第2話 書店員 豊平有希 01
「有希ー!今日この後空いてる?」
「空いてるよー。どした?」
放課後になって、隣のクラスからやってきた平岸夏奈(ひらぎしかな)が声をかけてきた。
ショートボブに切りそろえた髪をひょこひょこと揺らす姿はどこか小動物を思わせる。
メイクが上手なんだけど、どことなく妹っぽさを感じるのはその身長からかもしれない。(自称150cm。だが実測値は148cmだと言うのを私は知っている)
夏奈とは中学の時から仲良くしていて、私にとって一番仲のいい友達。
何かあればとりあえず夏奈に連絡するし、夏奈も私にはどんなことだって教えてくれる。
地元でもそこそこの偏差値の高校に一緒に行こうと決めて頑張ったのも今は昔なのである。
「いや、実はさ。ちょっと一緒にやってほしいことがあってね…?」
なんだろう。
買い物やカラオケならいつもと変わらないし、一緒にやってほしい、なんて言わないよね。
「えー?なにそれ。まぁとりあえず帰ろ」
下駄箱でローファーに履き替え、二人で歩き出す。
「有希、とりあえずウチ来てよ!詳しく話すからさ!」
「わかったわかった。そうやってすぐ家に連れ込むんだからー。」
ちなみに私も夏奈も残念ながら今のところ彼氏や、それに近しい異性の友人はいない。
夏奈は時々クラスの男子と遊びに行ったりもしているようだけど特定の誰かと仲が良いという話は聞かなかった。
私はというと、中学生の時は恋に恋した時期が少しだけあったけれども今はそんな流行り病も落ち着いていた。高校受験というワクチンによって恋の病は私の体内からきれいさっぱり根絶やしにされたのかもしれない。
いつものように他愛のない会話をしながら帰路を進むこと15分ぐらい。
夏奈の家に着いた。
「お邪魔しまーす」
「はーい、っていっても今日は両親とも仕事でいないよー。
私、飲み物持っていくから先部屋入ってて!」
「はいよー。」
夏奈の家には何度も遊びに来ている。
階段を上がり猫のネームタグが付いた扉を開け、
クッションを抱えて座り込む。
大きな姿見にふわふわのクッション。
相変わらず夏奈の部屋は女子!って感じだ。
「おまたせ、どーぞ。」
夏奈がグラスに冷たい緑茶を注いで持ってきてくれた。
「ありがと。いただきまーす。」
あー、歩いてのどが渇いていたのでお茶がおいしい。
「それで、一緒にやってほしいことって?」
「それなんだけど……。有希!お願い!私と一緒にLIVE配信やって欲しいの!」
ガバッっと手を合わせてこちらを見つめる夏奈。
両手を合わせて何を錬成するんだと思ったが、
そうかそうか、人にものを頼む態度を心得ているわけだな。
なんて、よくわからない感想を思い浮かべつつ、
LIVE配信という単語を脳内検索する。
「配信?何それどういうことー?」
いや、もちろんなんとなくわかる。
SNS上でリアルタイムの映像を流し、
その時にアクセスしている不特定多数の人と
会話をしたり、歌や絵を披露したり、もしくはただ勉強している姿を映すだけ、
なんていう配信もあるらしい。
「TokTakに『LIVE』って機能あるじゃん?」
「あるねー」
TokTakというのは短めの動画を投稿して共有するSNSだ。
色んなエフェクトがかけられたり、人物や背景を補正したり、
要するに盛れる機能がたくさんあって中高生ならほぼ全員やっていると思う。
ショートムービーの投稿と、
それをシェアしてつながるのがメインのSNSだけど、リアルタイムの映像を流すLIVE機能もあって、
人気のある子だと芸能人でもないのに同時視聴者数が数千人を超えるなんてこともあるらしい。
私もアカウントを持っていて、
時々夏奈や学校の友達とふざけあったりした動画をアップして遊んだりしている。
身内以外からも結構リアクションがあったりして、
スマホを通して仲良くなった人も何人かいたりする。
そんな私にLIVEとな?
「夏奈さんや、さてはお主何か企んでおるな…?」
「お、お有希様っ!け、決してオラはそんな……。夏奈さんの可愛さ目当てで視聴者増やそうだなんて、滅相もございません…!!」
「視聴者って、夏奈。LIVEなんて今までやったことあったっけ?」
学校でも一緒にTakTokを見たりするし、
投稿した動画の話題にもなったりするけれど
夏奈がLIVE配信をしたなんて話は聞いたことがなかった。
「いや実はね、昨日の夜に初めてね。妹に誘われてなんとなくやってみたんだけど、これが結構な視聴者数になってさー!」
夏奈には2つ下の妹がいる。
「へー、陽菜ちゃんが。」
陽菜ちゃんは中学3年生。
バスケ部で、夏奈よりも身長が高い。
たまに3人で出かけることもあるんだけれど
夏奈のほうが妹みたい…っていうのは禁句。
「そう。なんか中学校ではLIVEが流行ってるらしくって、誰かの家に集まって配信しながらおしゃべりするのが最先端らしいよ。」
なんとまぁ。
最近の子はどんどん新しい遊びを見つけるんだねぇ…。(16歳 女)
「でも、夏奈ってあんまり目立つのとか好きじゃないタイプじゃん。
なのにLIVE配信したいだなんてちょっと意外。」
「まぁね。ただ配信を見てもらうだけなら多分自分でやりたい、なんて言わないんだけどさ。
LIVE配信って、見てる人が配信者に向けておひねりを投げられるのよ。」
ハッピーチャットと呼ばれる機能で、
TakTok内の通貨を10円単位で配信者に送ると、
配信画面上で名前が表示される。
人気配信者になると、ハッピーチャットの金額だけで高級車を買える額を稼ぐ人もいるのだとか。
「あー、あの機能ね」
「そそ、それで昨日は陽菜と一緒に晩御飯作るところを配信したんだけど、そしたら1か月のお小遣いぐらいのハピチャが飛んでまいりまして…ふふふ」
ははーん。そういうことか。
金の亡者め。
「貴様のその卑しき心、拙者が打ち砕いてしんぜよう!夏奈!覚悟ーーーー!!」
私は両手を広げて夏奈の脇腹をむんずとわしづかみにする。
「ひゃっ!有希…!!そこダメ!!ダメだってぇ!!…くふふ…ひゃハハハ!!」
一通りお仕置きした後私は聞いてみた。
「でもさ、LIVE配信ってことは顔をネット上で出すってことでしょ?なんかちょっと怖くない?」
今は小学生だってスマホを持っているご時世で、
様々なSNSや情報に触れられるようになったが
私だってそれなりに自己防衛はしているつもりだ。
顔をそのまま全世界にさらすのはさすがにちょっと抵抗がある。
「あー、それなら大丈夫!ゴリッゴリに加工して、フィルターもかけたうえで室内で撮影すれば身内じゃなきゃまずわからないよ。」
「そうなの?」
「そうそう。それに私も陽菜も本名では呼ばないようにしてるし、たまーにやるくらいだから誰の記憶にも残らないって。」
手をひらひらさせながら夏奈が言う。
「そっかー。でもさ、LIVE配信するって言ったって何してるところを撮るのよ?」
「ふっふーん!それはすでに考えてあります!ちょっと待ってね~」
そういって夏奈はテーブルの下から大きめのポーチを引っ張り出してニヤリとした。
「今日は、この前買ったら新しいメイク道具を有希で試そうと思ってます!」
「私!?」
「うん!有希もたまにはメイク変えたりしてみなよ~!せっかくこーんなに可愛いんだからさ。リップ変えるだけで全然違うよ?」
「そうかなぁ…」
私も人並みにメイクはしているし、可愛いと言われて嫌な気はしない。
かといって誰に見せるでもないのでそんなにこだわりを持ってはいなかった。
化粧品って決して安くはないからね。
ちなみに夏奈は近所のドラッグストアでアルバイトをしている。
ウチの高校は別段バイトを禁止しているわけではないので、バイトをしている子は多い。
「そうだよー!有希はもっと自分の可愛さを自覚したほうがいい!だからさ、ちょっとだけやってみようよー!」
「まぁちょっとだけなら…」
夏奈と何か新しいことをやるっていうのはすごく魅力的で間違いなく楽しいだろう。
せっかく誘ってもらったんだしちょっとやってみようかなと私は思った。
後になって、この選択を少しだけ後悔することになる。
確かに甘い蜜も吸えたけれど、
少し痛い目を見て。ちょっぴり怖い思いをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます