第5話

今日は水曜日。彼が最も忙しい一日を迎える日だ。

故に私は朝目覚めてから夜眠るまでひとりでいなくちゃいけない。

そう考えただけで、呼吸が乱れた。

いつもの過呼吸が襲って来る。今までどうやって息してたんだっけ?

頭が朦朧としてくる。手足の硬直が始まったらアウトだ。

朝の光はそこにあるのに、私の手は届かない。

私には光を手にする権利すらないのか。

窓から差し込む光を睨みつけた。


慌てて着替えて家を出た。

「誰か助けて.....。誰か私のそばにいて。」

こんな時はいつものカフェでぼんやりしていれば、きっと誰かが声をかけてくれる。

私はふらふらした足取りでいつものその場しのぎの男を待つカフェについた。


「ダージリンティーを下さい。」絞りだすように注文した。

窓辺の席、私を隠してくれる大きめの観葉植物。

「おまたせしました。」いかにも元気そうな店員さんが明るくいった。

温かな紅茶を覗くと、私が歪んで映る。


〜また、どこの誰だかわからないひとにすがるつもり?〜

〜また、彼を裏切るの?彼の想いは?彼の辛さは?〜

〜自分だけ救われれば満足なの?〜


茶色の鏡が意地悪に聞いてくる。

「今は自分のことで精一杯なの!」

大きな声で答えたら、まわりの客が訝しげに睨んで来た。


「何、怒ってんの?」「この前楽しかったね。」

そう笑って、いつか私を抱いた男が前の席に座った。

名も知らぬ救世主だ。そう思った。そうなるはずだった。


「眠たいの。」私がそう言うと男は「肩につかまって。」と言って伝票を取った。


「今日はパーティーだよ、会えて良かった。」そう男は言った。

私を乗せた車のシフトレバーにそっと右手を取り、男はその上から自分の手を乗せた。

どれくらい遠くに来たんだろう。途中眠ってしまった私には時空の感覚がない。


見知らぬ飲み屋街に着く。

男はパーキングに車を止めて、「少し歩ける?」と聞いた。

コクリと頷く。外にでるとムンとした淀んだ空気が体を包む。

ビールラックを逆さまにして濃い化粧の女達が煙草を吸っている。

「ねぇ、ダイチ、その子だれ?遊んで行かないの?」ひとりのおんなが声をかけた。

「また今度な。」そう男が言った。どうやらこの人はダイチという名前らしい。

嘔吐物や濁った水たまりをよけながらダイチが導く細路地へと進んで行く。

ネオンサインがなぜか溢れる涙に滲んで余計に美しく感じた。




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