俺と出会いの季節4




放課後。コンビニで菓子パンを買い、家とは逆方向の公園へ向かった。幽霊は時折俺に話しかけたが、周りに人がいる以上無視し続けた。ぶつぶつ独り言を呟きながら歩く奴なんて怪しい以外の何者でもない。

学校の近くのわりと大きめの公園に入り、人目につきにくいベンチに腰を下ろした。コンビニ袋から菓子パンを取り出し封を切る。

「いい加減諦めて俺にまとわりつくの止めてくんねーかな」

そう話しかけると、幽霊はパッと顔を明るくした。奴は少し間を空けて俺の隣に座る。やっぱりこの世の物に触れるんだな。これさえ無ければ無視でごり押しするのに。

俺はこの公園で幽霊と話をつけようと思っていた。普段は寄り道なんてしない。五分歩けば家があるのだ、真っ直ぐ帰ってゆっくりしたいと思うのが普通だろう。

だが今日は帰るに帰れなかった。この幽霊に家を知られたくなかったのだ。こいつは特殊なのか知らないが、この世の物に触れる。俺がこいつの出す条件を飲まなければ、こいつは俺の家で暴れて滅茶苦茶にすることもできるのだ。

他の場所でなら何をやってくれても構わないが、家に危害を加えるのだけは止めてほしい。俺の安息の地が失われる。何としてでも俺は今日ここでこいつを振り切らなければならないのだ。

「でもオレのこと視えるの他にいねぇし……」

「探せばいるかもしれないだろ。それに仕事があるなら帰った方がいいんじゃねーのか」

「いや、オレはお前が気に入った!友達になろう!」

「俺は気に入ってないからお断りだ」

俺はコンビニ袋の中からパック入りのジュースを取り出して、咀嚼したパンを流しこんだ。

「お前が断ってもオレはついてくからな」

幽霊はそう言うと、前屈みになって俺の顔色を窺った。俺は逆方向に顔を反らす。

「もっと愛想の良い奴選べばいいだろ」

「お前の愛想のないところが気に入った!」

「じゃあ愛想よく接してやるから帰れ」

「それはオレが喜ぶだけだぞ!」

ニヤニヤしながらこちらを見る幽霊に、俺はついに眉間にシワを寄せた。食べ終わった菓子パンのゴミをコンビニ袋に突っ込む。

「なあ、何でそんなに嫌がるんだよ。いいじゃねぇか、友達」

「面倒臭いからだよ」

ため息混じりに答える。パック入りのジュースを手に取り、しかしストローに口を付けることはしない。

「それに別に友達はいらない」

幽霊は再び俺の顔を覗き込んできた。俺はそれに気付かないふりをする。表情を変えないように気を付ける。

「何で友達いらないんだよ。友達は多い方がいいに決まってるだろ。あ、あれか?強がりか?強がりなんだろ?」

「単純に面倒臭いだろ。人付き合いって、正直、怠い」

幽霊は視線を俺から正面に動かし、足をぶらぶらと揺らした。そのたびにひらひらとした着物が揺れる。今気付いたが、下半身は袴になっているようだ。

「じゃあオレが友達になってやるよ!オレは面倒臭くないやつだぞ?」

「現時点ですげー面倒臭ぇよ」

「オレなら他の人には視えないから気兼ねする必要無し!面倒臭がりのお前にもピッタリだ!」

「周りに視えないから下手に話せねーだろ。それは友達か?」

「そういう時はあれだ!ほら、あれ!ケイタイデンワ!ケイタイデンワで喋ってるふりすれば外でも会話できるだろ?」

俺は横目でちらりと幽霊を見てみた。名案を出したつもりでいるのか、期待のこもった眼差しで俺を見ている。だが俺は、こいつの携帯電話の言い方が気になっていた。言い慣れていないように感じる。第一、今の時代年寄りでもケータイと略すだろう。

「天国ってケータイ無いのか?」

「ケータイ?あっ、ケータイか。ないけど知ってるぞ!パカッて開くと画面とボタンがあって、電話と手紙のやり取りが出来るんだろ?」

ケータイは無いのに電話はあるのか。俺はポケットからタッチパネル式の携帯電話を取り出すと幽霊に見せた。

「何だこれ?」

「何ってケータイだよ」

「ケータイ!?パカッは!?ボタンはどこにあるんだ!?」

幽霊がスマホに触ろうと手を延ばしてきたので、俺は腕を上げてそれを躱した。幽霊は目の前にエサを出されて「待て」と言われた犬のような目で俺を見る。

「何で逃げるんだよ!」

「天国では文明が遅れてんのか?」

「そりゃ遅れてるに決まってんだろ。この薄っぺらいケータイの知識持ってる奴が死ななきゃ天国で作れないんだから」

「天国から地上って見えねーのか?」

「見えるけど、小さな文字とか細かい手の動きまでは見えねぇよ。望遠鏡は偉い人しか使えないし。第一、天国は昔から文明が遅れてるから遅れてるのが当たり前なんだよ」

ふーん、なるほどな。なら俺が老衰で死ぬ頃にはスマートフォンが普及しているだろうか。だがその頃にはこの世ではもっと便利な物が溢れているだろうし、せいぜいスマホがちょっと進化したくらいの天国では苦労しそうだな。

「何だー?友達にならないとか言っといて興味津々かー?今からやっぱり友達になりたいって言ってもいいんだぞ」

幽霊のニヤニヤがうざかったので、その額をグーで殴った。幽霊は両手で額を押さえて一歩下がる。

「ぐわーっ、何をする!」

「そんなに強く殴ってねーだろ」

自分の知らない天国という場所の話に興味を持ってしまったのは事実だが、だからといってこいつと友達になる気などさらさら無い。とりあえず天国のことはもう聞かないでおこう。自分が死ぬ時死ににくくて困る。俺には老衰で眠るように安らかに死ぬという夢があるんだ。

「…………」

「どした?いきなり考え込んで。オレと友達になる決心がついたか?」

「ついてねーよ。ところで、お前スマホも知らないみてーだけど幾つなんだ?」

「死んだ時の年齢は二十歳だぜ。でも死んだのは百十年くらい前かなぁ」

「……お前、かなりのジジイだったんだな」

「ジジイって言うなよ!肉体年齢はピチピチの二十歳だぞ!」

肉体年齢っていうかそもそも肉体無いし、精神年齢は二十歳以下な気がする。だがそんな昔に死んだということは、スマホを知らないのも無理はない。ケータイどころか黒電話も無い時代なのではないか?

突然公園のスピーカーがでかい音で音楽を奏で始めた。幽霊が「うおっ!何だ!?」と言いながらキョロキョロと辺りを見回す。七つの子だ。夕方五時の合図である。

と、七つの子が鳴り止むのと同時に俺の左手のスマホが鳴り始めた。幽霊はまたビクッと驚く。ディスプレイを見ると、母親からの着信だった。俺は通話ボタンをタップしスマホを耳にあてる。

「どうしたの」

《あんた今日入学式でいつもより早いんじゃなかったの?遅いから何かあったのかと思って……》

「ごめんごめん。ちょっと寄り道してただけだよ。すぐ帰る」

目の前の幽霊が物珍しそうに通話中の俺を見てくる。その視線がうっとおしくて九十度回転するが、幽霊はわざわざ俺の前に移動して観察を続けた。

《そう?無事かどうか気になっただけだから、用があるんならゆっくりでいいからね》

俺はそれに適当な返事をし、通話終了ボタンを押した。俺は毎日ほとんど全く寄り道せずに家に帰るので、もしかしたら母親は俺が友人と寄り道していると勘違いしたのかもしれない。平日も休日も友達と遊ぶ気配のない俺を、口には出さないが両親は心配しているだろう。母親は、新しいクラスになって俺に友達が出来たのだと期待のこもった勘違いをしたのだ。

俺はスマホをポケットにしまうと、ベンチの上から鞄を取った。幽霊はどうしたんだという顔で俺を見る。

「どうしたんだ?どっか行くのか?」

ああ、こいつ思ったことは全部口に出すタイプか。俺は身体を半回転させ幽霊に告げた。幽霊からしたら、ここを移動すると俺が喋ってくれなくなるから嫌なのだろう。

「帰る。ついてくんなよ」

短く突き放し気味に言い、公園の出口を目指して歩き出す。遊具の周りには数人の小学生がたむろしていた。

「やだよ、ついてく!」

この答えは予想済み。俺が急に足を止めると、俺を追いかけようと駈け出した幽霊が俺の背中にぶつかりそうになった。まぁ幽霊だからそのまま俺の身体を突き抜けて腹からこんにちはするのかもしれないが、こいつはこの世の物に触れる。俺の背中にぶつかっていた可能性も十分あるだろう。

打っていないのに鼻を押さえている幽霊が、ちゃんと顔を上げたことを横目で確認する。そして俺は砂場の近くで一人で突っ立っている男の子を指差した。小学一、二年生くらいだ。

「お前は俺にしか視えないって言ったな。あいつさっきからお前のことガン見してたぞ。俺よりは友達になってくれそうなんじゃないか」

「ほんとか!?」

幽霊は顔を輝かせると、「ちょっと待っててくれ!」と叫び男の子の方へ走って行った。そのうちに俺は一番近い入り口から公園を出て、路地を猛ダッシュする。そして百メートルほど先の開発放棄された空き地の公衆トイレに身を潜めた。

馬鹿な奴め、あんな簡単な出任せに引っかかりやがって。あの男の子はきっと幽霊なんて視えていないし、そもそもこちらを一瞥もしていなかった。きっと他の子供達と一緒に遊びたいのに仲間に入れてと言い出せなかったのだろう。一人でいたし、哀愁漂っててなんか雰囲気があったので使わせてもらった。

しばらくここに隠れて、幽霊がこの辺から離れたくらいに家に帰ろう。入学式という行事を知っていたので、学生は毎日学校に行かなければならないということは知っているかもしれない。学校で待ち伏せされては困る。明日からどうしたもんか。

何とは言いたくないが異様な臭いに耐えつつ、三十分程公衆トイレで粘る。屋上のドアのことを考えるとあいつは壁をすり抜けることも出来るようだが、その能力を使って俺を探すとは考えにくかった。あいつは俺を追いかける時、いつも俺の後を追ってきたのだ。

そっと外の様子を窺い、あの幽霊がいない事を確認する。俺はなるべく顔を伏せながら、小走りで家に帰った。




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