【三章:穿つ運命。】


「……は」



 振り上げていた剣は、いつの間にか俺の指から抜け落ちて血溜まりの中に沈む。

 

 俺は盾を放りその場で膝をつきながら、彼女を抱き抱えた。


 どういう事だ? 何故テラに、王印が?



 状況が読めず狼狽する俺の頬へ、血に塗れた指先が触れる。


 今にも掻き消えそうな、か弱い熱。

 

 その熱は、はじめて会ったあの時を思い起こさせ、俺は呆然と彼女を見つめる事しか出来なかった。



「ふふ。そう驚く事も無いだろう。見た通り、私は王の所有物だ。もう用済みなようだがな」


「用、済み……?」



 俺の問いに、彼女が応える。


「言い訳に過ぎない戯言も含まれるが」と、前置きをして。




 ※



 

 彼女は、元より前国王の良き親友として、関係を築いてきた竜だと言う。


 しかし、前国王はルークの差金により暗殺される。


 国王にしか扱う事の出来ない禁忌の力──「王印」を欲していたルークは、その力を無理やり継承させ、テラに刻み付けた。


 彼が欲したのは、竜の力と、その素体。


 竜の血には、古来よりこの世ならざる力を与えると謳われており、その力を有する事で他国への牽制、主導権イニシアチブを得ようとしていた。


 その結果生まれたのが、竜の素材を使った武器。 


 俺が渡された剣や盾には、竜の牙や爪、鱗や血液が使われており、竜の素材を組み込まれた武器は所有者に絶大な力を与えた。


 それら竜の素材は全て、ルークが彼女テラに産ませた、竜の子供だった。


 人になれた彼女を弄び、無理やり竜の子を産ませ、殺し、己の私利私欲の為だけに竜の子を解体し、武器に落とし込んだ。


 そこに彼女テラの感情は、一切含まれていない。


 彼女は国王から王印を刻まれ、欲望の捌け口にされ、子を奪われ、殺され、道具にされ。


 そして村を襲わせ、生き残りであった俺に、用済みとなった彼女を始末させる為に情報を流した。


 全て、上手くいっていた。


 全ては王の、掌の上だった。



「嘘だ」



 俺は言った。


 認めくなかったから。



「事実だよ」



 彼女は言った。


 死ぬ寸前の竜は、かつて愛した女と同じ姿で、血を、熱を吐き出しながら。



「──嘘だと言えよッ!!」



 俺は叫んだ。


 もはや叫ぶ以外に、何をすればいいのか、どうしたらいいのか、わからなかった。


 そんな俺に、彼女は優しく笑いかけた。


 村にいた時と同じ、優しくて、温かい笑顔を。



「……私が石碑の前にいた理由、言ってなかったな。あそこに眠ってるんだよ、我が同朋が。あの時、偶々ルークの監視下から外れた時でな。命からがら抜け出したんだ。……そして、君と出会った」



「あの時は楽しかった。何より嬉しかった。竜である事実を知らずとも優しく迎え入れてくれた事が。友と過ごした日々を思い出したよ」



「しかし、王印は呪いだ。言い訳にしかならないが、村を襲ったのもその呪いのせいさ」



「竜に襲われたとなれば、王国近辺の村や町は、王国から騎士を派遣するしか無くなり、高い税収がかかる。結局、村に住む人達を守る気なんて、更々ないんだよ」



「全部、奴の掌の上さ。私は奴に、全てを奪われた。友を、子を、そして愛する者を。……だからこれは、せめてものの抵抗だったんだ。誰も来ないような場所で死のうって」



「けど奴は、それすらも許してくれないらしい。まさか、君が来るなんて思いもしなかっ──」



「黙れ」



 テラを抱き締める。


 失われていく熱を、血を、塞ぐ為に。



「黙ってくれッ……」



 無駄な足掻きだった。


 抱き締めた所で、血は止まらない。


 消えゆく熱は、戻らない。 



「頼むからもう、喋らないでくれ……」



 嗚咽を抑え、声を振り絞る。


 泣かないように、涙を流さないようにと堪える。

 

 彼女をここまで痛めつけた俺に、涙を流す資格は無い。


 けど、そう思えば思う程に、両の瞳から溢れる涙が止まらない。止まってはくれない。

 


 彼女は、そんな俺の涙を拭いつつ……最後の力を振り絞るように、口付けをした。



「テラ……」


「フォリア、泣くな。これはもう、決められていた事なんだよ。王印を刻まれた時点で、私の運命は確立していた」


「だからフォリア。これは君にする最初で最後のお願いだ。──どうか、復讐なんて考えず、私を忘れ、王国を抜け、何処か平和な場所で、暮らしてほしい」


「──君だけはどうか、この呪われた運命から、解放されてくれ」



 頬に当てられていた指が離れ、血溜まりの中へと沈んだ。


 系が切れた人形のように。静謐で、そしてどこか作り物じみた笑顔を浮かべたまま、彼女はそのまま、息を引き取った。



 俺は暫く、茫然と彼女の死に顔を眺め、亡骸を背負い、歩き出した。


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