第8話 王子と王女
夏のイベントの一つであった夏祭りが終わり、平穏な毎日が幾度となく繰り返される中、ティアナは少しばかりの不安を感じていた。
そんなティアナの元に自身の騎士の一人であるヴィルが訪れたのは、麗らかな昼過ぎ頃。
茶色の木製のドアを2回ほどノックしてから、ヴィルは部屋の中にいるであろうティアナに告げる。
「殿下、失礼します、入りますよ」
「ええ」
ティアナの返事を聞いてから、ヴィルはそっとドアを開けて、部屋の中に足を踏み入れる。ティアナはヴィルを見るなり、優しい笑みを浮かべる。
「殿下、こちら今日の業務報告書になります」
「ありがとう。後で確認するわね」
「はい。それでは失礼します」
ヴィルは軽く会釈し、部屋から出ていく。ティアナはそんなヴィルが出て行った茶色いドアを見つめてから、机の上に置いてあり、積まれている仕事関係の書類にペンを走らせるのをやめて、手に持っていたペンを机の上に置く。
「はあ、疲れたわね」
ティアナはため息をついてから、そっと腰を下ろしていた席から立ち上がり、部屋にある窓の前まで歩み寄る。ティアナは外の風景を見つめながら懐かしい過去のことを思い出し始める。
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リースティアヌ王国の第一王女であるティアナ》の実兄である第一王子サクヤ・ヴァロラルドは、容姿がとても良く、人を惹きつけるカリスマ性を持ち合わせた人物であった。
そんなサクヤ王子の妹である私は、誰からも好かれ、愛されるサクヤ王子殿下に対して、当時はとても羨ましく思っていたのだ。
サクヤ王子とは3つ歳が離れていた為、幼い頃は可愛がってもらっていたが、私が14を迎える誕生日の日を境に、何故かサクヤ王子は私のことを避け始めた。
当時の私は、サクヤ王子がどうしていきなり、自分ティアナのことを避け始めたのかを考えても、わからなかった為、直接本人に聞きに行ったのである。
「サクヤお兄さま、どうして、ここ最近、私のことを避けるのですか?」
私がサクヤ王子にそう問い掛けた時、サクヤ王子はとてもつらく、悲しそうな顔をしていたことを今でも覚えている。
「ティアナ、ごめんな。今の俺は、自分の中で湧き上がる良くない負の感情にかられて、大切な妹であるティアナ、お前のことを傷つけてしまいそうなんだ。だから、傷つけてしまう前に距離をおき、避けていた」
「そうなんですね、わかりましたわ。サクヤお兄さまの気持ちが落ち着くまで、私は待ちます。だから、落ち着いたら、また、遊び相手になってください!」
「ああ、勿論だ。ティアナ、お前は、きっとこれからもっと、立派な王女になる。だから、頑張れよ」
サクヤ王子と会話をした翌日から、サクヤ王子のことを城内で見かけることは少なくなった。きっと、私と距離を置く為だろう。
サクヤ王子が私と距離を置き始めてから、2年という月日が流れ、私は16歳の誕生日を迎えた。
「ティアナ、誕生日おめでとう。もう、お前も16か。早いものだな」
自分ティアナの父親であり、リースティアヌ王国の国王ロレンツェからの祝いの言葉に、ティアナはぺこりとお辞儀をしてから、返事をする。
「ありがとうございます。陛下、私はこれからより一層、色々なことを学び、人としても、王女としても成長していきますので、見ていてくださると嬉しいです」
「ああ、勿論だ。それと、ティアナ、お前に言いたいことがあって、今日は呼んだんだ」
ロレンツェは優しい笑みをこぼしていた顔を引き締め、ティアナの顔を見つめる。
ティアナはロレンツェの真剣な顔を見て、何を言われるのだろうか。と少しばかり緊張する。
「お前を次期国王に使命しようと思っている」
「わ、私をですか?」
「ああ、そうだ」
ロレンツェの肯定に、ティアナはロレンツェが次期国王に、自分を何故、使命しようと思ったのかわからないというように、無意識に首を傾げる。
「お前は王として、一番相応しい人間だと私は判断したのだ」
ティアナはロレンツェの言葉に納得が出来なかった。自分よりも優れているサクヤ王子殿下の方が、王として国をより良くできる人間に相応しいはずなのに。
「私よりもサクヤ王子殿下の方が王としての素質を持ち合わせていると思います」
「サクヤか、そうだな。サクヤを次期国王に指名することも考えたが、一つ難点があったのでな。お前を指名することにした」
ロレンツェが言ったサクヤの難点とは一体、何なのかが気になったが、聞くことはしなかった。その後、謁見の間を後にした私は自身の騎士、侍女から16歳の誕生日を祝われた。
誕生日の日はあっという間に終わったが、ロレンツェ陛下から言われた『次期国王に指名しようと思っている』という言葉が頭の中から離れることはなかった。
後から陛下から聞いた話によると、サクヤ王子殿下が私と距離を置いたのは、嫉妬だという。次期国王に指名するということを陛下から先に伝えられていたサクヤ王子殿下は、自分の方が王に相応しいのにと思っていたらしい。
「今となっては懐かしい思い出ね」
ティアナは窓の外の景色を眺めながら、独り言のように呟く。
今はサクヤ王子殿下から避けられることもないが、あの頃は避けるという行動がサクヤ王子殿下にとっては一番、最善だったのであろう。
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