと違った人生を送れるはずだ。
”ふっ、ふははははっ! お前の願い、確かに聞き届けたぞ”
尋ねておいて、聞くと同時に大笑いをしてくれるとは……。ドラゴンの感覚は分からんな。
”お前の強い願いのおかげだ。我もどうやらやり直せそうだ”
うん? ドラゴンもやり直すだと?!
”うむ。だが、ここまで死を留めてきた我の力ももはや限界のようだ。
全力でもって力を使う。やり直しの人生でまた会おうぞ”
おい、それはどういう――――!
次の瞬間、俺の意識はそこで途絶えた。
「おぎゃーっ! おぎゃーっ!」
次に意識が戻った瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは赤ん坊の泣き声だった。
おお、かなりうるさいもんだな。
それにしても視界がぼやけていてよく見えないな。
俺がそんな事を思っていると、俺の耳に聞いた事のある声が聞こえてきた。
「おお、生まれたか!」
うん? この声は聞き覚えがあるぞ?
「はい、生まれましたよ。元気な女の子です」
「なに? 男の子じゃないのか?」
そういう男の声がすると、ぼやけた目の前に何かが覆いかぶさってきた。
「ごめんなさいね、ジャン。お腹を元気よく蹴ってくるから男の子だと勘違いしちゃったみたい」
次には女性の声が聞こえてきた。これもまた聞いた事のある懐かしい声だった。
「まったく、ソニアは相変わらずそそっかしいな」
この名前を聞いた瞬間、俺に衝撃が走った。
父親の名前はジャン、母親の名前はソニア。間違いない、この二人は俺の両親だ。
わずかな間ではあるが、この状況を整理すると、どうやら俺は自分の両親の元に女として生まれ変わったようだった。
くそっ、一体何が起こったって言うんだ。
俺の意識がはっきりすると同時に、辺りに響き渡っていた泣き声が止んだのだった。
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