俺と出会いの季節5




家についたのは午後六時前で、普段真っ直ぐ帰宅する俺にはありえない時間だったが、母親は何も言わなかった。俺はしばらく部屋で休み、風呂を済ませ、夕飯を食べた。母は何故か気合いを入れてハンバーグを作っていた。

七時半過ぎ、リビングでバラエティー番組を眺めていると、インターホンが鳴り響いた。ピンポンピンポンと二回連続で。父親が帰って来るにしては少し早いし、何より父はインターホンなんて鳴らさない。こんな時間に客か?と思っていると、皿洗いをしていた母が玄関に向かった。ドアを開ける音がする。

「あら、まあ、どちら様でしょうか……?」

玄関から母の困惑した声が聞こえてきた。不審者でも訪ねて来たのか?俺は関り合いになりたくなかったので玄関には行こうと思わなかったが、もしものことを考えて一〇〇当番の準備をしておいた方がいいかもなと思った。テーブルからスマホを取り上げたところで、俺はあまりの驚きにそれを取り落とす。玄関から、今一番聞きたくない声が聞こえてきたのだ。

「初めまして!オレ、息子さんの友達です!今晩泊めてください!」

間違いない、あの幽霊の声だ。俺は慌ててリビングを飛び出した。困惑する母の前に、相変わらずびらびらと派手な装飾の着物を着たあいつが立っていた。

「あっ、友達一号!遊びに来たぞ!」

「お、お前何でここに……つうか何で母さんに視えて……!?」

俺の顔を見ると、幽霊は更に笑顔になった。手まで振ってくる始末だ。母は俺の知り合いだということがわかったからか、ずいぶんと安心した顔になっていた。困惑しているのは俺の方だ。こいつは幽霊じゃなかったのか?何故母にも視えている!?

「お母さん、オレ今日息子さんと意気投合したんです。今日泊めてください」

「あらまあ……ねぇ……」

そう言われた母は、少し嬉しそうにこちらを振り返った。こいつの服装に多少の不審感はあるが、俺の友達が遊びに来たという喜びは隠せないのだろう。だが、泊まるだと?そんなことはもちろん却下だ。というか、そもそも俺とこいつは友達じゃない。

「んなもんダメに決まってんだろ、帰れよ!」

「えええええ!何で!公園で仲良く語り合った仲じゃん!」

「記憶を捏造するな!俺は一ミリも楽しくなかった!」

その時、ゆっくりと近付いて来た母がそっと俺の腕に手を置いた。親の前で声を荒げてしまうなんて。両親は俺のことを「あまり感情を出さない子」だと思っているはずなのに。

「和輝。家にお友達が来て恥ずかしいのはわかるけど、そんなこと言っちゃダメよ」

「ちょ、待て……違……」

それから母は幽霊の方を向いて言った。

「どうぞ上がってって。和輝の友達が来てくれるなんて嬉しいわ。ほら、このスリッパ使ってね」

「ありがとうございます!お邪魔しまーす!」

幽霊は弾んだ声で礼を言うと、下駄を脱いでスリッパに足を突っ込んだ。待て待て、我が母よ。本当にこんな得体の知れない奴を家に上げる気か?

「今日の夕飯ハンバーグなの。もし夕飯まだだったら食べてってね」

「ハンバーグ?うん!いただきます!」

だから待てって。お前ハンバーグってちゃんと理解したか?第一そのハンバーグ父さんの分だろ。

母は幽霊をリビングに案内した。その際俺とすれ違ったが、幽霊に「よろしくな、和輝!」と肩を叩かれた。母のせいで名前までばれてしまった……。

幽霊がちょうどハンバーグを食べ終わったところに、父が帰って来た。その手にはコンビニ弁当が握られていたが、母は苦笑いを返しただけだった。俺が連絡してやらなきゃ父さんの夕飯なかったんだぞ。

父はもちろんこいつは誰だと尋ねたが、母は意気揚々と俺の親友だと紹介した。いつから親友にグレードアップしたんだ。母の答えを聞いて父はあからさまに喜び、幽霊に優しく話しかけた。なんてこった、父まで取り込まれてしまった。

そのあと幽霊は風呂に入ることになった。両親は俺の親友を手厚くもてなした。俺は一刻も早く何故両親にまで姿が視えているのかを聞きたかったが、とにかく二人きりになるチャンスを待った。幽霊が風呂に入っている間、コンビニ弁当をつつく父の背中がむなしかった。

うちの風呂はそんなに新しいタイプではないが、幽霊はシャワーの使い方などがわからないらしく、俺は何度も風呂場に呼び出された。リンスの存在理由を尋ねられた時、「髪がさらさらになるからお前はたくさんつけといた方がいいんじゃねーか」と言ってやったら、奴はその天パにリンスを塗りたくり始めたのは少し面白かった。

さすがに着物の装飾が邪魔すぎるので、寝間着は俺の服を貸すことになった。背格好が同じだったので何とかなったが、奴は意外に筋肉がついていたので俺は少し嫉妬した。

幽霊が風呂に入っている最中、俺は親に奴の服のことを聞かれたが、「家が神社だから普段着はあれらしい」と苦し紛れにも程がある嘘で切り抜けた。他にもどこに住んでいるんだとか奴の名前は何だとかいろいろ聞かれたが、全部適当な言葉で切り抜けた。これで切り抜けれたのは、両親の脳みそが若干お花畑気味なおかげだろう。

幽霊が風呂から上がると、両親は四人で話をしたがったが、俺はそいつを連れてさっさと二階の自室へ向かった。両親がドアの前で盗み聞きすることを懸念して、なるべく小声で話を始める。

「お前、何でここにいるんだよ!」

「だって和輝が言ってた子供オレのこと視えてないみたいだし……」

「んなこたどうでもいいんだよ、何でうちの場所がわかったんだ!?」

「一件一件家覗いた。和輝と朝会ったのこの辺だから、探せば見つかると思って」

幽霊はグッと親指を立ててグッドサインを送ってきた。スマホも知らない時代遅れのくせに、変なことは知ってやがる。

その時、部屋のドアがノックされて母の声が聞こえてきた。その瞬間、目の前であぐらをかいている幽霊の頭の輪が消える。

「お友達のお洋服だけど、これ洗濯機で洗っちゃっても大丈夫かしら?」

俺が何か答える前に、幽霊が立ち上がってドアを開けた。大丈夫か?こいつ洗濯機って知ってるのか?

「たぶん大丈夫だと思う!あ、でもこれだけちょうだい!」

幽霊は母の手から、首にかけていた細長くて薄い布を取り上げた。たしかにあれは手洗いの方が良さそうだし、何ならスカーフみたいなやつだから洗わなくても問題なさそうだ。というか、幽霊って汗かくのか?

母が退散すると、気付けば幽霊の頭の上にはまた光る輪が出現していた。おそらく、これが無いときには普通の人間にも奴が視える。幽霊は母から受け取った布を無造作にベッドに放り投げた。

「で、お前は何で幽霊のくせに他の人間にも視えるんだ?」

「それはオレが超すごいから!」

幽霊は足をガッと開き両腕をクロスさせ妙な決めポーズを作ったが、俺が真顔のままでいるとしゅんとしてその場に座った。この質問には答えたくないということか?まあいい、後でゆっくり聞いてやる。

「なら何でここに来た。わざわざ親の前にまで現れやがって」

「親公認の友達だからな!」

「答えになってねーよ」

「やっぱり友達になるのは嫌なのか?」

俺は次の言葉を口にする前に少し考えた。

「……いや、家がバレた以上お前の要求を飲むしかないと思ってるよ」

「じゃあ友達になってくれるのか!?」

前のめりになって近づけて来た顔を思わず蹴飛ばしたが、俺の足は奴の顔をすり抜けただけだった。どうやらやはり間違いなく幽霊のようだ。

「言っとくが仕方なくだからな。俺の邪魔は絶対にすんなよ」

「しない!男と男の約束だ!」

幽霊は顔を輝かせてそう言った。それ言ってみたかっただけだろお前。

幽霊は立ち上がると、さっそく部屋の中を物色し始めた。友達だからといって部屋を漁っていい理由にはならないのだが。

窓際に立ってやたらにカーテンを開け閉めしているその背中に声をかける。そういえばこいつの名前を聞いていなかった。ずっと「お前」でも俺は構わないのだが、次に親に聞かれた時さすがに苦しい。

「そういやお前名前なんつーの?」

俺の声に幽霊がくるりと振り返った。月明かりで頭の輪が輝きを増しているように見える。

「オレ?江戸川文太郎。職業は神様だ」

新しい俺の友達はどうやら神様らしい。




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