書店員は思ったより大変

@keidc28

第1話 本屋の店長の仕事

―――書店員。


やってみたい職業ランキング7位ぐらいに入ってそうな職業。

文字通り本屋の店員さん。それが俺の仕事。

なんとなく知的で、穏やかに時間が流れ、スタイリッシュに仕事をこなす。

そんなイメージがあるかもしれないけれど、

実際に働いてみると結構多忙で、トラブルもあったりして、

何より一緒に働く従業員には一癖も二癖もある人が多いのだ。


でも、みんなそこそこ一生懸命で

そこそこ、この職場を気に入っているのだろうと思う。


――私の勤務先って最高!

――この環境が大好きです!

――毎日充実してます!

――宝くじも当たっちゃいました!


…そんな職場なんて世界中のほんの一握り。

それでも、

「何夢見てんだよ」とも思うけれど俺は店長なわけで。


「よし、今日も仕事頑張ろう」

とみんなに思ってもらえる程度の職場にならどうにかできるんじゃないかな、

なんて時々考えながら今日も書店の1日が過ぎていく―――





兼平啓介(かねひらけいすけ)。


28歳独身、平均的な身長にやや痩せ型の体系。

運動は結構得意だが社会人になってからはご無沙汰で、

最近急に「野菜を食べろ」という幻聴が聞こえているかの如く100円のサラダを買っては不思議な満足感に浸っている。

1DKのアパートに一人暮らし。こう見えて性別は男。

そう、そこは笑うところだ。


就職活動中に、地元に昔からある書店の新卒採用に応募してみたところ内定をもらいそのまま入社。

都会へのあこがれは多少あったたものの、

勝手知ったる地元でよかったのかどうなのか。


本は好きだが、比較的という副詞がつく程度で

ここで働く連中のそれと比べたら“ままごと”みたいなもの。

どちらかといえば、動画を見たりゲームをしたりとデジタルな娯楽のほうが好みで

コツコツと練習しながら上達していくタイプのFPS(いわゆるシューティングゲーム)とか結構好きなんだなぁこれが。


現在入社6年目。

何度かの転勤を経て今は地元の店舗で店長として働いている。

国道沿いのロードサイド店舗が密集する地域に構えるそこそこの規模の書店で、

本以外にも文房具や雑貨、カフェなんかも併設されているので休日はかなりの賑わいを見せる。

そんな店が今の俺の職場である。




◇◆◇



―――水曜日。

学校の授業が終わり、学生客がだんだんと増えてくる時間帯になってきた。

今日の俺のシフトは午後からの出勤で、閉店まで勤務する。



「てんちょ!てんちょーっ!」


倉庫の入り口で、ついさっき届いたばかりの本を荷下ろしをしていると

通りがかったアルバイトの女の子が声をかけてきた。



豊平有希(とよひらゆき)


3か月前にアルバイトで採用した近所の高校に通う女子高生。

少し幼さはあるものの、くっきりした目鼻立ちに加えてほんのりとメイクを施し

朗らかに働くその姿は来店するお客様の間でもちょっと話題になっているとか。


今日は平日なので放課後に直接出勤してきたらしい。

制服のスカートは黒いチノパンに履き替えているが、上は学校指定のブラウスを着ていた。

容姿には幼さがあると形容したが、スタイルに関しては一転して健康的そのもので

同級生の男子は決して彼女を放ってはおかないだろう。

肩よりも少し長い黒髪をリボンつきのヘアゴムで高めの位置にまとめ、

ポニーテールの髪を揺らしながら軽やかな足取りで近づいてきた。


「先月の月刊誌の返本、終わりましたよー!!」


返本というのは、売れ残ったり余剰在庫となる本を返品する作業のことで

雑誌やコミックを種別ごとにダンボールに詰めて発送する。


「あぁ、豊平さんありがとう。早かったね。」


いつもなら1時間ぐらいかかる作業だが、

今日は30分もかかっていない。

豊平さん、ふしぎなアメでも食べたか?


「今月号から『テイキュー!!』が月刊誌で連載になってめっちゃ売れましたからね。

 倉庫の在庫がいつもの半分ぐらいだったので早く終わりました。」


ふむ。そういうことか。

アメを食べてもレベルはあがらないのが現実である。


「そういえば豊平さんも1冊買ってたね。

 『テイキュー!!』好きなんだっけ?」


「大好きです!満島蛍くんLOVEですよぉっ!

 あの黒ぶち眼鏡と気だるそうな眼差し…はぁ…」


豊平さんは『テイキュー!!』というテニスを題材にした少年漫画が好きで、

その中でも特定の人物を溺愛しているのだそう。


「そ、そうなんだ…ははは」


書店で働く人には本に興味がない人も当然いるのだが

逆に特定のジャンルや作品に熱い情熱を持った人も多い。

一昔前なら「ヲタク」なんて言われて揶揄されていたが

今は芸能人やアスリートでも漫画やアニメ好きを公言する人も多く、

もはや“サブ”カルチャーとは言えないだろう。


「そういえばてんちょ、今日は眼鏡じゃないんですね?」


「え、あぁ実は昨日フレームが歪んでレンズが取れてしまってね。

 修理に出してて今日はコンタクト。」


落としたり踏んだりしたわけではないのだが、

ポロっと取れてしまった。


「それは災難でしたね。

 でも、普段とは違うレアてんちょもカッコいいです!」


こういう人懐っこさは彼女の魅力だろう。


「はは、ありがとう。

 豊平さんも新しいヘアゴム可愛いね」


(っと…彼女の人柄につられて年下の女性に“可愛い”とか言ってしまった。

言動には注意しないとな…)


「か、かわいいですか…!?!?

 あ、いやあの…ありがとう…ござい…ます。

 っていうかてんちょ、よく気づいてくれましたね…///」


マズったかなと少し後悔。

このご時世、容姿やそれに付随する言動を職場で放つのは

それ相応のリスクが伴う。


「…ん?いやまぁ豊平さん昨日も出勤だったしね。

 変わったところがあれば見れば気づくよ。」


責任者である以上、異変や変化には敏感になる。

従業員の様子だって何か変化があれば当然意識する。


「そ、そうだ!

 わたし桑園(くわぞの)さんに呼ばれてるんだった!…て、てんちょ、荷下ろしお疲れ様です!!」


「うん、お疲れ様。ありがとうね。」


豊平さんは来た時よりもいささか慌てた足取りで

店内にいるであろう桑園さんのもとへ向かって行った。


「さて、そろそろ飯でも食いに行くかな」


そう独り言ちて事務所へと戻った。




◇◆◇




(はぁ……“可愛い”だなんて、急に…びっくりしたぁ…

私、今絶対赤くなっているよぉ…。)


倉庫は薄暗いから赤面してしまったのはバレていないと思うが

それでも急にあんなことを言われて動揺したのは間違いない。


私は豊平有希(とよひらゆき)

高校2年生の16歳。


現代文の成績は中の上。古典は中の下。

“をかし”と聞いて「お菓子?」と素で間違う程度には

文学や書物とは縁遠い人生を送ってきた。

本屋さんなんて年に数回行くぐらいで

どちらかというとカフェやアパレルショップを友達と冷やかすことのほうが

圧倒的に多い、そういうタイプの人間だ。


そんな私が何で書店でアルバイトなんてしているのかというと、

まぁ色々あったのだ。色々。


「はぁ…てんちょ、やっぱり気づいてないのかなぁ…」


幾ばくかのもやもやした気持ちを抱えつつも

倉庫から店内に移動してきた私は、

参考書売り場にいる桑園さんに声をかけた。


桑園さんはこの書店で10年以上パートさんとして働いている

みんなのお母さんみたいな人。

実際に小学生と中学生のお子さんもいて、休みの日に時々家族で遊びに来たりしている。


「桑園さん、お待たせしました!

 月刊誌の返本終わったので次のお仕事バッチコイです!」


「あら有希ちゃん、早かったわねぇー。

 それじゃあの本を売り場に出してきてもらえる?」


そう言って桑園さんは近くにあった移動式のラックに乗った数十冊の本を示す。

売れて補充注文していた参考書の類だ。


「らじゃっ!」


シュタタタタ!と効果音が聞こえそうな足取りで

ラックへ向かい、参考書売り場へ移動させる。

大学入試用の問題集や、資格の勉強用の参考書などを棚に差し入れていると

桑園さんがニコニコしながら近づいてきた。


「有希ちゃん、今日は水曜日だからいつも以上に元気ね…ふふ」


そう楽しそうに言われると恥ずかしさがこみあげてくるが

水曜日でテンションが上がっているのは事実なので否定できない。


「えへへへ…///」


今日この後のことを想像すると自然と相好が崩れてしまう。

そう、今日は水曜日!


土日までまだ2日間残ってるー、とか

不動産屋が休みだー、とか

そんなことはどうでもいい。


「店長も今日は閉店まで居るものねぇー、ふふ」


わわわっ!

く、桑園さん!急になんてことを言うの…!


「く、桑園さん…っ!てんちょに聞かれたら…!」


「あら、店長ならさっき休憩に出ていったから大丈夫よ~」


危ない危ない。ならよかった。

……よかったのかな??


コロコロと感情のジェットコースターを走らせる私に向けて

今度は少し険しい表情になった桑園さんがこっそり私に言う。


「…その…最近はもう帰り道、大丈夫そうなの…?

 閉店までのシフトだと21時ぐらいになっちゃうでしょ…?」


桑園さんがこう言うのにはワケがある。

遡ること3か月前。

ちょうどこの書店で働き始める直前に、ちょっとした事件があったのだ―――

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