第5話 予選大会2

「第八ブロックでもめちゃくちゃ可愛い子いたけど、あの子も系統は違うけどめっちゃ可愛いな。」

「俺の彼女になってくれねえかな、」

「お姉様…!」


リシアの外見に観客は各々の感想を述べるが、大体は可愛いという意見だった。

若干毛色の違う者もいたみたいだが…


しかし、そんな言葉にリシアは不満げだった。


どうしてだれも強そうって言ってくれないのかと、しかし自分の見た目が強そうに見えないのも事実。

ならば…私が示すべきなのは圧倒的な実力だ。


第九ブロック初戦が始まる。


「始まりました、剣聖杯予選大会第九ブロック初戦!!本日は快晴も快晴。とっても大会日和ですねぇぇ!!ではAコーナーから、ウラク冒険ギルド所属、階級はA級、リシア・レイヴ=グラハム………!!!!!!???????」


司会のその言葉に騒つく会場。

剣聖杯という大会、予選とはいえその名を知らない者は誰もいない。


初代剣聖その人。

レイヴを騙ることは不可能なため本物だ。


「まじ、かよ…初代剣聖!?」


丁寧な口調が乱れ素が出る司会。

しかし、聞いていた全ての者が同じ心境だった。


リシアが相棒【空牙レーヴァテイン】を抜く。


ミスリルを繊維状に加工し伸縮性のある糸として完成させ、オリハルコンで出来た刃を連結させるように繋げた蛇腹剣。


剣と鞭の両方の性質を併せ持った扱いにくい武器であるが、リシアにとってはこれ以上に扱いやすいものは無い。


「で、では改めまして…Bコーナー、この国ハイロッド王国の子爵家長男、若き時から王国騎士団に入るほどに実力があるリュイン=アステリカ選手だあああ!!!」


司会の意地があるのか、動揺を感じさせない解説には賞賛が出るほどだった。


しかし、観客達はリシアに釘付けだった。


当たり前といえば当たり前だ。

200年前、悪辣な宗教をたった一人で潰した英雄。

『初代剣聖』という称号と美しい見た目のインパクトの前ではあまりにも霞んでしまう。


リュインは絶望した。

なんだってこんな伝説の人が初戦で出てくるのかと、


相手は第一シードだがやれるチャンスはある、なんて考えていた自分を殴りたい。

あまりにも選出に運がない。


しかし、降参すれば己の貴族としての威信が落ち、騎士団の面々の名を汚してしまう。


だからこそ、それでもなお…!


「私はリュイン=アステリカ、初代剣聖と謳われし尊きお方よ!胸を張っていざ参る!」


己が矜持が、意地が、精神力がリュインの脚を動かした。


この機会に感謝を…


最後まで、

全力で…


刹那、視界が赤く染まりそこでリュインの意識が途切れた。



リシアは順調に圧倒的に勝利し続け、誰もがその実力に疑う余地は無い。

戦況を自在に操り、一度のミスもない完璧な剣術。


そして決勝も、相手に全てを出し尽くさせた上でリシアは圧勝する。

あまりに理不尽なまでの強さは、観客達に謎の快感を与えた。


ただリシアは、張り合いのない相手を倒すほどつまらないものは無かった。


見込みがあったのは最初の相手だけだった。

あの気迫は賞賛に値する。


コンコン、


控え室の扉を叩かれる。

誰だろう……


「お疲れ様です、リシア。」

「アマネ!?」


扉を開けるとそこに居たのは雨音だった。


「なんとか最後の試合だけ間に合ったんですよ。」


雨音は表彰式には出ず直ぐに観戦しに来てくれたらしい。


「ありがとう。」

「いえいえ、これでウラク所属の冒険者は全員剣聖杯進出ですね。」


ガラシャ、雨音、リシア。

全員揃って剣聖杯進出。


「リシアは表彰式出るんですか?」

「アマネが出てないなら私も出ないかな。」


剣聖杯に出ることは当たり前の二人にとっては、こんな所で表彰式に出ても意味がないと考えている。

運営は、第八、第九ブロックの優勝者二人が出ない事態に混乱することとなった。


「じゃあ、王都で美味しいご飯でも食べましょうか!楽しみだなぁ〜」


弾むようなステップで、雨音がどれほど楽しみなのかが伺える。

競技場を出て王都を散策する二人。


「凄い発展してますね。」


統一された赤い煉瓦の屋根が美しい景観を生み出している。

舗装された石の坂を下り続けること一時間。

海が見えてきた。


冷たい潮風が、身体を抜けていく。


実際に初めて見た海。

水はエメラルドグリーン色で海底まで見えるほど透き通っている。

鮮やかな珊瑚礁と魚たちが、海を豊かにしている。


「海って、こんなに綺麗なものなんですね。」

「そうだね。」


前世ではついぞ見ることが叶わなかった海。

一人で眺めたらきっとこの感動も半減していたと思う。


「あっちに海の家があるみたい。行ってみない?」


リシアはそう言って雨音の手を繋ぐ。


「そうですね、行きましょうか。」


快く頷く雨音。


こうやって誰かとご飯にいくのは良いなあ。


この世界に来てからは、リシアと、それからたまにガラシャやユキナとご飯に行ったりしていた。


前世では全くもって無かったと言っても良い。


そもそも何かを食べようとしたら、おかゆやゼリーくらいしか喉を通らなかった。

それ以外は吐く恐れがあった。


弱音を言うと、死ぬほどそれが辛かった。

自分の虚弱さを突きつけられて、理解させられる。


僕は、美味しいものが食べられなかった。


うまく寝ることが出来なかった。


呼吸するのが苦しかった。


身体はずっと悲鳴をあげていた。


結局、それを口に出して言ったことは無かったよ。

強くありたかったから。


「アマネ、どうしたの?」


リシアが振り向く。


「いえ、少し考えごとです。」

「何食べようか迷ってたとか?」

「そんなところです。」


雨音はリシアの歩調に合わせる。

少しだけ、胸が痛んだような気がした。


雨音とリシアは海の家に入る。

木造で大きなテラスがある、雰囲気のいいお店みたいだ。


「いらっしゃいま……せ?」


そう声をかけてきたお姉さんが、言葉に詰まりお盆を落とす。

その大きな音が多くの客の視線を誘導して…


「おい、あれって、」

「剣聖杯予選、優勝者!?」


二人の正体が一瞬で気づかれる。


「俺、あんたらのファンなんだ!」

「剣聖杯応援してるぜ。」

「お姉様方はなんでそんな美しいんですか?」

「サインください!」

「初代剣聖様とどのようなご関係で?」

「アマネちゃん好きだ!」


雨音とリシアを取り囲むようにして客達が詰め寄る。

ここまで大騒ぎになるなんて予想していなかった雨音とリシア。


二人は困り顔だった。


せっかくご飯食べにきたのに、これじゃあゆっくり出来そうにない。


こういうのを有名税と言うけれど、仕方ないことなのかな。


というか、誰かどさくさに紛れて告白したやついなかった?


「誰!?今アマネに告白したやつは、アマネは私の!」


リシアはリシアでそのようなことを言い、雨音は不意打ちを食らった。


「え?」


僕、リシアのものだったっけ…


どんどん収拾がつかなくなっていくこの事態にどうすれば良いか分からず困り果てる雨音。


そんな時に救世主が現れた。


「ほら良い加減にするんだ!どいたどいた!」


雨音の青みがかった白銀とは違い、純正の白銀の髪と鋭い瞳を持ち片方に眼帯をつけている。

引き締まった身体に相当割れている腹筋。


相当身長が高く、無駄のないアスリートのような体つきをしている。

ギザギザとした歯がなんとも特徴的で、海賊のような風貌をした女性がそこにいた。


鋭い眼光と覇気が客達を有無を言わせずに散らす。


「あんたは何やってるんだ?客二人を案内するのが役目だろ?」

「は、はい!」


圧倒的な支配力だ。

言葉に魔力が篭ってる。


「た、ただいま満席ですので、お二人は白銀様と相席という形でよろしいでしょうか?」

「「白銀?」」


聞き覚えのない名前を出されて首を傾げる二人。


「オレのことだよ。白銀エヴァ=アトラクトだ。」


エヴァは二人にそう名乗った。


「先ほどは助けていただいてありがとうございました。」

「ありがとう。」

「良いってことよ!」


三人は同じ席に座る。


「それにしてもアマネとリシアの二人はウラクギルドに所属してんだろ?」


そう尋ねてくるエヴァに頷く雨音とリシア。

なんでそんなことを聞いてきたのか聞くと、


「んあ?ああそうか…これを見せた方が早いな。」


そう言ってエヴァはギルドカードを二人の前に出し魔力を流した。


・登録名『エヴァ=アトラクト』

所属,ウラク冒険者ギルド

階級,S級

異名,白銀

種族,龍人


「あなたウラク所属だったの?」

「まあな。ただ、長らく王都の学園で臨時教師をしていてな。六年くらい戻ってないんだわ。」


どうりで見たことが無かったわけだ。


ウラクギルドに所属してる人々は実力を買われて、指名依頼により国内問わず海外にまで依頼で行くことがあるという。


「ま、トップがあれだしな。冒険者ギルドの中でウラクの知名度は一番高いと言っても良い。」

「「トップ(ですか)?」」

「あれ、知らないのか?ギルドに所属している奴らの名簿があったはずだが、一番上に書いてあるのを見たことがないか?」


名簿ってギルドオーブで確認できるやつだったはず。

一番上には確か…


エヴァはその名を口に出す。


「九代目剣聖にして、我らがウラクギルドのX級冒険者。イオリ・レイヴ=カザキリだ。ま、遅かれ早かれ会えるだろうな。」


その言葉に雨音は思い出した。




「さて、まあ話は置いといて注文しようぜ。」


そう言ってエヴァはメニューを開きこちらに見せる。


色々なものがあるけど、どれにしようか迷う。

どれも美味しそうだなあ。

ライスもあるみたいだ。


「ボクは決めました。リシアはどうです?」

「私も大丈夫。」

「お、そうか。じゃあ注文頼む!」


エヴァは張りのある声で、店員のお姉さんを呼ぶ。


「お、お待たせしました!」

「オレは大海老グラタンとコーンスープをくれ。」

「ボクは鯛のアクアパッツァにライスをつけてください。」

「私はアジフライ定食で、同じくライスをちょうだい。」


各々が違うメニューを頼む。


海が近いから、辺境で出る魚料理よりも格段に安い。

それに鮮度も良さそうだし楽しみだ。


「そういやぁ、スーザイがお前らの噂を聞いてこっち来るってよ。」


エヴァはそう言うが、スーザイという人を聞いた覚えが…

あ、ユキナが言ってた人だったっけ、


ウラクギルドには四人のS級冒険者がいる。


『戦鬼』ガラシャ=ハイザー

『焔姫』ユキナ=コルフィー

『白銀』エヴァ=アトラクト

『破天』スーザイ=コン


「スーは中華大陸、って通じるか?」

「確かハイロッド王国が統治する前の大陸の呼び名でしたっけ。」


歴史の本には確かそのようなことが書かれてあった。


「スーはハイエルフだから寿命が長いんだよ。だからもう既にない出身を言う時混乱するんだよな。」


スーとはスーザイの愛称らしい。


「昔の国名残で名前の順番はコン四罪スーザイだったか…ああそれに、イオリも風切かざきり 伊織いおりの順番だな。こっちは日出島出身だ。ややこしいよなあ。」


なんと言うか凄い中国人と日本人っぽい名前だ。

もしかしたらこっちの世界に来てる人がちょくちょくいるのかもしれない。


「あいつ趣味で画家やってるしお前らと出会ったら十中八九モデルにされるだろうな。」


そう言ってニヤニヤと笑うエヴァ。


「エヴァは剣聖杯予選に出てるんですか?」

「んあ?まあ第二ブロック優勝してるから勿論出てるぜ。」


あれ?

うちのギルマスは確かウラクギルドでは僕とリシアとガラシャだけが出場してるって言ってたような…


「ユークリッドは私とアマネとガラシャの三人だけって言ってたけど…」


雨音が思っていたことをリシアが口に出してくれた。


「ああそういえばユークリッドに伝え忘れてたな。六年もウラクに顔出してなかったし、あっちも忘れてたんじゃないか?」


一から七ブロックは昨日終わったばかりだ。

エヴァは優勝して表彰式に出ず真っ先に学園に戻り、同時刻にガラシャも優勝し同じく表彰式に出ずウラクに直帰した。


二人はそのまま会わずに入れ違いになったらしく、ガラシャはエヴァが出場していたのを知らなかったのも無理はない。

それにどうせ剣聖杯に進出するのだから予選で誰が出てくるかをわざわざ確認しない。


ウラクギルド所属の四人は全員、表彰式を蹴っていることになぞのシンパシーを感じた雨音だった。


「じゃあウラクギルド所属で剣聖杯に出ることが決まったのは私と雨音とガラシャとエヴァの四人ってことだよね。」


リシアはエヴァにそう確認する。


「おい、イオリを忘れてるぞ。」

「あ、そっか…」


剣聖杯に出るのは六十四人。

それに加えて当代剣聖。


世界中から集まる剣聖杯で五人もウラクギルド所属という事実。

なぜウラクが国外問わず有名なのかわかった気がした。


「お待たせしました!こちら大海老グラタンと、鯛のアクアパッツァ、アジフライ、それにコーンスープとライス二つです。」

「「「おおお!!!」」」


凄い美味しそう。

それにとても良い匂いだ。


雨音は持参のお箸を取り出した。


「ではいただきます!」


雨音は手を合わせ、料理と対面する。

お箸で身をほぐし綺麗に食べる。


「見たことないテーブルマナーだけど凄い綺麗な姿勢で食べるよね。アマネは、」

「そうですか?」


リシアはいつもながら雨音の行儀の良さが滲み出ている食事に感嘆する。


雨音は精霊というよりかは人族みたいだし、誰かからそういうのを教わっていたのだろうか…


そんなことを考えるリシア。


「テーブルマナーは日出島っぽいな。めちゃくちゃ洗練されていてビックリだ。」


それはきっと前世の名残だ。

姿勢が良いって色々な人に言われてきたけど、姿勢を良くしないと無駄なエネルギーを消失することになる。

そのため編み出したのが省エネ技術なのだ。


編み出した、と言うよりかは編み出さなければならなかったと言うべきか…


「柔らかくて、スープがしっかり染み込んでいて美味しいです!」

「おぉ!グラタンはやっぱ最高だな。大海老もぷりぷりの食感が堪らん。」

「アジフライもサクサクでとっても美味しい!」


三人は食事に舌鼓を打つ。

その光景はなんとも映えるもので、客達は別次元と化した、雨音達がいる席を眺めていた。


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