第3話 好き

私には好きなせいれいがいる。

その子は私に限らずあらゆる人に親しく優しくて、相談事によく乗ったりしているらしい。


つまるところ、私だけが知る彼女の新たな一面など無いのだ。


欲望に忠実に従えば雨音の崩れた顔が見たい。

独占したい。

しかし独占欲なんて出したら雨音に面倒くさいと思われてしまうかもしれない。

それだけは避けなければと心に戒める。


リシア・レイヴ=グラハム。

吸血鬼にして初代剣聖の称号を持つそんな彼女らしからぬ表情を浮かべ…

はあ、とため息をついた。


「どうしたのあなた、そんなため息ついて。」


喫茶店でコーヒーを飲んでいると、横からそんな声が聞こえてきた。


「好きな人ができたんだけど、どう接すれば良いかわからないの。」


この際、相談に乗ってくれるなら誰でもよかった。

そう考えたリシアは素直に打ち明ける。


「好きな人ねえ、私もその手の話題は力になれそうにないかも。」


女の人は申し訳なさそうに言う。


「初対面でこんなこと言っちゃってごめんね。」


唐突な話題振りをしたことを純粋に謝るリシア。

二人の間に気まずい空気が流れた。


「あれ?二人とも知り合いだったんですか?」


そんな中、二人は聞いたことのある声に振り向く。

そこには予想通りの人物、雨音がいた。


「「アマネ(ちゃん)?」」


息ぴったりにリシアとユキナは反応し、先程の雨音の疑問に二人は揃って否と答える。


「私たちは初対面よ。」

「うん、さっき話したばっかなの。」


経緯はリシアがため息をついて、何かあったのかと思ったユキナは、リシアの相談にのっていたらしい。


なんで僕に相談してくれなかったんだろう。


まさかリシアが自分のことで悩んでいたとは思ってもいない雨音だった。


と言うわけで、初対面のリシアとユキナの二人はお互いに自己紹介をすることになった。


「私はユキナ=コルフィー、S級冒険者でウラクギルドに所属してるわ。あなたはどこから来たの?ウラクで私が見たことないってことは遠い所から来たと思うけれど。」


ユキナが自己紹介しながら、この街で一度も見たことがないリシアに出身を聞く。


「まあ、結構近いとこに住んでたんだよ。私はそこで篭ってたから見たことないのは当たり前。」


肝心な内容は濁しつつ、説明するリシア。

剣聖だとか吸血鬼だとか、そこらへんの話をするとややこしくなるから当たり前といえば当たり前なのだが…


雨音には包み隠さず話した自分はやはり雨音に特別な感情を抱いているのだろうと思うリシアだった。


お互い自己紹介を済ませ、雨音とユキナとリシアはコーヒーをマスターに注文する。


「それにしても、ユキナはガラシャと一緒じゃないんですか?」


いつも二人一緒だから、プライベートでもそうなのかなあなんて思っている雨音はユキナに率直に聞いてみた。


「ガラシャは貴族の護衛依頼でこの街から離れてるのよ。だから今はいないわ。」

「そうですか。」


ガラシャと模擬戦がしたかったなあと、雨音は内心で呟く。

S級で最も近接戦が得意とされるガラシャ=ハイザーは『戦鬼』の異名を持っている。

そんなガラシャと手合わせをしたいと考えていた。


ここ最近誰かと模擬戦するなんて時間無かったから、いつかはやりたいと思っていたけれど、ガラシャは一ヶ月くらい不在になるらしい。




あれ?

そういえば間近に剣が得意で強い子いたよ。


雨音はリシアを見つめこう言った。


「リシア、今日は暇ですか?」





この世界の常識は大抵頭に入れた雨音。

数日間はずっと勉強で、その合間にギルドの軽い依頼をこなす日々。

飽きてないと言えば嘘になる。


己は剣士が本懐である。

刃は常に研ぎ澄ましていなければ鈍る。


前世では、病弱ながらも道場の弟子の中で最も強かった雨音。

今に至ってはその枷から解放され、自分の限界が見えなくなっているため、どこまでできるか知りたかった。


「すっごく暇だよ!」


リシアは悩まずすぐ答えた。



というわけで、雨音とリシア、それからユキナはギルドの地下にある闘技場へと向かった。

自動修復の結界が使われている闘技場だから、めちゃくちゃに壊しても大丈夫だと雨音はガラシャから聞いている。


雨音とリシアが模擬戦をすることになり、ユキナが審判として会場に立つ。


雨音もリシアもこのギルドに来たばかりだが、すっかり馴染んでいて注目の的だったためなのかわざわざ依頼を途中で辞めてまで観にくる者もいた。


「アマネちゃんとリシアちゃんの模擬戦かぁ、お前どっちに賭ける?」


ウラクの冒険者の一人がそう言聞くと、丁度半数に割れる。


「二人ともありえないくらい可愛いよな。」


ほぼ全ての者たちが二人の容姿に惚れている。

そして実力のある者たちは二人の実力に惚れていた。


「むさ苦しかったウラクに訪れた天使たちだわ。」


ただでさえ冒険者は女性が少ない。

ウラクともなれば辺境や魔物が強いと言った理由でさらに少なくなる。


ウラクの女冒険者は、男たちを見やりながらそう言った。


「なんだと!?」


屈強な男たちは、むさ苦しいと言われ泣き崩れた。



雨音はストレッチを終え、木刀を握る。

リシアも見よう見まねで雨音と同じストレッチをし、木剣を構えた。


「じゃあ、死合ましょうか。」


ぽつり、そんな音がした。

まるで雨が降り始める前兆のような音、

その瞬間、雨音の雰囲気は一変した。


この上なく強力な覇気。

その余波にウラクの冒険者たちは呼吸ができなくなり動けなくなる。


B級として長年活動してきたアレフとユオンもまた、この時ばかりは動けなくなる。


「やっべえなおい、」


それでも喋れることができたのは歴戦のB級、それもウラクで培われた強靭な精神力と肉体のおかけだろう。


そんな覇気を直接食らったリシアもまた冷汗を流し、呼吸ができなくなっていた。


それでも脚に力を入れ、地面を蹴り途轍もないスピードで流れるように放った剣撃は、雨音の木刀により軽くいなされる。


雨音はわらいながら体勢が崩れたリシアに強烈な一撃を叩き込む。


辛うじて防ぐが、追撃によりリシアが吹き飛ばされた。


受け身により立ち上がるも、一瞬にして距離を詰めた雨音。


止むことなき神立。

荒れ狂う激しい風の音が、周囲に立ち込める。

それが全て、雨音が放つ剣閃により鳴っているのだ。


審判であるユキナも、観戦していた者たちも皆絶句していた。


雨音が実際に戦っているのを初めて見る者たちは、S級冒険者二人から推薦された理由に納得する。


強い、あまりにも暴力的に、理不尽なまでに…


そしてユキナも剣を使って戦う雨音を初めて見て、自身の眼を疑った。


「なんなのよ、これ…」


雨音は精霊。

魔力の愛子で、魔法がどの種族よりも秀でている存在。

そんな精霊である雨音がまさか、魔法よりも近接戦の方が強いなんて信じられない。


しかし、それが事実だった。

同じパーティメンバーであるガラシャと同じ、いやそれ以上に強いと感じた。


紺青に染まりし剣の舞。

鮮やかで見る者全てを魅了した。


「はぁ、はぁ、ん…いくよ!」


血が混じった唾を飲み込み、再度攻撃をするリシア。

最高のカウンターを繰り出し、入った。

と思った……


避けられない、はずだった。


気づいた時には、私は宙を舞っていて…

全てが遅く見えた。


あれ、身体に力が入らない。

反撃しないとダメなのに、


そこでリシアの意識は途絶えた。



「試合、終了…勝者アマネ。」


ユキナが震えながら結果を言い渡す。

闘技場は熱狂に包まれ、ギルドの外まで歓声が響いた。


雨音は試合が終わったのを確認するとリシアに駆け寄り介抱する。


眼を覚ましたリシアは数秒間の意識が飛んでいて、まわりを確認してどういう状況なのか気づく。


「あれ、私…あ、そうか。負けたんだ、」


もっと、戦いたかった。

雨音を満足させたかった。

それができなかった自分が何より悔しくて…涙が出てくる。


「ごめんなさい、痛かったですよね…すぐに治しますね。」


雨音はリシアの頭を優しく下ろし膝の上に乗せる。

いわゆる膝枕というやつだ。


水魔法で傷口を洗い、魔力で再生を促す。


久々に対人戦をしたから、加減があまり効かなかった。

そのせいで、リシアの骨が若干折れていた。


雨音はリシアに謝るがリシアは雨音のほっぺを、むにっとつぶす。


「痛くて泣いてるんじゃないんだよ、それよりも雨音を満足させられなかったから…その、自分の弱さが嫌になって、」


そんな言葉を紡ぐリシアに、ユキナ含め冒険者たちは唖然とした。


勘違いしないでもらいたい。

リシアは『剣聖』である。

この世で誰よりも強いとされる剣士である。

ユキナはリシアの言葉に何を言ってるのか理解できなくなっていた。


感動的なシーンなのは間違い無いけれど、言いたいことがいくつかある。が、今言える雰囲気では無い、


リシアもガラシャと同じくらい強いじゃない!とツッコミたい気分をなんとか耐えるユキナだった。


「前言ったじゃないですか、リシアはもっと強くなれるって。だから自分を責めるのはこれっきりですよ!」


励ます雨音。

その言葉が本心から言ってると感じたリシアは弱々しく微笑んだ。


自分を曝け出せる相手が居る。

レッテルなんて記号じゃなくて私自身を見てくれる。


今はっきりと気づいた。

なんで私が雨音を好きになったのかを、


「アマネ、また戦おうね。」

「ええ、望む所です!」


二人で笑い合う。


いまだに先程の戦闘の熱狂の余韻が残る者たちも、その光景に癒された。

ここは、天使の園だったのだ。と、








◆◇ーーー









辺境ウラクに来て大体一ヶ月が経った頃。

雨音とリシアはいつものように朝五時くらいから剣技の鍛錬をし、朝八時くらいに終わりストレッチをする。


リシアはメキメキと実力をつけるが、まだまだ雨音の背中が見えない。

一体どれほどの高みにいるのか、分からない。


でも不安は無かった。

雨音に敵わなくとも、横に並べるくらいは強くなって見せる。

それが何年、何十年かかったとしても構わない。

焦らなくていい。



「リシア柔らかくなりましたね、前はすごく硬かったのに。」


開脚では120°くらいが限界だったリシアは、今では180°以上開けるようになっていた。

ストレッチを教わってから身体が軽くなって、想像以上に剣の腕が上達している。


雨音も雨音で、魔力操作が更に上達して纏っている衣服が色々改造できるようになった。


デフォルトの服から、ストレッチがやりやすい紺色のTシャツと伸縮性のある白いタイツ、黒色の短パンを装備している。


雨音が開脚しながら身体を倒すと、リシアは眼を手で覆った。


「あの、アマネ…見えてるよ、」


Tシャツの首を通す部分が下にただれ、シルクのような肌と薄いピンク色の乳首が露呈している。


リシアは手で眼を覆ってるものの、指の隙間から、しっかりと目に焼き付けていた。


「え、何がです?」


雨音はなんのことか全く気付いていない。


「胸、胸だよ!」

「え、ああ…ほんとですね。でもここにはリシア以外人がいないので全然問題ないです。」


私に問題があるんだよ!

と言いたいところをなんとか堪えるリシア。


それにしても、だ。


普段の雨音の服装で分からなかったけど相当着痩せするタイプなんだ…

なんて考えるリシアは自分の胸を見て謎の敗北感を覚える。


「その、アマネのスリーサイズってどのくらいなの?」


無意識にというかいつのまにかそんなことを口走っていたリシア。

内心で後悔し悶えるが、雨音は素直に答える。


「そうですね、今魔力操作で測ってみますね。えーと、トップバストが81cm、アンダーバストが63cm。ウエストが52cmでヒップが78cmです。」



142cm

TB81cm/UB63cm

W52cm

H78cm



魔力操作で身体を再確認し、相変わらず変化しない身長に残念な気持ちになる雨音。


「どうかしましたか?」


何故かリシアがガックリと項垂れてしまったので、心配になる雨音。


「いや、なんでもないよ。」

「そうですか、なら良かったです。」


普段は察する能力が高い雨音だが、そういうところには疎かった。



ストレッチを終えた二人は街を散策し、目的地であるパン屋に向かった。

しかし、いつもと様子が違う。

この時間ならオープンしているはずなのに、閉まったままだ。


「あの店主さん。今日は休日でしたっけ、」


丁度お店に戻っきたパン屋の店主に雨音は聞くが、予想していたものとは違う回答が返ってきた。


「ああいつもの嬢ちゃんたちか、すまんな。今日を持って閉店するんだ。俺はもう歳だからな。」


目が霞んで、腕に力が入らないんだ。

そう店主は言う。


「辞めてしまうのは名残惜しいです。」

「え、辞めちゃうの?」


ここのパン屋の常連であり、毎日楽しみにしていた雨音とリシアは俯く。


「がはは、俺のパンを好いてくれる嬢ちゃんたちには感謝してんだ。だからこれやるよ。」


店主は高らかに笑いながら雨音にあるものを渡した。


「これはパンの作り方が書いてあるメモ、ですか?」


紙が数十枚束ねられ、穴が空いた部分に紐が通されている簡易なメモ帳。

相当な年季を感じるが、それでも綺麗なままなのは、大切に扱われてきたからだろう。


「そうだ。そこには研究を重ねに重ねて編み出した美味しいパンの作り方が書いてある。これを見込みのあるパン職人に渡してやってくれや。勿論嬢ちゃんが作ってくれてもいいがな。」


切実な目で言う店主の想いを感じとった雨音は快く了承する。


「分かりました!」


雨音兎はメモ帳を受け取り、二人は店主に別れの挨拶を言った。


店主が生きてきた証にして結晶であるメモ帳。

本来なら誰にも見せず、自身が死ぬ時に一緒に埋葬しようと考えていたが嬢ちゃんたちを見て考えが変わった。


誰かに自分の跡を継いで貰いたい。

そしてまた、嬢ちゃんたちが笑顔になるようなパンを作って欲しい。

それが最期の願いだった。


ま、俺のパンに慣れた嬢ちゃんたちをあっと言わせるようなものは当分作れないだろうがな。


数年前まで王都の最高峰レストランにて働いていた料理人でありパン職人である彼を超えるのは至難の技だろう。


パン屋の店主は雨音とリシアの背中を見やる。


「寂しくなるな…」


一人そう呟いた。









◆◇ーーー








ギルドにて、

雨音とリシアはA級に昇格していた。


二人とも依頼達成率は100%。

それぞれ200件以上の依頼を受けて未だに失敗したことがない。


実力は言わずもがな、知識や他の項目も満点にほど近い。

指名依頼も数件来ており、依頼の達成水準が極めて高いと好評だった。


護衛や討伐、採取。

二人ともA級以上の実力があると評価されている。


冒険者ギルドで最も人気がない雑務もよくこなしている。

文句なしの昇格である。


研究項目は依頼という形ではなく、冒険者の趣味などで学会に己が得意な分野を論文にし提出することで、評価される。

冒険者兼研究者、博士と言った人も一定数いたりする。


「二人とも、A級昇格おめでとうございます!」


受付嬢であるミカの言葉にギルド内が騒然とする。


「まじか、抜かされたぜ…」

「大丈夫だ、D級のお前はとっくのとうに抜かされている。」


まるでギャグのように繰り広げる者や、


「まじか、うそだろ…」


この世は才能で全てが評価されるのだと世界の理不尽を問う者。


「まあ、いつか抜かされるとは思ってたけどこんな早くA級になるなんてな、」

「遅かれ早かれ抜かされるのは確定だったしそこまで驚かないが、」


ベテランB級冒険者のユオンとアレフの二人がそう言い、それに頷く者たち。


というか、いつも雨音たちが来る時間と同じタイミングに来る二人(主にユオンだが)雨音に会いたいという意図が見え見えである。


辺境ウラクの天使として名高い二人だが、朝に一目見て気分を高める者も少なくなかったりする。


しかも今日、雨音にいたってはいつもと違うストレッチ用のボディラインがくっきりと見える服装だったため、視線はより集中していた。

主に胸に…


ミカを含め、ギルド内にいる殆どの者たちは内心で、着痩せするタイプなんだ、と呟いた。


「C、いやDはあるか…?」

「Eにも見えなくはない、」

「ウエストほっそ、」

「おっぱいの形には自信があったのに…私よりも、」


反応は様々だったが、雨音のスタイルの良さに男女関係なく惚れ込んだ。


当の本人は周りの反応を一切気にせず、A級に更新されたギルドカードを眺めてニコニコしていた。


・登録名『アマネ』

所属,ウラク冒険者ギルド

階級,A級

異名,瑠璃/剣姫

種族,高位精霊(秘匿)




「この異名という欄があるんですが、いつのまについてたんですか?」


ギルドカードに魔力を流し、プロフィールを確認する雨音は、身に覚えのない異名という欄をミカに聞く。


「それはですね、A級になった際に与えられる称号みたいなものです。うちの冒険者からアンケートで集まったものを最終的にギルドマスターが判断して付けると言った形です。」


鮮やかな髪と瞳からイメージカラーで宝石の『瑠璃』という異名と、

卓越した剣技を操る『剣姫』の異名に分かれたがどちらも雨音に合っていて甲乙つけ難くなったギルドマスターのユークリッドは、悩むくらいなら二つとも付けてしまおうという考えに至り、こうなった。


「ちなみに、異名とは別に称号というものがありまして、こちらは役職みたいなものです。アマネさんたちの場合だと『A級冒険者』がその称号にあたりますね。」


なるほど、と雨音は頷く。


「リシアはどんな異名を貰ったんですか?」


純粋に気になった雨音はリシアのギルドカードを見せてもらった。


・登録名『リシア・レイヴ』

所属,ウラク冒険者ギルド

階級,A級

異名,緋月

称号,剣聖(秘匿)

種族,始祖の吸血鬼(秘匿)



リシアの真紅色の髪を上手く表している『緋月』という異名。


冒険者の異名って、その人のイメージカラーが採用されることが多いのかなと考える雨音だった。













_____________________

後書き


新型肺炎コロナウイルスにかかってしまったため、本来投稿頻度を二日に一回と予定してましたが厳しそうです。


なので投稿頻度が一週間に一回程度に落ちます。

元気になった際は投稿頻度を上げる予定ですので、何卒よろしくお願いします。

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