第10話 星降る雨
王都ハルアに戻ってきた剣聖杯出場メンバー四人。
凄まじいまでの視線が、応援の声や羨望の眼差しなどが飛ぶ。
会場に着き、それぞれの控え室に向かうべく。
雨音、リシア、ガラシャ、エヴァは拳を差し出しあう。
「ここからはライバル同士ですね。」
「そうだな。」
「無いだろうがすぐに負けるなよ。」
「望むところ!」
拳同士で軽くタッチ。
そこからはそれぞれが背中を向け別れた。
コツコツと歩く音が響く。
今通路で誰かとすれ違ったけど、あの人迷ってるのかな…
「あの、どうかしましたか?」
雨音はウロウロしている女の子に声をかける。
「ひゃい!?あれ、あなたも迷ってしまったんですの?」
「いえ、ボクは剣聖杯出場者ですので。あっちに控え室があるんです。」
雨音は女の子に優しくそう言うと、輝くような瞳でこちらを見つめてきた。
「あなたがですの?凄いですわ…!」
大袈裟な反応、でもないのかな。
それにしてもどっから来たのだろうか、
「はあ、はあ、お嬢様!こんなところにいらしたのですね!全く…っ、え、アマネ殿!?」
騎士の風貌をした女性が駆け寄ってきた。
相当走ったのかかなり息が乱れていた。
「これは失礼しました。私はリュイン=アステリカと申します。」
あれ、確かリシアが初戦で戦った人じゃなかったっけ…
司会は長男って言っていた気がするが、どう見ても女性である。
もしかして、貴族の家系に生まれて家督を継ぐために性別でも偽っているのだろうか?
一応デリケートな内容だと思うし聞かないでおこう。
などと考える雨音。
「ボクはアマネ=ツルギです。リュインさんの話はリシアから聞いてますよ。」
「え!?初代剣聖様が…!」
少しニヤニヤして明らかに嬉しさが隠せていない。
「のけものにされている気がしますわ。」
ジト目で、僕たちを見る女の子。
さっきお嬢様…って、もしかして、
「あ、失礼致しましたお嬢様。アマネ殿、こちらはセフィラ=イスカリオテお嬢様。イスカリオテ公爵家の御令嬢です。」
そう言って雨音に紹介するリュイン。
公爵家…か、
すごい位の高い家柄であることは分かる。
「これはご丁寧に、お二人は観戦ですか?」
「そうですの!お姉様の勇姿を見にきたんですわ!」
お姉様…か。
ボクも優に今の姿を見られたらお姉ちゃんとか言われちゃうのかな…
いや、とっくのとうに言われてた。
なんなら顔なんて全く変わってないし…
もっと男らしい感じになりたかったけど、なんかもう諦めてる自分がいる。
成長すればエヴァみたいなかっこいいお姉さんになるかもしれない………
そういえば僕、精霊だし成長しないんだった。
希望が、希望が無いよお、
「では、これにて失礼します。」
「失礼しますの。試合頑張ってくださいね。」
二人はそう言って去っていく。
結局セフィラちゃんは迷子だったんだろうか…
あ、そんなことより速く向かわないと。
確かここだ。
雨音は控え室に入る。
ポーチを鍵付きのロッカーに入れ、鍵をかけた。
トーナメント表を確認する。
髪を束ね紐で結ぶ。
「これでよしっと。」
服を黒一色の和服に変化させる。
水色の線や左胸に青色の椿の意匠が施されている。
腰は白いベルトでキツく巻かれ、両肩にも白のベルトがあしらえられていた。
「うん、動きやすいです。」
【世海】をベルトの脇に刺し、雨音は目を瞑る。
瞬間の瞑想。
呼吸は鋭く深く…
「準備完了、ですね。」
雨音は目を開けた。
もうすぐ開会式が始まる。
モニターが起動して、会場が映し出される。
「さあやって参りました、第40回剣聖杯!
世界中から、A級、S級冒険者、国を守る精鋭の近衛騎士、世界で猛威をふるった傭兵、あらゆる最高地点が、第一人者が、64名ここに集った!!剣聖杯が始まってからちょうど200年、今回は一体何が起こる?きっと、我々は魅せられる。私司会も胸が高鳴ります!いざ、波乱の幕開けだあたあああ!!!」
「「「「「うおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
熱狂のボルテージに会場は包まれる。
剣聖杯本戦が、今始まった。
「そして来賓の方々の紹介です。皆様よろしくお願いします。」
「ご紹介に預かった、ハイロッド王国国王ゼレット・ヴァルク=ハイロッドだ。」
剣聖杯主催国ハイロッドでは必ず国王が出席する。
それが伝統なのだから。
続いて貴族や他国の王族が各々の紹介を入れる。
「最後は私ですね。セフィラ=イスカリオテですの。皆様の勇姿を存分にお見せください。」
空気が割れんばかりの万雷の拍手が起こり、そうして開会式が終わる。
「解説は例年通り現剣聖イオリ様です。本日はよろしくお願いします!」
「よろしく、と言っても皆も早く対戦を見たいだろうから紹介は無しでいくよ。」
画面越しでも伝わる強者の覇気。
出場者たちは準備する。
五年に一度の晴れ舞台だ。
「では、一回戦、一番初めを飾るのはこの二人!」
◆◇ーーー
ガラシャ、リシア、エヴァは順調に一回戦進出を飾る。
最後は僕か…
相手はイリス=イスカリオテ。
「イスカリオテって、セフィラちゃんの姉だったよね。」
まあ、なんでもいい。
どう勝つかそれだけ考えよう。
控え室から出て、会場の出場者専用通路を進む。
フィールドは予選よりも大きく、結界も相当強固にできている。
雨音が出てくるのを見た観客達は大歓声をあげた。
予選にて圧倒的な勝利を収めたのはもちろん、その美しい容姿と闘いに魅了されたものは数知れず。
対するイリスもまた根強い人気がある貴族令嬢。
両者はフィールドに上がる。
「さあ、一回戦最後を飾るのは二つの花。第八ブロック優勝者アマネ=ツルギ選手と第二十ブロック優勝者イリス=イスカリオテ選手!!
どちらも美しく可憐で綺麗、傾国の美少女と言ってもいいほどに!しかし、そこに秘められる力はバラのような棘ではない!なにもの切り裂く剣!なにものも貫く槍!さあ、どちらが勝利の花束を飾るのか!?」
粋な演説をする司会。
長年の経験が自然な言葉を運んでくるのだろう。
「剣聖様はどう見ますか?」
「そうだね、一見剣よりも槍の方がリーチがあって有利だろうね。どちらが勝つかは…明白かな。」
イオリは、ウラクの新しいギルドマスターを見つめた。
あは、なにあれ…強すぎるでしょ、
魔力と覇気を隠しているようだけどその出立で隠すのは無理がある。
対戦相手には残念だけど、これは万に一つも無いなあ…
今は隠居している師の全盛期、いやそれ以上か?
そんなふうにイオリは分析した。
ウラクギルドは魔境になったようだ。
初代剣聖のリシアさんもエヴァさんと同じくらい強かったし、ガラシャさんとエヴァさんも相当腕を上げている。
「なるほど、イリス選手の方が勝つ確率が高い、と言うことでしょうか?」
「さて、それを言ったら面白く無くなるだろう?」
司会はイオリの言葉に勘違いした。
確かに世間一般的には剣より槍の方が有利だ。
それは間違いない。
だが、そこには前提条件が必要になる。
同じ力量を持つ者同士、という条件が…
雨音とイリスは握手を交わし、持ち場に戻る。
会話はいらない。
必要ない。
ここに出場する者たちに会話など無粋だ。
闘いを交えれば伝わる。
雨音は愛刀を抜き、イリスは槍を構える。
スキの無い実践的な構えと評価する雨音。
ただ、
今日はもう暗い。
光魔法で会場は照らされているが、外は真っ暗だ。
一回戦で32試合
一試合10秒で終わることもあれば一時間が経っていることもあった。
剣聖杯一日目の最後の試合。
一瞬で決めるのは野暮かな…
「今日は、星の雨が降るよ。」
「…!?」
初太刀、雨笠一刀流秘奥星雨。
イリスは、上から降ってくるように錯覚した一閃を防いだ。
はずだった…
「がはっ!」
雨音の刀が触れた瞬間、自分の武器が壊されるかと思ったイリスはなんとか勢いを削ぐため槍を逸らし受けようとした。
実際は威力を殺すことができず弾き飛ばされ、地面に思いっきり倒れる。
強い……
何が起きたのか分からない。
こんな、妹と同じ年齢くらいの子が放っていい攻撃じゃない。
次の攻撃に備えないと、一瞬でやられる…!
イリスは煉獄の異名を持つガルムが太刀打ちさえできない攻撃を防いだのは間違いない。
だが…
雨音は納刀し、抜刀の構えを完了させる。
【雨笠一刀流,第一節神立】
雷鳴のような音と共に無数の一撃が放たれた。
「全く、上手く避ける。」
「はぁ、はぁ、はっ…!」
すかさずイリスは反撃。
しかし、その攻撃は空を切る。
さすが予選を優勝してきた猛者。
その闘志は間違いなく一級品。強いことは間違いない。
しかし…
「防戦一方すぎる、」
司会も観客も来賓も、どちらが勝つなんて誰の目にも明らかだった。
「あのイリス様が、ここまでやられるなんて…」
イリスを知っている者からしたら、理解し難い光景だった。
公爵家でありながら騎士を志し、ハイロッドの近衛騎士副団長にまで登り詰めた実力者。
圧倒的な実力で、数々の華やかな実績を持つ彼女が、ここまで圧倒されるなんて誰が予想しただろうか、
勝敗は決した。
「お姉様…頑張って!」
会場の熱狂に掻き消されそうになる一つの声がした。
その声は確かにイリスに届いた。
セフィラ、お姉ちゃん勝つよ。
こんな状態だけど、頑張るから…
ボロボロになった槍を握りしめ、スカートの布を破りその布で手と槍を縛る。
握力なんてとっくになくなっている。
負けは確実、それでもまだ!
雨音はその時間を待った。
「ありがとう、待ってくれて。」
いい眼になってきた。
これは椀飯振る舞いしたくなってくる。
雨音は体術でイリスの体制を崩す。
【雨笠一刀流,第二節霧雨】
揺らめく不可視の剣閃。
雨音はその一撃を悟られるようにダミーの大振り攻撃を仕掛ける。
やはりこっちの攻撃に注目した。
気づかなければ、終わるよ?
どうか、気づいて欲しい。
この闘いが終わってしまうから…
「がっ………!!、?」
刹那の思考の中、ついに勝敗が決した。
「最後の一回戦を飾ったのは!新たにS級の領域に踏み入ったアマネ選手だあああああああ!!」
蹂躙という言葉が最も相応しい試合だった。
「お姉様……」
最も尊敬していた姉が一方的にやられた。
でも、最後まで足掻く姿にどこまでも惹かれた。
それと同時に、自分と同じくらいの年齢に見えるアマネの強さが信じられなかった。
そして何よりかっこいい。
「あれがアマネ殿の実力、私とは次元が違いすぎますね…」
イリス様と稽古を付けてもらったことがあるリュイン。
その時は手も足も出なかった。
それなのに、
「遠すぎます…」
最初に雨音が魅せた秘奥星雨。
まるで流星が堕ちてきたと思える、そんな一撃。
イリスがまともに受けたらその時に勝負は終わっていた。
「これは…僕も代替わりかなぁ、」
あれの威力を削ごうとしたイリスに最高の讃美を贈りたい。
その後も見事に立ち向かった勇姿。
「剣聖様がそんなことを口にするなんて、らしくないですね。」
その聞き慣れた声にイオリは振り向く。
「ノイラも見ただろう?あの子えげつない強さしてるよね。それに精霊王が刀を使うなんてね…」
「そうですね…精霊王様が武器をお使いになること自体私は相当昔に一回しか見たこと無いですから、」
しかも、ただの武器じゃ無い。
斬ることに特化した東方の剣。
イオリが扱っているものと同じ系統の剣だ。
「君も頑張らないとだよ?このまま進めば準決勝で初代と当たることになるからね。」
「はい。胸を借りるつもりで挑ませて貰います。」
当たり障りない言葉を紡ぐノイラ。
しかしその言葉の奥には、煮えたぎるような闘志が隠しきれていなかった。
「あはは、じゃあ僕は失礼するよ。」
イオリはそう言って会場を離れ、見えなくなったのを確認するノイラ。
「未だ届かず…ですか、剣聖の壁は本当に厚いですね、」
とり残されたノイラは一人呟く。
一度剣聖になった彼女は、それから何度も敗れた。
時には剣聖杯で優勝することすらできないこともあった。
自分はエルフ。
悠久の時を生きるエルフだ。
だからこそずっと修練に励み、経験を積み重ねた。
ただ、才能は簡単に努力を上回る。
私が二倍成長した時、彼は十倍も強くなっている。
もう、私は剣聖にはなれないのかもしれない。
また新たな才能が私を追い越していく。
どんどん、背中が離れ、置いていかれているような感覚。
六代目剣聖。
通算十回の称号守護。
それも過去の栄光なんて言われる。
その通りだ、言い返す余地もない。
私では、イオリに届かない。
「私では…届かない、」
もしイオリが老衰で衰えて、勝てたとしよう。
それでは意味がない。
私自身は成長していないから、
それに…私はイオリをあんな顔にさせたことが無い。
『負けるかも』
代替わりを要約すればそういう言葉になる。
しかし、弱気と思えるそんな言葉とは裏腹に、表情はまるで面白くなってきたとでも言いたげだった。
「私は、なんで強くなろうとしたんでしたっけ…」
拳を固く握る。
そうだ。
私は、剣に魅入られた。
遥か昔、それに出会った。
水の精霊王様に。
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