第1話 剣聖

なだらかな少しばかり舗装された山道を降りると綺麗な街並みが見えた。


この世界初めての街。

随分と規模が大きいと言うかなんというか、

走りながらそんな感想を抱く。


街並みを練り歩き、色々な建物を見渡す。

酒場に、宿に、屋台に、多くの店や家、娼館みたいなものまである。

どれも日本とは馴染みのない形をした建物だ。



二人に冒険者ギルドまで案内され、中に入ると酒場と隣接しているみたいだった。

雨音は建物の大きさに少し唖然しながらも、二人の後をついていく。


「あれ、ガラシャさんとユキナさんもう帰ってきたんですね!それから…その子は、もしかしてお二人の子供ですか!?」


ギルド職員の受付嬢ミカは二人の無事を確認すると同時にとんでもない発言をする。

ガラシャとユキナは一瞬の硬直と同時に、みるみる顔が赤くなった。


「そ、そんなわけないだろ?」


激昂するガラシャ。


「え、ええ!全然似てないじゃない!」


同タイミングでユキナ。


慌てふためきながらミカに詰め寄る二人を尻目にクスッと笑う雨音。


「じゃあその子は…?」


その問いにどう答えていいのか分からない二人は、雨音と三人でヒソヒソと話し合う。


「まさか精霊王なんて言えないじゃない…どうするのよ、」

「とりあえず黄昏の大地で出会った剣士ってことにはできないか?」

「不審すぎるでしょ…」

「もう精霊ってことでいいんじゃないですか?」


ミカは頭上にハテナを浮かべて目の前でコソコソしている三人を見やる。


ミカは雨音を見やり、貴族の令嬢みたいな綺麗さと可愛らしさを持つ彼女を見てスキンケアどうしてるんだろ?なんて考えていた。


三人は三人でやっと考が纏まったのか、いままでの流れを説明した。


雨音は高位精霊(精霊王とは言っていない)で、黄昏調査時に偶然出会い意気投合してこの街まで来た、と。


「ふむふむ、黄昏の大地で……え、高位精れ…!!!むぐ!?」


凡そ魔法使いとは思えないほどに速い動作でユキナはミカの口を塞いだ。

結果、雨音が高位精霊ということが広がらずに騒ぎにはならなかったものの、現在ギルド内にいる沢山の人の視線が集まる。


ガラシャとユキナはそれぞれ雨音とミカを引っ張り、逃げるようにして二階の個別受付室に向かった。


「とりあえずこれ調査報告書だ。異変は魔物がアマネのせいで少なくなってたぐらいか?」

「承りました。」


ミカは報告書を大事に封筒にしまう。


「あの、アマネさんは高位精霊なんですよね…私、初めて見ました。」


ミカにまじまじと見つめられ、雨音は恥ずかしくなって眼を逸らす。


きめの細かい上質な青と黒のドレスと軍服を融合したかのような衣装を見に纏い、出立は高貴な令嬢にも見える。

王都でもこんな美少女は極僅かにいるかいないか、


傾国の美少女というのはこういう子のことを言うんだなぁとミカは書類を纏め、ハンコを押しながら思った。


「よし、依頼達成です。お二人ともお疲れ様でした!」


二人はギルドカードをオーブに翳す。

その瞬間、ギルドカードが淡く光った。


ギルドカードには様々なシステムが組み込まれていて、冒険者階級の表示は勿論、今までの受けてきた依頼や実績がギルドが持つアーティファクトのオーブにかざすことで表示できる。


冒険者ギルド本部が長い時間とお金を注ぎ込んで開発したらしい。


雨音はガラシャとユキナが持つギルドカードを見つめる。


「あ、そういえばアマネちゃんを冒険者にしたいんだけど、ガラシャと私二人がS級冒険者として推薦すれば最大C級から始められるでしょ?」


ユキナはミカに言いたいことを言い終えると雨音にウインクする。


「推薦制度を使うんですか?あ、じゃあちょっと待っててください。確かあそこにあったはず、」


ミカは扉の奥の職員だけが入れる部屋に入り、書類が集められているケースを漁る。


そこから二枚の紙を取り出し、個別受付室に戻る。


「お待たせしました。では名前を推薦状のこちらに記入して、そこの魔法陣にギルドカードを翳してください。」


偽造防止のため、本人しか使えないギルドカードを魔法陣の上に翳する。

それからガラシャとユキナは名前と推薦した理由などを書き進めていった。


「では、いただきますね。ギルドマスターには既に連絡しているのでもうすぐ来ると思います。その前にアマネさんはオーブに魔力を流してください。」


ミカに言われた通り雨音はオーブに魔力をゆっくり流す。


「凄く深い海の色ね。輝きも尋常じゃないくらい強いし、それに金色が点々と混じってるから水属性と雷属性の波長を持った魔力。二属性デュアルなんて珍しいものを見たわ。ただでさえ精霊は一属性シングルに特化してるのに、」


本来全ての生命は一つの属性しか持たない。


生命体が一つの属性魔法しか扱えない理由は、

属性というそれぞれの性質を持つ前の無垢の魔力が先天的な魂と後天的な想像力によって変質し火や水、風や土といった属性魔力に変わる。


二つ以上の属性を扱おうとした時に魔力が反発しあって身体や精神が崩壊するため基本的には一属性しか使えないことになっている。


たた例外はある。

魔力操作が常軌を逸している程上手い精霊は二つ以上の属性を副作用無しで操れる。

まあ精霊は一つの属性に特化した方が強いため二属性以上は使えるとしても使わないことが多いだけだった。


魔力操作は魔法を使うための基礎で自在に操作できる極地まで達した時、二つ以上の属性魔力を混在させたとしても、反発や衝突しないように操り、二つ以上の属性魔法を扱うことが出来る。


それがユキナ含め、ベテラン魔法使いの見解だ。


因みに属性魔力同士の反発すらも活用し国家を一瞬で消し去る程の火力が出せる核撃魔法というものが存在する。


雨音も水属性と雷属性を反発させた核撃魔法を使える。





「こんばんは、君が高位精霊のアマネさんかな?」


空間から突然女の人が現れた。


僕以外の三人は驚いていないみたいでむしろ当たり前みたいな顔してる。


「これは空間魔法だよ。私の魔力は空属性だからね。それから、名乗るのが遅れたけど私はウラク冒険者組合ギルドマスターのユークリッド。よろしく!」


ニカッとユークリッドが笑う。

どうやら良い人そうだ。


「よろしくお願いします。」


雨音とユークリッドは握手を交わす。


「ああそれから、これが君のギルドカードだよ。このギルドのオーブにメンバー追加されてるから、正式に君はウラクの冒険者だよ。」


そう言って、Cと表記された何かの金属で出来ているカードを渡された。


「それに魔力を流してみて。」


ギルドマスターに言われた通り、魔力を流す。

すると、空中に文字が浮かび上がった。


・登録名『アマネ』

所属,ウラク冒険者ギルド

階級,C級

種族,高位精霊(秘匿)



「とりあえず晴れて君はウラクギルド所属の冒険者だ。」


雨音はギルドカードを見つめた。






◆◇ーーー









「…っふ!」


早朝。

街全体が見える崖上の誰かに管理されているのか綺麗な廃墟の教会の庭に、鮮やかに舞うような蒼い剣閃が揺らめく。

決して速くはない、が…

一つ一つの動きが完成されている。


茂みから観察していた謎の少女のようにも見える出立いでたちをした女性は、興味本位で確認しに来たが、次第に齧り付くように眺めていた。


雨音の剣閃が空を斬る。

雨のように途切れることのない変幻自在の型。


「あ、ありえない…」


小さく、震えた声で呟く。


声の持ち主である、初代剣聖にして吸血鬼のリシア・レイヴ=グラハムはその剣術をなんとか自分で再現ができないか頭の中で思考を巡らせるが、分かることは今の自分には不可能ということだけだった。


数時間後、太陽が現れ始める。

雨音がいつものルーティーンを終え“世海”をゆっくりと納刀する。


「な、なんなのあの子…」


美しいだけの剣技や完璧と称される型、そんなものはいくらでも見てきたけどあれはその類のものではない。


理解の及ばない神業かみわざ

それを見ることができた幸運と、人智を超えた剣技に畏怖を覚えた。


「君、そこで見てると危ないですよ?」

「え?」


私が見ていた場所には既に彼女は居なくなっていた。

瞬きはしていない。

予備動作も一切無かったはず。


速い…いや、速いなんてもんじゃない。


「…で君は何者ですか?こんな早朝に、それも相当眼が良い剣士みたいですし。」


真紅の髪と空色の瞳を持つ目の前の少女?

多分16、7歳くらいだと思われる。

雨音は剣士である彼女を観察した。



「なんで、私が剣士だと?」


自分は今、剣を持っていないのにぴたりと当てられてた。

だからこそ、何故そのように思い立ったのか経緯を聞いてみたくなった。


雨音はリシアの問いに少し考えるも、当然のように答える。


「見たら、分かりますよ。」


あらゆる所作が、武人のそれだ。

目線の動き、足の指から頭のてっぺんに至るまで染みついた身軽で速度と技を磨いた武人の動き。


気配は揺らぐように捉えづらく、それでも強者特有の気配それを感じる。

最大の要因は僕の剣技に敬意を払っているように感じた。


雨音は目の前にいる彼女に「僕も眼はいい方なんですよ?」と目を指さしながら屈託のない笑みを作る。



すっかり日が昇り、朝の八時くらい。

次第に街の人たちも目が覚めたのか街中では賑わっている。


それを見下ろしながら彼女に経緯を聞いた。


「剣聖、それも始祖の吸血鬼ですか…」


確かに八重歯が発達していて明らかに尖ってい

肌は僕と同じ、もしくはそれ以上に真っ白で細いが手を全力で握ってもらうと相当な力がある。


二人は街を見渡せる崖の上の倒木に腰掛ける。

不思議と居心地がいい。


リシアは雨音の剣に魅入られたのか、まだ話して一時間も経っていないのに雨音を信頼し切っていて、それはさらに雨音の容姿や深く包み込むような魔力も後押ししていたのか無性に自分のことを彼女に話したくなった。


「昔話になるんだけどね、私は今は無き聖天教の敬虔な信徒だったんだ。」


400年前にリシアは異端審問官リシア・レイヴ=グラハムとして枢機卿の座に位置していた。


しかし魔族を狩り続けた彼女は次第に本当にこれでいいのか疑い始めて、見つけてしまったのだ。

教団は魔族を使って凡そ人間のやることとは思えない研究ごうもんをしていたことに。


その光景にリシアは、同じ人間であるはずの彼らを悪魔だと思った。

いや、実際に悪魔だったのかもしれない。


だから………

リシアは剣を手にし、犯罪に関与していた信徒達を皆殺しにした。


「それで不況を買った私を背神者として断定されて、信徒達が魔法の呪いによって最初の吸血鬼になったの。」


その結果、暴走したリシアは信徒を殺し尽くし聖天教は消えた。


結果は、もう予想できるだろう。

リシアの居場所はどこにもなくなってしまった。


だからこの廃墟になった教会のすぐそばにある古屋にひっそりと住んでいた。


その事件から200年後、歴史研究家達はそれまで殺戮者として語られているリシアは、正義のために悪事を働いていた教団を処罰した英雄に置き換えられ、後に彼女を『初代剣聖』と呼ぶことにした。


「私に残ったのは剣だけだったの。」


目的が、本懐が、悲願が、その時に終えてしまったのだ。


残ったのはヒトデナシの身体と剣のみ。

だからこそ私の、理由のない虐殺をした剣と、雨音の縦横無尽で極の境地にいる神秘の剣を重ねて羨んだ。


それと同時に私のような目的もない軽薄な剣が恥ずかしかった。


「あのように、私もなれるかな…」


ぽつりと、無意識にそう呟いた。

常人なら聞こえない微かな声、それでも雨音にはしっかりと届いていた。


「なれますよ。」


その言葉が、私にとってなにより嬉しかったんだ。



「ああそうだ、遅れましたがボクはアマネ。水の精霊王であり剣士です。」

「ああやっぱ私の見間違いじゃなくて精霊なんだ、って…ん?今精霊王って言った?」



過去に一度だけ、リシアは土の精霊王に出会っている。

人間を辞めてドラゴンレベルにまで魔力が増えたが、精霊王の魔力量を見て魂が震えた。


精霊は最も弱い階級でも、熟練の魔法使いと同じくらいの魔力総量がある。

しかも上級精霊からは自分で魔力を生成することも可能だ。




◆◇element scale

【下位精霊】


・低級精霊[rank C]

(魔力の塊のようなもので本能により行動する。殆どの者は見えない。)


・中級精霊[rank B]

(獣や虫、魚など、あらゆる生命の形を模すようになった精霊。小さい意思があり精霊にゆかりのある者や魔眼を持つ者は見える。)


・上級精霊[rank A]

(魔力を生み出すことができるようになり、知恵を持つようになる。存在が強いため、殆どの人が見えるようになる。)



【高位精霊】


・大精霊[rank S]

(人の姿形をとるようになる。様々な土地で信仰されることもあり、絶大な力を持つ)


・精霊王[rank S+]

(大精霊の中でも魔力が数十倍にも及ぶ圧倒的な存在とされる。属性ごとに一体しか存在せず、古く生きる個体はランクXと同等にもなる)


・神霊[rank X]

(驚異度は不明であり、確認されたのは史実上三度のみ。いずれも同じ個体と思われる)


_____________________



「精霊王、でもアマネはそんな魔力が多そうには見えないけど…」


リシアは魔眼で再度確認するが、平均以上程度の魔力しか見えなかった。


それもそのはず、雨音は精霊だ。

魔力操作というものを生まれながらに神髄まで理解している。


自分が精霊であると自覚してからは剣と同じくらい魔法も好きになり、魔力を隠蔽するようになった。


隠蔽を緩めると、深い海の色をした魔力が漏れで初める。


「あ、あぁ……ほんとに、」


リシアは雨音の魔力の量を直視して倒れる。

過去、体験した土の精霊王より高密度で深い魔力。


目の前の少女にしか見えない子が精霊王であると自覚した。


「ごめんなさい。大丈夫ですか?」


雨音は手を差し出し、リシアはそれを手に取って「あはは」と笑った。








◆◇ーーー








「それで、私の剣の師匠になって欲しいんだ。」


リシアは真剣な眼差しで雨音に言う。


しかし、雨音はと言えば…

あまり心乗りしなかった。

教えを通して相当な基礎を積んだ雨音であるが人に教えるのは苦手中の苦手であった。


文字通りの天才、いや怪物といっても等しい才能を持っていた。

代わりとに虚弱体質だったのだが、


「師匠らしいことできないですよ?」


懸念点はその一点。

僕は師匠のように教えが上手いわけじゃない。


中途半端に教えたところで、僕のような技術は手に入らない。

それどころか弱くなりそうにも思えた。


「じゃ、じゃあ…」


リシアはしょぼんとする。


「まあリシアは眼が良いですし見て学べそうですね。」

「じゃあ一緒にいてもいい?」


先ほどの悲しそうな表情とは一変して満面の笑みを浮かべた。

コロコロと変わるリシアの表情を見て、雨音はクスッと笑う。


「いいですよ。」


RPGだったらきっとモノローグに“リシアが仲間になった”とか現れるのだろうか。

雨音はそんなどうでもいいことを考えていた。


「今後ともよろしくお願いしますね。」

「うん!よろしくお願いします!」


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