空と海すら斬り咲いて 〜異世界に転生したTS精霊さんは最強剣士になるようです〜

海ねこ あめうつつ

プロローグ

「師匠、僕は…良い弟子でしたか?」



 病室の中寝たきりの状態で何とか少女にも見えなくはない青年は声をかけた。


 5歳の時親に捨てられて孤児になった彼は師匠である剣城つるぎ 裕司ゆうじに養子として籍に入り本物の親子のように暮らしてきた。


かなりの虚弱体質。

それでもなお生きようと足掻いて、親であり師匠である裕司に恩返しをしたいと思っていた彼は本来余命6年と言われていたが倍の12年は生きて今は17歳。


もう、とっくのとうに身体は限界だった。

彼はそれをなんとか意思の力で繋ぎ止めていたに過ぎない。


死期が、刻一刻と迫るのを感じた。


「師匠そこにいるのは分かりますよ。あはは、そんな泣かないで下さい。」


目が、もう見えていない。

だけど不思議と怖くなかった。

大切な人がそばに居て、泣いてくれて…

嗚呼なんて、心強いのか。


「僕は、強くなれましたか?」


最期に聞いておきたかった。

平和な平成の世で武道を志し比類無き強さを持つ己が師に直接言って欲しかった。


「嗚呼、この先、天音あまねは誰よりも強くなる。今は未だその道の半ばだ。」

「はは、それってまだ、死ぬなって、ことですか?」


口が、上手く動かない。

途切れ途切れのその言葉は彼が最後の力を使って発している産物に過ぎない。

心身ともに、天音は疲弊していた。


「また、会いましょうね。師匠はまだ40代でしたっけ、きっといつか、また……」


ピーと音が鳴る。

心臓のバイタルが、まっすぐな線を描きやがて、止まった。


彼はこの世を去った。


「俺より先に逝きやがって、」


202◯年 9/1 午前8時43分20秒

死因,不明の奇病











◆◇ーーー










水と空の境目が曖昧なほどに蒼く、碧い世界。

心象は漣のように揺らぎ、安らぎを与える。


ここが死後の世界なのかそれとも、臨死体験のようなものなのか、分からない。

どっちみち、自分はもう死んでしまったと考えていいのだろう。


水面を裸足で歩くと波紋が際限なく広がっていく。

この世のものとは思えないと表現する他なかった。


天音は辺りを見回し、散策する。


「刀?」


歩き続けたその先には、海のような刀身をした刀が空中に浮いていた。


「なんて、綺麗な刀なんでしょうか…」


手が思わず伸びる。

惹かれるように、いや…僕は実際この刀に惹かれている。


刀の柄の部分に触れる。

ひんやりとした感触と共に、何故か温かみを感じた。


刀と共に空中に浮かぶ青と黒に統一見事な意匠が施された鞘を手に取り刀を納める。


その刹那、世界がひび割れ崩壊していく。

それと同時に、僕の意識は途絶えた。





再び意識が覚醒すると、鬱蒼とした木々というか、もののけのたぐいでも出そうな雰囲気の森だ。


幸い、ゴスロリと軍服を足して二で割ったような群青と純白と漆黒を基調にした服を身に纏っていて………


うん、


何で僕こんなの着ているんだろ、それにこの衣装は女の子物じゃないか…


それに、先ほどの刀が腰に提げられている。


色々と何が起こってるのか分からないけど、転生とかそういうものなのかな。と考えてはみるものの、生まれ変わったにしては赤ん坊とかそんな感じじゃない。


この背丈だと140cmくらいか、


まあ難しいことは後々考えるとして…ん?


違和感、


「うそ…でしょ?」


身体は好調そのもの。

こんなに楽な状態は初めてと言ってもいい。


前世と言って良いのかは分からないけど、僕自身しか発現していない奇病に蝕まれていて更に虚弱だったころに比べればこの身体は最高調に達している。


がしかし……別の問題が発生した。


「ぼ、ぼぼぼボク女の子になってます!!!???」


いやいやまさかそんな…


甲高く透き通った女特有の声。


柔らかい胸の感触、出っ張りというかふにふにしてて、やわっこい。

それに、下半身に付随しているはずのソレが無くなっていた。


「ま、まあ…あってもなくてもあんま変わらないですし…」


あまりの身体の異変に口走ってしまう彼、もとい彼女は少し涙目の可哀想な表情をしていた。



心を落ち着かせ、再度身体の変化を確認する。

この服どうやら自分の意思で身に纏わせているみたいで、解除したら身体に吸い込まれるようにして消えていった。


なんかの粒子というかエネルギーみたいなもので作られてるのは間違いない。

何も着ていない状態でも、暑くも寒くもない最適な温度で保たれているこの身体すごい、なんて気楽に考えていた。




この森に来て(強制転移)して三日が経つ。

服を謎エネルギー、通称魔力で作成し身に纏わせる。

どうやら、同じ服しか作れないみたいだった。


そういえばずっと裸足だったけど、ゴツゴツした地面の上で踏み込んでも全く傷がついていない。

もしかしたら僕の身体自体が魔力で作られてるのかもしれない。

もしくは魔力を纏っていて傷つかなくなってるとか。


試しに大木に向かって思いっきり殴ってみる。


「せいっ!」


その可愛らしい掛け声とは裏腹に、ただでさえ魔力を沢山含んで岩のように頑丈になっていた大木が彼女の拳の威力で貫通した。

およそ人間が繰り出せる威力を超えている。

まるで大砲みたいじゃないか…


「ボク、人間じゃないのかもしれない…」


化け物じみた身体能力と反射神経、動体視力。

常に最適な温度に保たれ、傷一つ付かない。


あれ?

何も問題無いのでは?


例え人間じゃなかったとしても、病弱だった頃と比べたら願ってでも欲した強い身体。


僕は、刀に魅入られた。


病弱で虚弱で、おまけに孤児だった僕があそこまで長く生きられたのは師匠と刀のおかげ。

それは生きる希望で、憧れで、夢だ。


師匠には病弱でも技を教え込まれて、並の技量を持った相手なら例え怪力大男でも倒すことができた。


だがこの身体ならば、前世と比べポテンシャルは遥か上。

もしかしたら最強の剣士になれるかもしれない。


腰に提げた刀を抜く。

その刀身は空色や海色、様々な青に移り変わる。


一閃

横に払った剣筋が蒼く残り揺らめく。


渾心一刀の剣閃は空中に絶えず無数に描かれ続け、途切れが無く雅な所作はまるで舞のようにも見える。


まさに超絶技巧。

前世ではこの剣舞を見た者たちは、神業に類するが如き剣の雨と称した。


彼、いや彼女が会得している技は全てが雨のように表現される。

優しく激しく。

鬱しくも美しく。


無銘の蒼き刀から放たれる剣閃は際限なく変化し続ける。


「あは…」


息苦しく無い。

身体が、思うように…いやそれ以上に動く。


だけど、


涙が、流れた。


「あ、あれ…」


なんで僕は今泣いてるんだろ。

こんなに息苦しくなくて、幸せだっていうのに。


大粒の頬を伝い顎に届き涙が滴る。


「あ、うぅ、あぁ…」


嗚呼そうか…

僕は、見せたかったんだ。

この元気な姿を師匠に…


刀を振る手が止まりその場で崩れ落ちた。

どうしようもない程に涙が溢れ落ちる。


いくら精神が強かろうと師匠との今生のわかれは成人すらしていない彼女にとってあまりにも辛すぎた。


柔らかく白い手で目元を拭い呼吸を整える。


そして決別する。

嘆くのは、もうここでこれっきり。

これ以上泣いたら師匠に笑われてしまう。


一生分の涙を流した。

だから、もう泣くことはない。


「ボクは強くなりますよ師匠。」


刀を天に掲げながらそう誓った。






それから三年。


「あれから、まったく成長してません…」


勿論体術や刀の技量は格段に上達している。

しかし目の前の大木に刻まれている線、身長を測っているのだが、一向に変わらない。

毎回毎回、刻んだ場所が微動だにしない。


三年も経ったんだから少しは成長していても良いはずなのに…


「も、もしかしてこのまま一生成長しないとか!?」


前世も身長が高かったかと聞かれれば、低い方に分類されるだろう。


「あんまりです…」


雨音あまねは俯く。


この世界で新しく生まれた彼女は名前を【雨音あまね】と名乗ることにした。

まあ名乗る相手がいないのだけど。


前世は天の音で天音。

今世は雨の音で雨音。


何故名前を変えたかと言うと、一種の決心のようなもの。


ただ、


「魔物とかそのあたりは言葉が通じませんし…人間がいたとしても自分の言語が分かるとは限りませんし…」


魔物と称される動物達は等しく魔力を持っていて、魔力を持っている動物だから魔物と呼んでいるだけなのだが、風の刃を放ってきたり炎を纏っていたり、その魔力の使い方は様々だ。


「よっ!」


僕も魔力で水を生成したり弾丸のように発射してみたり魔物を凍らせたりはできるけど、それぞれが持つ固有の魔力の波長、親和性のせいで僕は炎や風、土を生み出すことができない。


色々試してみた所、水属性と雷属性なら扱えることが分かった。


もしかしたら他の属性の魔法もできるかもしれないけど僕の専門は剣士であって魔法使いではない。


ただ、雨音は精神集中時に魔力そのものや魔力の流れ、波長が見える。

そのアドバンテージは凄く、魔物が魔法を使おうとした瞬間に魔力の流れが集中するのが見えるため、魔法を撃ってくるというのがあらかじめ予測できてしまう。


故に魔法使いキラーとして自前のセンスと技を一方的に押し付けることができた。




弾丸のような速度で突進してくる巨大な猪のような魔物を軽くいなし、抜刀する。


見えざる一手。

音速を超えているのか、音が後から発生し鮮血が飛び散る。

急所に寸分違わぬ一撃が巨大猪を絶命させた。


蒼い剣閃の軌跡が余韻として空中に淡く残っている。


それからはテキパキと猪を解体していき、皮や肉、骨に分けていく。

魔法により超高水圧カッターを再現しているのか、猪は一瞬にして綺麗さっぱり解体されていった。


「かれこれ猪さんにはお世話になっております。」


思えば雨音が最初に出会った魔物だ。

三ヶ月くらいなんにも食べて無かった時に、現れてお肉になってくれたありがたーい存在である。


焚き火をつけ、それを石で囲みその上に平たい大きな石を乗せて植物から採れた油を敷く。

石版が次第に湯気を出し、熱くなっているのが分かる。


油が広がるのを確認した雨音は、そこに先ほどの猪の肉を置いた。


ジュワアアと音が鳴り、雨音は思わずごくりと唾を飲み肉が焼ける様を見つめる。


「では、いただきます!」


はむっ!

そんな擬音語と共に肉に齧り付く。

簡素ながらも油の乗った贅沢なお肉は雨音の舌鼓を打った。


最高に美味しい。


まだまだ沢山お肉は残っている。

幸い魔法で作った氷室には大量に解体された鹿や猪、熊に、よく分からない魔物達が保管されてある。


この身体は多分一切飲み食いせずとも問題無い丈夫さがあるが、それでも美味しいものを食べると幸せな気分になれるのだ。


ただやっぱり独りで食べるよりも誰かと一緒に食べた方がきっともっと美味しくなるのかなあなんて…

贅沢すると際限なく贅沢を求めてしまう自分をなんとか抑えていた。


雨音が少しばかりの孤独を感じていたそんな中…


「こんなところに、子供?」


男の低い声が鮮明に聞こえた。


背後を振り返ると二人組のパーティ、随分と殺気立っているというか…

肉に夢中になりすぎてその気配に気づかなかった。


見た所、戦士と杖使いと見受けられる。

杖使いはもしかしたら魔法使いなのかもしれない。そんなどうでもいいことを雨音は考えていた。


それにしても言葉が分かることが分かって良かった。


「待ってあの子、高位精霊かも…この魔力量はドラゴンにも匹敵するわ!」


二人は一気に警戒の色に染まる。


貴族のような出立いでたちと身なりが魅了される程様になっており、絶世の美少女と言ってあまりある透き通るような白銀の髪と群青の瞳を持つ目の前の少女に、二人は武器を突きつけた。


「えと、とりあえず落ち着いてください。お肉食べます?」


雨音のその空気を読まない発言に、


「「は?」」


二人は揃って唖然とした。







◆◇ーーー







「もぐもぐ、んぐ、ガラシャさん達は冒険者なんですか?」


お肉を頬張り飲み込んだ雨音はガラシャと呼ばれる男にそう聞いた。


「まあそうだな。それにしても黄昏の大地にアマネみたいな子がいるとは思わなかった。」


黄昏の大地。

様々な国から特大危険指定されている禁足地である。


「ガラシャ、その子は高位精霊なのよ?ランクSの魔物以上の強さを持ってるの。だから例え黄昏の大地にいたって全くおかしいことじゃないわ、はむ!」


杖使い…じゃなくて魔法使いのユキナはジト目でガラシャを見ながら猪の肉を頬張る。


「ユキナ、精霊ってなんですか?」


先ほどのユキナが言っていた精霊という単語。

大体予想はできるけれど、精霊が存在するとは思っていなかった。


「え、知らないの!?」


雨音はユキナにそう聞いてみると、ユキナは驚愕の顔に染まるものの、俯いて考え込む。


「まだ生まれたばかりの精霊なのかしら…精霊は澄んだ高密度の魔力から生まれるって言われていて、一部の国や集落では信仰対象にもなるのよ。」

「ふむふむ、」


ユキナは肉を突きひっくり返す。


「で、精霊は主に低級精霊、中級精霊、上級精霊の三つに分けられるんだけど、さらにその上の圧倒的な魔力と知恵と意思を持っている精霊を我々は高位精霊と呼ぶの。」


例え低級精霊であっても魔物の強さに換算したらランクC。

並の者であれば太刀打ちすらできない。


低級は精霊に分類されるものの、魔力の塊のようなものだ。

自然にまつわるなんらかの現象を本能で引き起こすことがある。


中級になると少しばかりの意識のようなものが芽生え、動物のような身体を持つことが多く、魔力の量が低級に比べて格段に増え魔法を幾つか使いこすこともできる。


上級精霊は中級と比較にならないほどにレベルアップした存在。

ランクA最上位の強さがある。


ユキナはそう語る。


雨音はなんとなく精霊について理解した。


ユキナは続け様に、


「高位精霊の中には精霊王だったり、神霊とまで呼ばれる者もいるけれど、そんな存在は例え寿命の長いエルフでも一生に一度会えるかどうかなの。アマネちゃんは…精霊王のようだけれど、」


雨音を見ながらしみじみと呟いた。


高位精霊はランクS+認定される。

そんな高位精霊の中でも群を引いて圧倒的な精霊王。


ユキナは魔力を目視できる魔眼を持っているS級冒険者で、自身が持つ魔力量は人類の中でもトップクラスに多いが、雨音が持つ魔力量は人智を超えている。


最初はドラゴンぐらいだと思っていた。

だが、よく魔眼で見れば古龍と遜色ない魔力量。


たった一度だけ、ガラシャとユキナは古龍に遭遇している。

その際に見た、心身に支障をきたし気絶する程の魔力。


彼女は頻繁に魔眼を使わないため、最初は雨音の魔力量を見誤った。


一見、雨音は人畜無害の少女に見える。

それでも魔力を感じ取れるものなら異様なほどに漂う高密度の魔力を警戒するのも無理はない。

魔眼で見てしまえば尚更だ。


「それにしてもアマネちゃんはよく魔力を制御できるわね…」


雨音が魔力操作の練習のため、魔法で作っている水でできた本物と見間違うほどの魚群を見てそう言った。


「まあ精霊王ならそのくらいできるんじゃないのか?」


ガラシャは戦士だからその凄さが分かっていなかった。

案の定ユキナは呆れた顔をする。


「魔力量の多い人が魔法が苦手なんて常識じゃない!」

「魔力の愛子いとしごとされる精霊に当てはまるのは無理があるだろ、」

「それもうね…」


ガラシャの言葉に納得したユキナだった。


この二人、仲良いなあ…

側から見ていた雨音は肉をつつきながらそう思う。





「ふぅーお腹いっぱいです。」

「凄い食べっぷりだったな、精霊も肉を食うだなんてびっくりしたぞ。」

「そうですね、何かを食べるということはあんまり必要ないんですがやっぱり美味しいもの食べたいです。」


この身体になってから、生理的な欲求が尽く消えた雨音にとって食事は趣味嗜好みたいなものになっている。

実際寝ずにずっと修練してるし。


まさか、背が伸びなかった理由って精霊だからなのかも?


少しショックである。


「そうだアマネちゃん!私たちの街にこない?」


ユキナが唐突に言う。


「ユキナたちが住んでる街、ですか?」


そう聞き返すとガラシャとユキナは頷いた。


「私たちの街は辺境にあるんだけどね、王都並みに栄えてるのよ?美味しいものが沢山あるわ!」


ユキナは力強く言う。


僕もこの世界の街は気になっていた。

強い剣士とかいるのかなあ…なんて、


ユキナ達が拠点にしている辺境の街はウラクと言って、ハイロッド王国最西端に位置している。

気候も穏やかで過ごしやすい、代わりにランクC以上の魔物が沢山居るのだとか。


ガラシャもユキナもS級冒険者で最高峰の冒険者だからその程度の魔物には遅れを取らない。


「アマネが冒険者になったらすぐにS級、いや、X級冒険者になりそうだな。」


ガラシャは割と大真面目な顔で雨音に言う。


冒険者には階級制度があり、五つの項目で試験を達成すれば階級が上がる。

試験の項目はランクが上がるごとに難しくなる。


・純粋な強さ

(試験官との戦闘、または特定の魔物の討伐)


・依頼の達成率

(その階級での依頼で80%以上の達成率の保持)


・冒険者として活動する頻度

(三週間に一回以上依頼を受ける。長期依頼中は除く)


・依頼の達成水準の高さ

(依頼側の満足度や指名依頼の多さから判断される)


・依頼への対応の幅の多さ

(依頼は主に五種類あり、護衛、討伐、採取、雑務、研究など幅広い対応が可能)



これをクリアすることで、ようやく冒険者の階級を上げることができる。


冒険者の階級は、見習いの『F級』から始まり、


初心者に毛が生えた程度とされる『E級』

冒険者に最も多い階級で一人前の『D級』


才能ない冒険者の努力の限界、中堅の『C級』

熟練冒険者もしくは超新星の『B級』


天賦の際を持つ第一人者レベルの『A級』

魔境、人の限界到達地点『S級』




そしてS級の中でも圧倒的に飛び抜けた才能と技量を持つ、冒険者最強の階級。

その称号は一国の王の権力すら及ばなない



ーーーようこそ人智の外側『X級』へーーー






ガラシャは説明が結構上手くて分かりやすかった。



「ボク、冒険者になります!」

「じゃあ決まりね!」


と、いうわけでユキナ達が住んでいる辺境の街、ウラクに行くことになった。


ガラシャもユキナもS級冒険者というだけはあって、今現在は車よりも街まで速く走ってる。


辺境ウラクの冒険者ギルドにはそんなS級冒険者が四人、X級冒険者が一人いるらしい。


森の中だっていうのに凄いなぁ…


そんなことを思っている雨音も大概である。


「よし、境界が見えたな!」


明らかに魔力の濃度が減ってきていて、ガラシャのいう境界を超えた瞬間、まるで世界が変わったかのような体感。


「やっぱ黄昏の大地は魔力の疎い俺でもキツイわ。ユキナは大丈夫そうか?」

「え、ええ…なんとかね。」


人の身体では黄昏の大地の魔力濃度が高すぎるせいで、体制がない人が入ったら一瞬であの世行きする。

そのため調査に入れるのはA級冒険者でもランキング二桁以上が向かう。


調査は一年に一回、辺境の街ウラクの冒険者ギルドから依頼が出される。


ガラシャとユキナは一週間以上、黄昏の大地で調査をしていたが限界寸前の所で僕と出会ったのだとか。


「よし、こっからは飛ばすぞ!」


ガラシャはユキナを背負い、一段とスピードを上げた。

黄昏の大地を抜けて明らかに顔色が良くなってるのが窺える。


「凄い速いですね!」


負けじと雨音もガラシャと並走する。

その光景にユキナはドン引きしていた。


戦士として大いなる活躍をし、S級冒険者きっての身体能力を持つガラシャに並走できていること自体がおかしいのだ。

いくら精霊王とは言っても、身体能力より魔力や魔法の使い手としての面が優れているはずなのに…

雨音は魔力で身体強化をしている様子は無い。

つまりこれが素の身体能力ということになる。


「はは!精霊王ってのは化け物か?」


ドン引きしているユキナとは引き換えにガラシャは嬉しそうな表情で笑う。


「ボクは精霊云々以前に剣士ですから、身体能力には自身があります!」


腰に携えている刀【世海せかい】に目を配る。


一年前、つまりこの世界に輪廻転生して二年目。

この身体への理解を進め、刀の力を完全に引き出せる練度に達した時、ふと刀の名前が浮かんだ。


その時魔力が、まるで海が大渦を作り出すようにして刀の周りに発生し、静まったと思ったら刀身に“世海”の銘が刻まれていた。


「精霊が剣士って聞いたことがないわ…」


ユキナは雨音が所持している剣を見つめる。

国王の献上品にも、このように美しい意匠の武器はないであろう天上の作品であることは出会った当時に既に理解していた。

深みのある青と黒の色合い、無駄を削ぎ落とした優美な形状。


「やっぱそれ剣だったのか!見たことのない武器だったから確証が無かったが…ずっと聞きたかったんだよ」


ガラシャは戦士だ。

それゆえに武器への理解は深い。


雨音が携えている剣が美しいというだけではなく、神の一振と言ってもいい程の業物であると理解していた。


「これは刀と言いまして、斬ることに特化した剣です。」


雨音は簡易に説明する。


それから雨音とガラシャは一旦止まり、雨音は“世海”を鞘から抜いた。


海のような刀身。

薄く鋭い刃、波のように揺らぐ波紋がより一層刀身の美しさを際立たせる。


ガラシャもユキナも、その刀身に釘付けになった。


「すげえな、いや、これは…何だこれ、伝説のエルダードワーフの鍛治師でもこんなの打てないぞ、」


ガラシャは奇跡に奇跡を重ねた神の如き一振、そして常軌を逸した芸術としてその刀を評価した。


「凄い…魔力が均一に、それも果てしないほどの純度で帯びてるわ。」


ユキナは魔力を通して真の力を発揮させるマジックアイテムの中でもロストテクノロジーとされるアーティファクトと評価した。


二人とも、S級冒険者として数えきれない武器を見てきたから自信を持って言える。




「銘は“世海”と言います。」


天音は鞘を持ち、刀を払う。

ごく自然に、基礎とも言える手慣れた納刀をするその様が、二人には雨音が剣士として途轍もない技量を持っていることを理解した。


S級まで登り詰めた二人だ。

最高峰の剣士を複数知っているし戦ったこともある。

だが、目の前の少女は更に上の領域に居ると思えた。



病弱、虚弱。

そんなデバフを背負いながらも天音は剣技の極地に達した。

元々常軌を逸した天才だった彼は、努力を惜しまず常人なら血反吐を吐くような鍛錬し続けた。


そのデバフから解放されて更に強化され、三年でこの身体を馴染ませ、技を昇華させたんだ。


剣城つるぎ 天音あまね改め、

剣城つるぎ 雨音あまねは眼を瞑り、決別した師匠を思い浮かべる。




「ボクは、もっと強くなりますよ。」


アマネはそう言って可愛らしく笑った。

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