第9話 アマネ

僕の一日(0時)は書類の整理から始まる。


「ミカ、こんな時間まで手伝ってくれてありがとうございます。ゆっくり休んでください。」

「お先に失礼しますね。」


教えられた業務は大体理解した。

結論から言うとかなり面倒な作業だった。


まずは依頼書の出所の確認をする。

ちゃんとした依頼であるか、難易度により階級の指定をする。


それからは期限の切れた依頼の連絡及び廃棄をするために、チェックを入れる。


達成した依頼の確認。

ハンコがしっかりたら押されているか、押し忘れなど。

それからは、ギルドに向けての手紙の確認。

お礼やお土産などもあるらしい。


それからギルドの報告書や、各ギルドの情報交換。これは主に賊の指名手配などが挙げられる。


仕事、多すぎ…

今出したのは氷山の一角に過ぎないし、ミカは手伝いながら依頼調査や受付嬢をやっている。

ほんと、ギルドスタッフ全員頑張っている。


受付嬢はカウンセラーの仕事や人事全般をこなさなければいけない。


医療スタッフは緊急時にいつも待機、普段は書類の整理なども行っている。


調査班は一つの依頼にしっかりと情報集めをし書類を作成している。


上層スタッフはギルマスの補佐やお金の管理、ギルドに必要な運営を勤めている。



僕は、幸い寝なくても良いため、いつでも対応できる。が…

長期どこかに出かけた時に代理を立てなければいけない。


「まあ、最悪元ギルマスのユークリッドさんに仕事を斡旋しましょう。」


他にもリシアとユキナ、それに最近ウチのギルドに加入したイルフィナに手伝ってもらっているし、なんとかなるだろう。


もうすぐ剣聖杯がある。

代理を立てるならユークリッドとミカかな。


そんなことを考える雨音。


「ふう仕事もひと段落しましたし、ご飯食べますか…」


作り置きしていたバスケットに入っているサンドイッチを一つ掴み、はむはむ。

小さい一口だが着実に食べ進めていく。


「我ながら美味しい…」


川魚をすり身にしてバターをよく混ぜペースト状にしたソースをみずみずしいレタス、トマト、きゅうりにたくさん塗りこんだサンドイッチ。


たまごにひたし、パン粉をつけて油であげたグラムオンのトンカツサンド。


この世界、普通に豚や牛などもいるが、魔物の方が魔力がたっぷり含まれていて美味しい。

特に精霊にとっては魔力がご飯だ。

故に魔力が含まれていれば含まれているほど美味しく感じるのだろう。


トンカツサンドをギルドのみんなに振る舞った時は大変だったなあ。

散々作らされるハメになった。


僕は、剣士のはずなのに…

料理人じゃないのに…


冒険者だったのにいつのまにかギルマスまでやっている。

やるからには責任を持たなければなぁ、なんて思うものの…やっぱりなんで自分こんなことやってるんだろう感が強い。


そう愚痴りながらも作業を進める雨音。


コンコン、

執務室の扉を叩かれる。

こんな時間に誰だろう…


「入っていいですよ。」


扉が開くと、そこにはリシアがいた。


「アマネ、お邪魔するね。」

「どうぞどうぞ、こっちに座ってください。」


ソファーにリシアを座らせた雨音は、お茶の葉をポッドに入れて沸かす。

これは魔力で沸く機構になっている魔道具だ。

ウォルハルクさんからギルドマスター兼S級冒険者になったお祝いとして色々な便利魔道具を貰った。


それにバックは空属性の魔法が施されていて、使用者の魔力によって入れられる量が変わるが、雨音の場合ならほぼ無限にモノが入れられる。

金庫に入っているお金も増える一方だった。


「ねえアマネ、一緒に住まない?」


お茶を沸かしている途中、ソファーに座っていたリシアがそう言ってきた。

その言葉に雨音は首を傾げる。


「え?一緒に住んでますよ?」

「えと、そうじゃなくて…このギルドの近くに空いてる邸宅があって最近買ったんだ。そこに、一緒に住まない?」


ああ、そういうことかと理解する雨音。


それにしてもいつのまに、あのおっきな豪邸買ってたの?

相当高かったんじゃ…


「たったの2億ルピだよ。」

「に、ににににに、2億!?」


ぼ、僕の全財産が20億ルピだから十分の一もするの!?


雨音も大概お金を溜め込んでいた。


「スーにエヴァも同じく住む予定で、それでも後50人くらいは住めるよ!」


いや、え?

どんだけシェアハウスする予定なんだろこの子…


「私と同じ部屋で一緒に寝ようね!」

「は、はい…」


とりあえず頷いた雨音。

お茶を注ぎカップをリシアに渡す。

カップは湯気が立ち込め、甘い花の香りがたつ。


雨音が最近気に入っているお茶で、イトラ商会からよく購入していた。


少量の砂糖を入れスプーンでかき混ぜ、ちびちび飲む。


「ふぅー。疲れた体に沁みます。」

「お疲れ様アマネ。私もいただくね。」


コクっと飲むリシア。


「すご、これ美味しいね!」


その光景を見て雨音は、

吸血鬼って紅茶飲むんだなあ…なんて考えていた。


なんていうか、イメージでは葡萄酒とかトマトジュースとか飲んでるイメージだった。

それにリシアが血とか吸っているところ見たことない。


だからアマネはさりげなく聞いてみる。


「そういえばリシアは、あまり吸血鬼っぽくないですよね。」

「それ今更聞くの?確かに血の渇きとかは少なからずあるけど、動物系統の魔物の血を飲むことはあるよ。」


そう言うリシア。

それを聞いて疑問がまた一つ芽生える雨音は、更に質問する。


「吸血鬼って人とかの血を吸うイメージなんですけど、」

「病気になりやすいからあまり吸わないの。」


人間から吸血鬼になったリシア。

怪我や病気が一瞬で治る体だが、治ると言っても発症はするわけなのだ。


遺伝子が近い者同士では、病気の感染リスクは跳ね上がる。

まあ、普通の吸血鬼は全く気にしないがリシアは気にする。


自分は人間だって意識があるのも、理由の一つになる。


「だから私は人、人に近しい見た目の者の血は好まないかな…」

「なるほど、ボクは精霊なので血は出ないですからリシアの力にはなれなさそうです…」


魔力なら注入できそうだけど、無垢の魔力の伝送とかできるのだろうか…


「アマネはほんと優しいね…」


ふいにリシアは天音にそのようなことを言った。

ただ、雨音は小首をかしげる。


「そうです?」


特段優しくしているつもりは雨音にはない。

優しいなんて言われても正直、お世辞で言われてるのかななんて疑うこともしばしば、


ただ、無意識に誰かのためを想えるのが雨音だ。


沢山想われて生きてきた。

無意識に、師匠から教わってきた。


どんな人であれ…

雨音はその人が持つ心を見ている。

誰かの噂だとか、地位だとか、レッテルを貼らずに対面する。


そんな天音は、僅かな時間しか通っていない学校でもファンクラブができるほどだった。


滲み出る圧倒的なカリスマ。

一目見て名前まで覚え、誰にでも優しく接する性格。


例を出すなら本を勧められた時、その日のうちに読み感想を言う。

面白かったです。とか、またおすすめの本があったら聞かせてくださいね。とか、

その人が望むものが自然とできる人が天音だった。


そして、最大の所以はあまりに可愛い容姿と体格だ。

当時は男だった天音。

しかし、中には天音に告白する男子もいたほどに顔が整っている。

整い過ぎてると言ってもいいほどに…


以上の理由からありえないほど慕われた天音。



ただ、決して自分を見せなかった。


死ぬまで誰にも、弱音を吐かなかった。


様々な激痛が、際限なく襲う。

ショック死するほどの痛みが永遠と続き、まるでそれは無限地獄で、


痛いし苦しい。

辛いし泣きそうになる。


学食では遅い時間に一人。

何度もお箸を落とした。握力が効かないから…

音読、長く喋るためどうしても呼吸が覚束なくなる。


眠る時、苦悶を上げ、涙が滲むほど辛い。

何もしていない状態が一番辛かった。




優しい、優しい…


………………優しい?


そんな馬鹿なことを言うな。


優しく無い。


天音は、雨音は…

あまりに、自分に厳し過ぎたんだ。



だから雨音はリシアにこう言った。


「ボクは、そんなに優しくないですよ。」


そう言って笑う雨音。

リシアにはその笑顔が、どこか痛々しくも見えた。


「ねえアマネ…業務も終わったんだよね。一緒に帰ろっか。もちろん手を繋いでさ。外は寒いんだよ?」


優しくリシアはそう言った。


スーザイの言葉で、雨音をよく見て雨音を想うようになったリシア。


今の一見普通の笑顔に見える表情。

だがよく見ればそれは仮面のようにも見え、雨音の内側に潜むものを直感的に理解した。


だからリシアもまた雨音を想い、優しく言うんだ。


雨音はリシアのその言葉に、師匠が重なった気がした。


感覚の話なのだろうけど、確かにそんな感じがした。


だから、


「ふふ、そうだね。ありがとうリシア。じゃあ仕事も一段落ついたし、帰ろっか。」


雨音が己に課した敬語の仮面が、少し解けた。


「え、いま…」


あまりの驚愕に口を押さえるリシア。


リシアは何度も雨音に敬語はやめてほしいと言っていた。


しかし、雨音は純粋な闘いを楽しむ場面以外で敬語は外さない。

死合は、対等な勝負だから。

敬語は相手に失礼だと雨音は考えている。


しかし、普段は露呈しそうになる自分の苦しみを縛った仮面が雨音の“敬語”なんだ。


自分を打ち明けるのが怖いから

自分を打ち明ければ自分の弱さが嫌になるから。

自分を打ち明けてしまえば抱える痛みが更に際襲ってくるから。


でも、今は…


「嗚呼、もう今は、痛くない…」


ーー怖くない。


ーー苦しくない。


ーーキツくない。


ーー辛くない。


ーー悲しくない。


ーー弱くない。


ーーしんどくない。


ーー甚くない






独りじゃない。



もうずっと痛くないんだ。

すこぶる快調なんだ。


この世界に来てからずっと、つらく、無いんだよ…


「リシア、帰ろっか。」


雨音はほんの少しだけ仮面を緩めた。


「うん!」


リシアは思いっきり雨音を抱きしめる。

絶対はなさないように。


温かい、ほんとうに…


今まで全然使わなかったタメ口。

あまりに使わなさ過ぎて少しこそばゆく感じる。


執務室の灯りを消して、ギルドを出る。

もうこの時間帯は皆寝静まっているころだから静かだ。


雨音はいままで通りきっとこれからも、自分に厳しくするのだろう。

それでもリシアにとっては自分が雨音を支えればいい話だ。


「もうすぐ剣聖杯だし模擬戦しようね。」


リシアは帰り道、何気ない会話を雨音と繰り広げる。


「そうですね。」

「あ、また敬語に戻ってる…」


雨音の口調が元に戻って、少しだけ怒るリシア。


「癖になってるみたいです。でも闘う時は敬語じゃなくなってる思います。」

「そっか。」


なら、ゆっくりと時間をかければ良い。

いつか本当の意味で雨音と会えるその日を夢見て。


夜道、二人は歩き続ける。


まだ出会って一ヶ月の関係なのに…今では友達よりも、もっと違う親密な何かになっていた。

時間なんて関係ない。


沢山話しているうちに、どうやらついたみたいだ。


そこは豪邸というか、屋敷というか、

今日からここに住むなんて、お金持ちになった気分だ。


お金は色々な依頼をこなしていくうちにたまっているけど、使うとしたらご飯くらいしかない。

なんとも庶民思考な雨音だった。


「よ、おかえり。」

『おか…えり。』


門の前には、エヴァとスーがいた。


「あれ、二人とも待ってたの?」


リシアはそう聞き、二人は頷く。


「ああ、リシアがアマネのお迎えに行ったし、ギルドはこっから近いからせっかくなら待っておこうと思ってな。」

『……シー。』


嗚呼…まずいな。

もう泣かないって決めた筈なんだけど、これは、ダメだ。


雨音は目元を抑える。


幸い、周りが暗いし、見えないだろうか、

いや、三人は見えるだろう。

どうか、気づかないふりしてほしい。


涙が、頬を伝い、顎に滴る。


「…寒いし、もう中に入ろっか。ね!」


三人とも察した。

長く生きたから為せる技なのか。

ほんと、有難いな。


一番最後に入る雨音。

三人は背中を向けている。

そのうちに、雨音は手で目元を拭った。








◆◇ーーー










「随分、そっちでは楽しんでるみたいだな。本当に良かった」


声が聞こえた。

懐かしくて一番好きな声だ。


空と海の狭間の世界。

転生、かどうかは分からないけれど、その途中に出てきて久しぶりの世界。


何故ここにいるのかは分からないけれど、

そんなことはどうでもいい。


雨音は目の前の人物が誰なのか一瞬で分かった。


嗚呼、お久しぶりです。

師匠。


「はい!色々な人がいてたっくさん、色んなことを経験しました!街を、海を、絶景って言われるような大自然を見て、美味しいもの食べて、ほんと、ほんとうに…楽しいです。師匠…」


泣いてるのか、笑っているのか、

ぐちゃぐちゃになった感情が入り混じった表情を浮かべる雨音。


「そうか、それは…本当に、よかったな。」


師匠がニカっと微笑む。


「こっちは、まあ、なんだ…」


師匠は背中を向けた。



道場の全員が喪に服した。

全員泣いた。

嗚咽が響いた。

皆、天音を慕っていた。

特に妹弟子の剣城 優が……


「ここは夢の世界。なんだろうな、」

「はい。きっとここは夢なんでしょうね…」


眼が覚めれば忘れてしまう夢。

何故夢が繋がったのかは知らない。

もしかしたら、これは自分の願望が生んだ世界なのかもしれない。

両者はそう思っていた。


「師匠、もし…夢から覚めて、忘れていなかったらユウたちに伝えてください。ボクは、違う世界で強くなっているって!既に追い抜いてるかもよ?って。」


もう痛くないんです。


「元気な姿を、師匠に見せたかったんです。」

「ああ、元気になったな。」


雨音は続ける。


「みんなに、またねって言いたかったんです。」

「ああ、また会う約束はしないとな。」


まだ、この夢が続く限り…


「強くなったんだって言いたかったんです。」

「ああ…ほんとに、強く、強くなった。」


始まりがあるのなら、終わりがあるように…

この夢はきっと。


段々と視界が見えなくなっていく。


「本当に夢のような時間でした。」


もう来れないかもしれないこの世界。


「ボクは、幸せですよ!」


次第に消えていく師匠に、叫ぶように言った。




眼が覚めた。

いつのまに自分は寝ていたのか分からない。

ベットの上で、隣にはすーすーと寝息を立てるリシアがいた。


朝、か…


この世界に来て初めての睡眠。

なんていうか心地いいことが、あった気がする。


ああそうだ、夢を見ていたんだ。

幸せな夢だった。

もう覚えてないけれど、確かに幸せだったんだ。


僕の魂がそう言っているんだから、








_____________________

後書き

日が変わって寝ずにぶっ通しで書いてたらいつのまにかこんな時間になってました…

今日で二話投稿しましたが、今日中にもう一話投稿する予定です。予定ですよ?


もし本当に投稿してたらきっと人間を辞めてしまったんだと思います。

冗談です…


今日はもう投稿しないということもあるかもしれません。

その時は作者はちゃんと人間だったんでしょう。


それから、プロローグを含めて10話分続いたことに感謝です!


趣味で描いているので相当不定期気味になるかなあなんて思っていましたが、ハートやブックマーク、コメントがついた時なんか飛び上がるほど喜びました!


それが純粋にモチベになって、毎日投稿してる節があります。

本当に読んでくれた皆様に感謝です!

以上です!

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