第4話 躑躅ヶ崎事務所

 完全にラリっているケンジとコウスケが奇声をあげながら自転車をすっ飛ばしていく。この地方で馬はなかなか手に入らない。だから、庶民は自転車を使う。馬をすっ飛ばせるのはシンネンの手下くらいのものなのだ。そういえば、先ほどの村の襲撃で、村人はシンネンの手下が乗っていた毛並みの揃った綺麗な馬を1頭、捕らえていたが、ラリった村人たちは解体して焼いて食ってしまった。ただ、生かしておいたところで、手負いの馬だったので使い物にはならなかったろう。



 ケンジとコウスケは、カマナシガワのほとりまでやってきた。カマナシガワは大きな川で、橋をかけても流されてしまうので、渡るためには舟を使うか、浅いところを徒歩で渡るしかなかった。ケンジとコウスケは、渡し賃も持っていなかったので、鷺が多く立っているところを見定めて川を歩いて渡った。


 9月の水は冷たかったが、ふたりともラリっていたので特になんとも思わなかった。


 川を渡ってしまえば、あとは畑ばかりの平地が延々と続くだけだ。二人はあっという間にコーフの、ツツジガサキ事務所の前に到着した。ツツジガサキ事務所は田んぼの中にそびえ立つ4階建ての鉄筋コンクリートビルで、お世辞にもきれいとは言えない。入口には辛うじて「カラオケ」と書いてあるのがみてとれたが、その語の意味は誰にもわからなかった。言い伝えによると、昔はこういうビルがコーフにたくさん立っていたらしい。このビルもそんなビルの1つで、今は建材を木で補強して使っている。

 いたるところにヒビ割れの入った建物だ。これが半グレヤクザでヤマナシの領主・タケダ=シンネンの本拠である。



 ケンジは事務所の前につくと迷わず下半身を露出し、一階の郵便受けに小便をしながら監視カメラに向けて

「殺しに来たぞぉ!」

と叫んだ。返事はない。仕方ないのでケンジは、持っていた角材で一階の扉をガンガン叩いた。


***


 シンネンは、ビルの最上階で、ぶつぶつ文句を言いながら帳簿と向かい合っていた。というのも、雇っていた税理士が昨年、米俵三十個ぶんをちょろまかして逃げてしまったからだ。


「くそったれ、アイツを見つけたらただじゃおかねえ」


シンネンは毒づいた。税理士はまだ見つかっていない。


シンネンが80回目くらいの文句を口にしたそのとき、警備員がシンネンの部屋のドアをどんどん叩いて言った。


「玄関から侵入しようとする者が!」

「なに?出入りをかけられたか?」

「いや…というよりは、おそらくキ印かと…」

「何を言ってるんだ。いいからひっ捕らえてこい。」


警備員はケンジたちを捕らえにいった。


 さて、「無敵の人」という言葉がある。

ケンジとコウスケは全能感の真っ只中。そういった、全能感の只中にいる人間を制圧することはほぼ不可能に近い。彼らはリスクとリターンのバランスを一切考えずに行動するからだ。


 警備員は嫌そうに玄関に出ていった。

ケンジが言った「おい!シンネンを出せ!」

コウスケも、「アヘン、あるんだろ!イライラしてきた」

と絶叫する。2人は服を脱ぎ捨てて警備員をボコボコにすると、2階に上がっていった。2階にはいくらかの米俵がおいてあった。コウスケが言う。

「なあ、こいつを分捕ってとっととずらからないか?」

「いや、シンネンを殺してからにしよう」

ケンジは最上階につくと目の前の重いドアを開けた。

そこでは、タケダ=シンネンが、書類机の前に、座っていた。

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