第7話 夏祭り[後編]

 アリーシェが王都の街を巡回していると、明らかにお忍びで歩いているティアナとアリーシェと同じくティアナの騎士であるヴィルを見掛ける。アリーシェはティアナ達の元まで、駆け寄りティアナに声を掛ける。


「殿下、王都に戻って来られたのですね」

「あら、アリーシェ。ええ、今は私も祭りを満喫している所よ。アリーシェ、貴方は仕事中?」

「はい、ヴィル先輩に任されたので」


 アリーシェはそう言い、ティアナの側にいるヴィルを見る。


「アリーシェ、申し訳ないな。本来なら王都の巡回を任されていたのは、俺だったんだが」

「いいえ、大丈夫ですよ。むしろ、頼ってくれて嬉しいです」


 ティアナはアリーシェとヴィルの会話を見て、少し眉間に皺を寄せる。アリーシェはそんなティアナの一瞬の表情の変化を見逃さなかった。


「では、また巡回して来るので。殿下達はお祭り満喫してください」

「ええ、また後でね。アリーシェ」


 ティアナとヴィル。二人と別れて歩き出してから、アリーシェはふと思っていたことを口にする。


「もしかして、殿下はヴィル先輩のことが…… いや、まさかね」


 それはないなと一人でに思ったことを否定する。身分違いの恋なんて、報われるはずがないのだから。



 その頃、サクヤは自身の騎士であるルイーズを連れて、賑わう王都の街並みを歩いていた。


「はぁ、せっかくの祭りだというのに、側にいるのがルイーズ、お前だなんて……」

「私は殿下の騎士なので、側に居なければなりません。それに、殿下が恋しく思っているアリーシェも、王都にいるかと思われます」

「な!? それは本当か?」


 サクヤは驚いた顔をし、隣を歩くルイーズに勢いよく顔を向ける。ルイーズはそんなサクヤに対して頷き返し、会話を続ける。


「はい。ヴィルの代わりに王都の巡回を任されたみたいなので。今は王都の巡回をしている最中かと」

「なんだと、探さなくては」

「殿下、業務妨害だけは辞めてくださいね」


 ルイーズはサクヤに釘を刺したが、サクヤはそんな事などお構いなしに、王都にいるであろう愛しのアリーシェを探し始めた。



 正午を知らせる王都にある時計塔の鐘が鳴り響いてから、少し経った頃、アリーシェは騎士を連れて歩くサクヤに偶然にも遭遇する。


「アリーシェ! 会いたいと思っていたら会えるなんて、やはり運命の糸で繋がっているんだな。俺達は」

「そうなんですね。サクヤ王子殿下」

「アリーシェ」


 サクヤに名を呼ばれたアリーシェは、『はい。何でしょう?』と返事を返すが、目の前にいるサクヤがアリーシェの手を優しく掴んだことにより、アリーシェはえ?と困惑した声を上げる。


「良ければ、一緒に回らないか?」

「殿下、その手をお離しください。アリーシェは今、仕事の最中ですので、一緒に回ることはできません」


 側にいたサクヤの近衞騎士であるルイーズは、アリーシェの手を掴むサクヤの手をそっと掴んで、引き離す。サクヤはルイーズの顔を見て、眉間に皺を寄せるが、ルイーズはそんなサクヤを見ても表情を変えることなく、目の前にいるアリーシェを見て告げる。


「アリーシェ、巡回、お疲れ様。すまないな、殿下はアリーシェと回りたいみたいだが、私が殿下と回るから問題ない」

「はい、大丈夫ですよ。ルイーズ先輩も大変ですね」


 アリーシェの言葉にルイーズは苦笑する。そんな二人の会話を側で聞いていたサクヤは、面白くなさそうに口を開く。


「おい、俺の存在を忘れていないか? ルイーズ、お前、いくら役職が同じだからって、そんな親しげにアリーシェと話すな」

「はあ、殿下は本当にめんどくさいですね」

「俺はめんどくさくないぞ!!」


 サクヤがそう声を上げるのと同時に、ルイーズはサクヤの後ろから、背を押して、半ば強引にこの場から立ち去るべく、歩き出そうとする。


「おい、ちょっと待て! 背を押すな。俺はまだ、アリーシェとそんなに話してない。話しをさせてくれ、ルイーズ」

「殿下、先程も申しましたが、アリーシェは、今、巡回という仕事中なので。アリーシェと話すのは今ではなく後にして下さい」

「くっ…… とても嫌だが、仕方ない。アリーシェ、仕事頑張れよ。また、後でな」


 アリーシェにそう告げてから、サクヤはルイーズと共にその場から立ち去って行く。アリーシェはそんなサクヤとルイーズの姿が人混みに紛れて見えなくなるで見送ってから、再び、歩き始める。


 夏祭りで賑わう王都の街並みを歩きながら、アリーシェは通り過ぎて行く家族連れを横目に見て、ふと思う。


(お母さん、お父さんは元気にしているだろうか)


 王女の騎士になってから、忙しくなったという理由で、あまり家に顔を出すことが出来ていなかった。


「時間があったら、久しぶりに顔を出してみようかしら」


 アリーシェは独り言のようにそう呟き、足を止めて、晴れ渡る青白い空を見上げる。晴れ渡る空の下、今日という1日がゆっくりと過ぎていこうとしていた。

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