第8話 ギルド祭

いつもと違うギルド。

とはいっても、これ以前に体験したなと雨音。

このお祭り感覚はあれだ。

剣聖杯出場祝いだ。


ガラシャ、アマネ、リシア、エヴァの四人。

とはいえ、この前はエヴァ抜きで行われたんだったっけ…


「ユークリッドのやつも先代からこう言うところは引き継いでんだな。」


しみじみと呟くエヴァ。


先代ギルドマスターは、良くオレらみたいな奴を引きつれていたよな…

果てには、新たなX級冒険者イオリの誕生。


「先代、ですか…?」


エヴァの呟きを耳でキャッチした雨音は聞く。


「ジジイ、先代は今ウラクの孤児院で院長してるが、昔はX級冒険者だったな。聞いたことないか?イオリの師匠で七代目剣聖ジン・レイヴ=クラインとかいう頭のイカれた奴の名を。」


ここにいると、ビッグネームばっか聞くのはなんでだろう。

辺境ウラクだからか…

そんな自己完結をする雨音。


当然知っている。


「知ってはいますよ。ただ、ここの先代ギルドマスターだったんですね…」


初耳です。と言う雨音はユークリッドを横目にする。


「ジンは、純粋な人間だったんだがな…全盛期は本当に、わけわからないくらい、アホみたいに強かった。それこそイオリと同じくらいには、」


だが、純粋な人間はこの世界での平均寿命は65歳程度。

当時30歳で剣聖杯に出場し、第27回剣聖杯優勝。それからは24年間、4回あった剣聖杯で優勝者から称号を守護した。


ジンが剣聖になってから5回目、剣聖になる前の剣聖杯も含めれば6回目。

55歳の時に始まった称号をかけた闘い。


全盛期からは程遠い。

しかしそれでも互角な勝負を繰り広げ、決着がつかなかった。


しかし、その時のジンはこう思った。

剣聖とは圧倒的な存在でなければならない。

故に、こうして拮抗している自分がここで勝利したとしても、その次はどうなる?と、


オリヴィエはまだ若い。

それに獣人だ、人間より倍近く寿命が長い。


圧倒的で無くなった自分は、ここで破れるべきだと…

負けるべきだとジンは考えた。


「先代はそんな信念を持ってたから、負けを認め剣聖の名を譲った。」

「そうだったんですか。」


この世界には強い人が多くて嬉しい。

雨音はそう思った。


「今は90歳だったか、人間にしては相当長生きだし今もなお強さは健在だ。」

『なに、先代の…話?』

「そうそう。」


スーザイはギルド内のバイキングを楽しんでいたのか皿を抱えながらぱくぱくと食べていた。


スーの頬が、リスみたい。

可愛い…


「なんだ?ジンさんの話してたのか、お世話になったなあ。」

「そうね、」


ガラシャとリシアも来た。


「アマネー!これいる?」


更にスイーツを堪能していたリシアまでやって来る。

リシアは雨音にあーんをして、雨音はぱくっと食べた。


甘い。

何の果物だろう…

マンゴーみたいな味がするけど、ここは南国じゃないし似たようなものがあるのかな。


しゃくしゃくと食感を味わう雨音。

その甘さに朴を緩め目を細め笑顔になる。


「それにしても色々な人がいますね!」

「今日はみんな浮かれてるからね。」


見た限り冒険者だけでなくギルドのスタッフや街民たちもバイキングに参加しているみたい。

料理人は他で雇ったらしい。


「あれって…ガルムさん!?」


剣聖杯予選大会の決勝で出会った煉獄の異名を持つガルムがそこにいた。


「よお、来たぞ。それからさん付けは不要だ。」


傭兵までいた。

それに、


「娘さんですか?」

「そうだ、紹介する。イルフィナだ。」


ガルムは簡潔に紹介する。


「初めまして。へー、同年代にしか見えないけどあなたが父さんを倒したの?」


小さくて、ぬるま湯で育った貴族の娘にしか見えない可憐な少女。

こんなんが父さんに勝ったの?

そんなことを考えていたイルフィナ。


すっごい分かりやすいほどの挑発的な目。

値踏みされてるような、そんな感覚がする。

前世でもこういうことあったなあ…

なんて懐かしむ雨音だった。


そんな時、リシアがイルフィナに気付き【空牙レーヴァテイン】を取りだし突きつけた。


「その不愉快な目をアマネに向けないでくれない?斬るよ?」


分かりやすく魔力と覇気で威圧するリシア。


「ちょ、リシア…?」


ここギルド内、一般人も居るんだよ?

気絶しちゃう。

そんなに魔力放出したら気絶しちゃうよ、街からきた人たちや、ランクの低い冒険者が。


あわあわとする雨音。


その光景を見ていたウラク所属、B級以上の冒険者たちは雨音に癒されていた。


伊達にウラクで冒険者をやってる歴戦の猛者たちだ。先代ギルドマスターにしごかれている者もいる。

こんな程度では気絶しない。


が、直接その魔力と覇気を喰らえば流石にぶっ倒れるだろう。


当然イルフィナは脚をガクガクと振るわせ、パンツを黄色い液体で湿らせた。

あまりの恐怖に“おもらし”したのである。


「初代剣聖様、うちの愚娘をどうか許してやってほしい。」


ガルムは片方の膝と拳を地面に突きつけながら

頭を下げる。


「そうだね、まあおめでたい日だし今日は許してあげる。二度目は、無いよ?」


再度圧を込めてイルフィナに迫るリシア。

イルフィナはコクコクと激しく頷いた。


「あの、リシアがごめんなさいね。ほら、怖かったですよねよしよし。」

「う、うぅ…」


雨音は魔力で生成した布でイルフィナのあそこを優しく拭い、雷魔法で乾かした。


よかった、妹弟子のおしめを何度か変えていた経験がここで生きたな。

なんて考えていた雨音。


濡れた床も同様に雷魔法で一瞬にして乾かす。

これで彼女の名誉もある程度保たれただろう。

眼が良いウラクの冒険者の大半は目撃してしまっただろうが…


それでもいくらか効果はあるだろう。

それにリシアの魔力に当てられて意識が一瞬飛んでいる人たちも多いみたいだし。


雨音はイルフィナが恐怖で立てないのを見て、お姫様抱っこをする。

そしてギルドの控え室に向かった。


その際、他の人にはついてこないようお願いした。


「ふう、もう大丈夫ですよ。だから泣き止んでください。」


イトラ商会のウォルハルクさんから貰ったポーチの中に入っている綺麗なハンカチを取り出し、イルフィナの目元を拭う雨音。


優しく抱きしめて、背中をポンポンとたたく。


「う、あう、その…ごめんなさい、」


イルフィナには雨音が天使に見えた。

救世主なのだ。


「見た目で侮られるのは何回かありましたけど、ここでは見た目=強さは成り立たないことが多いです。眼力は鍛えられるものですしね。」


リシアという鞭。

雨音という飴。


こうして、一人また雨音に堕ちた。


「あ、その…ありがとうございます、アマネ様。」

「え、様!?そんなのつけなくて大丈夫ですよ?」


雨音は必死に否定するが、イルフィナはこう言う時頑固だった。


「いえ、様付けで呼ばせてください!」


雨音はオロオロと、どうすればいいか分からない様子だった。


一方その頃、エントランスでは…


「アマネって、実力とは裏腹に優しすぎないか?」


ガルムはそんな感想をこぼした。

その言葉を聞いていたいつもの面々が頷く。


若干天然で、無自覚鬼畜の部分があることを体験してしまったスーザイは微妙な反応だったが、会ってからの印象は優しいと言う言葉で間違いないだろう。


ウラクにいる階級が高い冒険者で最も接しやすいのは雨音だ。


S級は言わずもがな、

雨音以外のウラク所属A級冒険者ユエ=リンガルは無口。

同じくA級ローガン=アリアンテは超絶ナルシストでウォゼット=サンドラーは威圧感が強すぎる。

リシア・レイヴ=グラハムは以前の理由で近寄りがたい。


「それにしても、このギルドってX級一人。S級四人、A級五人って戦力ありすぎじゃないか?」


ガルムはそう聞く。


本来冒険者ギルドのエースはB級、切り札がA級相当だ。

S級が一人いるギルドなんてごく僅か。


「まあ強いところに強い者が集まるのは自明の理だろう。」


ガラシャは当然のようにそう言った。

それもそうなのかもしれない。

剣聖が二人も出ている名門ギルドなのだから。


そこに所属すれば否が応でも強くなれるのだろう。


「アマネちゃん以外はA級、S級全員めっちゃ怖いからな。」


勇者がいた。

A級二人がいないが、それ以外の上位階級全員が揃ったギルド内で、そんなことを口にできる奴は紛れもなく勇者だろう。


酒で酔っていたせいもあったのだろうが、口を滑らせば…


ユキナ、エヴァ、スーザイがにっこりと、笑顔で、その者に近寄った。


「おいおい、あいつ死んだわ…」


アレフが憐れむように言う。

そう、酔っ払っていて口を滑らした者の正体はユオンだった。


「スーは怖い?ほんと?なんで?ねえ?教えて?」


スーザイは純粋に、聞き続ける。

それが逆に怖い。


「おいおい、どっからどう見ても可憐なお姉さんだろ?なあ?」


先ほどのリシアと同じように魔力と覇気を乗せ威圧する。


「……………」


ユキナは無言の笑顔で詰め寄った。


そんな時だ。

本日二度目の救世主が現れた。

雨音とイルフィナである。


「あの、ユアンさんに寄りすぎですよ。彼は酔っているんですしそこの椅子に休ませてあげましょう。」

「アマネちゃん!!!!」


もうとっくのとうに酔いから醒めていたユオンだったが、雨音のその言葉にSAN値が回復する。


とりあえずその場を収めた雨音。

やはり雨音が全てを解決する。


ユークリッドは面白おかしくそんなことを考えていた。


「おもしろいよねぇ、うちのギルメンは。」

「そう、だな…」


素直に頷けないイトラ商会会長、ウォルハルクにそう言うユークリッド。

ウォルハルクは歯切れの悪い言葉で頷いておいた。


「またパイプかな?そんなの吸わずにご飯食べなよ。」

「最近食欲がないので控えさせていただく。油物はきついんでな。」


パイプを口に咥え天井を見上げるウォルハルク。


「はは、会長も老いたねぇ。」


そう茶化すユークリッドのその態度に、フッと笑い煙を吐き出した。


「ギルドマスターはまだまだお若いようで。」

「ありがとう。ま、私は悪魔族サキュバスだしまだまだ若者だよ。」


ユークリッドはサキュバスと言うが、その中でもかなり高貴な存在だった。


「それにしては男と交わってないみたいだが?」

「夜の一戦やるかい?」

「辞めておく、身体に悪いんでな。」


軽々と回避するウォルハルク。


「君となら婚姻を結んでもいいんだけどね。」


ユークリッドはウォルハルクから目を逸らし、ポツリとつぶやいた。


「そうか、私もそろそろ結婚しようと考えていたんだ。良かったら私の籍にはいってくれないか?」


ウォルハルクは聞こえていた。


「え?聞いてたの!?」

「君は私の地獄すらも逃さない耳をお忘れのようだ。」


一気に顔が赤くなるユークリッド。


「冗談、じゃないんだね。」

「レディにそんな冗談を言う奴ではないのを知っているだろう?」


そんな二人の会話を盗み聞きしていたギルドの面々。


「じゃ、じゃあ…よろしく、お願いします。」

「嗚呼、今後ともよろしく。」


その瞬間、拍手と口笛が巻き起こる。


「主役は、今日はあっちになりそうですね。」

「そうだね。」

「まあ、めでたい日に違いはない。」

「やっと二人は結婚したか!もどかしかったんだよなあ!」


雨音、リシア、ガラシャ、エヴァはそれぞれ、そんな感想を述べる。


「二人はそういう仲だったんですか?」

「まあ結構前からだな。」


ガラシャがそう答える。


「ただ、懸念があるとすれば…ウォルハルクが今は35歳。ユークリッドも同い年。だが、寿命が圧倒的に違うしなぁ、」


エヴァの言う通り、人間のウォルハルクとサキュバスのユークリッドは寿命が全く異なる。

どう足掻いても、ウォルハルクが先に亡くなり長い間取り残されることになるのはユークリッドだ。


「でも…ユークリッドの、幸せ。スー達が、口出して良い、ことじゃ、ない。」


スーザイの言葉に納得する雨音達。


「はあ、これじゃ当分ユークリッドに仕事ふれなくなるじゃない。」


ユキナはため息をつきながらそう言い、他の面々は苦笑した。


「次のギルマスはアマネになるかもなあ、」

「うん、多分…順当に、行けばアマネに、なる。」

「アマネちゃん、よろしく頼むわよ。」

「そうなったら私は手伝うよ!」

「オレにとっては誰でも構わねぇが、アマネだったら誰も文句言わないな。」


そう言うリシア達、

え…もしかして押しつけられる感じ?

ウラクギルドのマスターにならなくちゃいけないの?僕は…


運営とか、分からないよ?


「アマネちゃんがギルマスかあ!そりゃいいや!」

「まじでウチの天使がギルドマスターになってくれれば最高だわ。」


ちょっと、そこ!かってに決めないで!

拒否権、拒否権はどこ?


冒険者とギルドマスターは兼業できるが、そしたら時間が、無くなってしまう…

幸い、寝なくてもいいから、大丈夫…だけど、


リシアも手伝ってくれるって言ってるし、良い気がしてきたかも……?


流れにまんまと流される雨音。


「ようやく私もギルマス交代かあ、感慨深いねぇ…!」

「ギルドマスターまで…」


もう、退路はない。


「わ、私も頑張りますので…是非、アマネさんにやっていただきたいです!」

「ミカ…」


嗚呼、どんどん外堀が埋められていく。


「それと最近アマネさんが忙しそうで渡さなかったのですが、こちらS級冒険者ギルドカードです。」

「え?このタイミングでですか?」


というわけで、S級に昇格した雨音だった。


「じゃ、ギルマス交代しよっか。」

「なんで書類もう出来てるんですか?」


ユークリッドは書類を見せる。

もうハンコも押してあるし…


ダメだ、

何を言っても、ダメなのだ…

こうして、雨音はS級昇格と同時にウラク冒険者組合ギルドマスターになった。


雨音は立ち尽くした。

もう、どうにでもなれ………



ポツリと外では雨が降り始める。

雨の音が、響く。


これが始まりの合図だった。


ウラクギルドが、世界でぶっちぎり最強の集団になる為の更なる躍進が、確実に今始まった。


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