第2話 水なのに温かい

雨音はユキナの勧めで街の図書館に行きこの世界について学んでいた。


「ふむふむ、なるほど…」


ぱらぱらぱら、

本が一瞬で捲られていき、テーブルの上には大量の本が積み上げられていく。


そんな光景に司書は唖然とした。


「大抵の知識は頭に入りましたね…」


天音がぽつりと呟いた言葉が聞こえていたのか、ピカソの絵ような顔になる司書。


「うそ、だろ…あれで頭に入るのかよ、」


流石に疲れて雨音は伸びをする。

やっぱり座学は剣を振るよりも疲れるよぉ。


それを口には出さないものの、顔はいつもと比べて、のべーっとしていた。


しかしそこは天才努力家アマネちゃん。

苦痛への耐性は人一倍なのだ。

数分の休憩を終え再び世界の歴史が書かれている書物を捲る。


しかしこの本、違和感が凄い。


「ん?何故こんなにこの国が褒められてるのでしょう、か……」


褒められすぎていると言っても良い。

嗚呼、そういうことなのかと読み進めていく内にどういうことか理解した。


それと同時に、日本の異常さがよく理解できた。


普通じゃない…

日本のように客観的に事実に基づき編纂された歴史の教科書が普通じゃない。


不都合なことを消している。

歴史の書物は少なからずそういうことがあるのが普通なんだ。


パタンと本を閉じ、瞳を瞑る。


今日は、ここまでにして…

お昼はギルドに顔を出そうかな。


「司書さん、これ入館料です。」


雨音は銅貨十枚を出す。

銅貨十枚といえばパンが五つ買えるほど。

体感一千円くらいの価値がある。


「またの、ご利用、お待ちしてます。」


司書は歯切れの悪い言葉をかけ見送る。



ギルドまで向かう途中、美味しそうな匂いがする。


すんすん、匂いの元はどこだろ…

美味しいお肉の香りがする。


「あっちみたいですね!」


最近忙しかったからここんところ何にも食べてない。

精霊なのに、精霊王なのに涎が…じゅるり


匂いの元である屋台の前に到着する。


「お、らっしゃい!嬢ちゃん串焼きどうだい?銅貨一枚100ルピで二本だが、一本まけるぜ?」

「ではください!」


銅貨一枚で三本も貰えるなんて、凄いやすい。

余談だがこの国の通貨はルピと呼ばれ、

1ルピ=1円という認識でいいと思う。


・小銅貨『10ルピ』


・銅貨『100ルピ』


・大銅貨『1,000ルピ』


・小銀貨『10,000ルピ』


・銀貨『50,000ルピ』


・真銀貨『10万ルピ』


金貨がない理由は、この国に金鉱脈が極僅かだから貨幣として生産できないとのことだ。



雨音は優しいおっちゃんだなあなんて思いながら、良い具合に絡まったタレと、一口サイズに切り分けられた肉が刺さった串焼きを眺める。


久しぶりのお肉だからかぴかぴかと輝いてるように見えた。


「はむ!」


一口、また一口と進めていき素朴ながら美味しい串焼きを味わう。


「嬢ちゃんすっごい美味しそうに食べるなあ!おっちゃん嬉しいぜ。」


にかりと笑う屋台のおっちゃん。

どうやら元冒険者で全盛期から衰えを感じたのか冒険者を引退。

それからはこうして屋台で串焼き屋をしているそうだ。


「ごちそうさまでした。」

「おお!また来てくれよ!」


屋台のおっちゃんに手を振って別れる。

久々にお肉も食べれたことだし、ご機嫌でギルドに向かう。


あのお肉に絡めたタレ凄く美味しかったなあ…

今日は良い一日になりそうだ。



ギルドに到着し、C級依頼掲示板に貼られた依頼をいくつか物色する。


めぼしいものは、あるかな………あれ?

見覚えのあるシルエット。


「…リシア?」


その問いに反応したリシアは、


「アマネ!」


人手をするりと潜り抜けて俊敏に潜り抜けて目も前まで来た。


そういえば用事があると言って、あの日別れてから会ってなかったけど、


「用事はもう終わったんですか?」

「……まあ、ね。」


リシアは少し苦虫を潰したような表情で頷いた。


「教会の、最期の後片付けだよ。」


その言葉で察した。


彼女も彼女で区切りをつけたのだ。

僕が名前を天音から雨音に変えたように。



あそこは、聖天教最後の教会で私が修道女として暮らしていた大切な場所だった。

聖天教の全てを壊していた時、そこだけは壊せなかった。


そうして、その教会が廃墟となっても崩れないように補強や掃除をしてきた。

ただ、そこはもう既に私の居場所ではないなんてとっくのとうに気づいてた。

だから私は……


決別してきたんだ。 




「リシア、頑張ったんですね…!」


雨音の全てを察した上で言った優しい言の葉にリシアは泣きそうになった。

それでも泣かなかったのは周りに人がいたからだろう。


「少し、外に行きましょうか。」


その言葉に、「察しが良すぎるよ…」とリシアは小さく震えた声で呟く。

でもそれが凄く心地良かった。


「ふー涼しいですね〜」


街の真ん中にある湖に着き雨音はそう口にする。


「その、アマネ…少し胸を貸してくれないかな。」

「ええ、どうぞ。」


そのお願いを、雨音は間髪入れずに受け入れる。


少しばかりの気恥ずかしさと申し訳なさ。

それと、懐かしい温もり。

出会ってまだ僅か、それでもリシアにとって雨音は、なにより大切なものになっていた。


いままで、涙なんて流してこなかった。

とっくに枯れていたと思ってた。


それでも、彼女の前だからなのか、今までの想いを堰き止めていたダムが決壊した。


涙を滲ませ嗚咽をこぼす。

そんな私の頭を雨音は優しく撫でた。


あなたは水の精霊なのに、温かいんだね…

最初は剣に惹かれて、今はなにより彼女に惹かれていた。



「その、ありがとうアマネ。」


長い間、抱きしめてもらっていたリシアは雨音の胸の中でお礼を言う。


「どういたしまして。」


リシアは雨音から離れ、手で目を拭った。

目の周りが泣き腫らしたのがよく分かるほど真っ赤だったが、雨音はそれを指摘するほど無粋ではない。


「心の荷は、降りたみたいですね。」

「うん。おかげさまで全部、全部晴れたよ。」


今日は今まで一番素敵な日。

リシアにはそう感じた。



リシアが太陽と重なり眩しい、

いや、眩しいのはリシアの笑顔の方だなと雨音は感じた。










◆◇ーーー










ウラクの街に来てから一週間。


リシアとはパーティを組んで一緒にギルドの依頼をこなしていた。

いつも野宿だった僕とリシアは依頼達成してお金が溜まってきてから、宿舎『猫鈴亭』の部屋を借りて一緒に住んでいる。


僕の場合寝る必要が無く、荷物なんかも殆ど無いので宿の重要性はあまり無かったりする。

三年で原始的な生活に慣れすぎてしまった。


流石にやばいかなと思う雨音。

ギルドに行き依頼一覧を見る。


「ん?」


いつもとは違う視線を感じた。

なんていうか、じっくり見られているような…そんな感覚。


その視線の元はギルド内にある酒場からだ。


「おい、もしかしてお前、アマネちゃんが好きなのか?」

「いやいやいや、え?は?そ、そんな不釣り合いに決まってるだろ!」


男は、妙に冷たい汗をかいて首をブンブンと横に振る。


「まあそうだよなあ、S級冒険者のガラシャさんとユキナさんの推薦でC級からスタート。それに見合った実力で少し経てばB級のお前なんか一瞬で抜かしてるだろうさ。おまけかにこの上なく可愛い。正直言ってユオンとは雲泥の差だ。」


二人ともB級冒険者と呼ばれるベテランであるため雨音のイカれた力量は見抜ける。

というか、この辺境ウラクは強い魔獣が出やすいため他の冒険者ギルドに比べて実力は数段上がる。

強さを見抜く眼力がなければここではやっていけないだろう。


ユオンの友人アレフはボロクソに言う。

あまりの物言いに、ユオンは涙をほろりと流した。


「酷すぎだろ、で、でも万が一あるかもしれ……」

「ねえよ。本人は貴族じゃないって言ってるがどう見ても貴族の令嬢だ。普通許嫁とかいるだろ。」


間髪入れずに言われた言葉にまたしても撃沈する。

いや、これは過剰な死体蹴りだった。


「あの、どうしたんですか?」

「あ、アマネちゃん?」


ユオンとアレフの前にいつのまにか雨音がいた。


「視線が集中していたので何かボクに用があるのかなと、」

「いや、別になんでもないよ!」


雨音は首を傾げる。

何か用があるのかと思ったけど、そうではないようだった。


「じゃあ失礼しますね。」

「あ、ああ。」


雨音は再び掲示板に向かい、依頼を眺める。


「C級で良さそうな依頼は…っと、これですね。」


依頼の紙を受付カウンターまで持って行った。


◆◇

ランクC以上の魔物の魔石を五つ集めイトラ商会に直接納品する。

品質や希少性、ランクにより報酬は上乗せされるものとする。

報酬,銀貨5枚

期限,4月12日

依頼主,ウォルハルク=イトラ

◇◆


「アマネさん。この依頼の期限は二週間までですのでお気をつけください。」


ギルド受付嬢のミカは雨音にそう言った。


というわけで、


イトラ商会の館にて、依頼主であるウォルハルク=イトラに会いに行く。


「では、こちらに。」


使用人に案内され、赤い絨毯が敷かれいかにも高級そうな階段を登り奥へと進む。


使用人は扉をノックすると「入っていいぞ」と声がした。

その合図とともに使用人は扉をゆっくり開ける。


そこにはパイプを吸ったダンディーなおじさんが椅子に座っていた。


その者こそがイトラ商会をこの国きっての大商会までのし上げた傑物、ウォルハルク=イトラである。


雨音はというと、

僕もあれくらいかっこよかったらパイプが似合ってたのかなぁ、なんて思っていた。

しかし、今の外見で吸っている所を想像してみたら、違和感ありまくりだった。


「来客は今日、何のご入用で?」


ウォルハルクは使用人に聞く。


「はいウォルハルク様、先月に冒険者ギルドに依頼した件についてです。」

「と、いうことは君があの依頼を…名前は?」 

「アマネ=ツルギといいます。」


ウォルハルクはその鋭い目つきで雨音を観察する。


纏っている衣服がドレス、いや軍服のようにも見えデザインが凄く洗練されている。

それを着ている素材あまねが良すぎるのもあるのだろう。


うちの商会で出したいとも思ったが、魔力で作られているのか…

誰の作品だ?


それに携えている剣、あれほど芸術的で美しいものはない。

国宝よりも上だろう。


欲しいとは思うが、目の前にいる彼女は手放さないだろうな。


彼女は自分の手には余りある極上の人材だ。

手出しはせず良き隣人関係を築いた方が良いだろう。

そう商人としての勘がそう告げている。


ウォルハルクは1秒にも満たない時間でそんな思考を巡らせていた。


「正直依頼を受けてくれる者がいなくて困っていたんだ。では、アマネ殿。例の物を出してくれるかな?」


思考を切り替え、ウォルハルクは本題に移った。


雨音は黄昏の大陸で狩っていたランクCの魔物の魔石を水魔法“氷室”から取り出し渡す。


「これがグラムオンの魔石五個です。」

「は?」


ウォルハルクが固まった。


その猪とは、雨音が度々お世話になっていたお肉の魔石であり、ランクB上位の強さを持つ。

雨音は一応、解体した後の素材も貯めたいて氷室の中には猪あらため、魔獣グラムオンの魔石が900個にも及んだでいた。


グラムオンが絶滅したら、多分雨音のせいだろう。


「何か、問題でもありましたか?」


ま、まさかランクC以上とは書いていたけど、ランクCの魔石しか受け付けていないとか…


ど、どどどどうしよう、


しかしそんな雨音の不安とは裏腹に、ウォルハルクがかけた言葉は真逆だった。


「いや、びっくりしただけだ。まさかランクBの魔物グラムオンの魔石を持ってくるとは思っていなかった。しかも全てグラムオンの魔石なのか、」


まさに想定外。

グラムオンは希少で黄昏の大陸以外では極僅かにしか目撃情報がない。


しかもランクBの中でも、最上位であり大きい個体はランクAにも匹敵する。


「報酬は、そうだな…銀貨50枚250万ルピでどうだろうか。」

「はい。構いません!」


ウォルハルクは使用人に合図を送る。

まるで阿吽のように連携していて、雨音は感動した。


しばらくして、使用人がノックをし戻ってくると手には上質な紙袋があった。


使用人からそれを渡される。

紙袋を手に持つとずっしりとした重みがあり、中を確認した。


「これポーチ、ですか?しかも上質なものですよね。」


他にも財布や、バックなどなど。

全て最高峰の職人が作った物である。


「これは一体…」

「素晴らしい仕事をしてくれたアマネ殿に向けて些細なお礼だ。バックの中には丈夫な金庫が入っていて中には報酬の銀貨50枚がある筈だから財布についている鍵で開けて確認していただきたい。」


ウォルハルクの言われるがままに、バックの中からコンパクトでシンプルなデザインの金庫を取り出し鍵で開ける。


中身を確認すると、コインケースにしっかり並べられている銀貨が50枚きっちりあった。


「確かに確認しました。それにしてもこのバックや財布なんかもいただいていいんでしょうか…」


ウォルハルクさんはお礼だというが、やはりここまで良いものとなると相当お高い代物なのだろう。


「見た限りそう言う物をお持ちでないと思ったのでね。気持ちとして受け取っておいてくれるとありがたい。」


ウォルハルクに力強く念押しされた雨音は、折れるようにして受け取った。


「今後、何かしら買い物をするときはイトラ商会が運営するデパートによってくれ。」

「わかりました。その時はお邪魔させていただきます。」


依頼が完了し、ウォルハルクと別れた雨音はギルドに向かった。







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