第2話 旅の僧
村の外れまで来たところでようやく旅の僧の背中が見えてきた。コウスケが自転車を止める。
「ちょっと、あなた」
「ハルマゲドンについて、聞かせて頂けますか」
ケンジが馬鹿丁寧に言った。
ひげもじゃで、ひだのある変な服を着た僧が応えた。
「あなたも教えにご興味がおありですか!では、あなたは、今生で最も大切なことはなんだと思いますか」
ケンジは無視した。
「なあ、あんたの名前は」
「私ですか?カイセンと申します。浮世では、快川国師の名前で通っております。なんでも昔同じ名前の偉い坊さんがいたらしいですが、よくわかりませんな」
「よく喋るジジイだな。カイセン?聞いたことねえ名前だ。あんた僧だろ?空中浮遊とかできるのか」
「空中浮遊?ああ……いいですか、ダルドリー・シッディ、まあ凡夫は空中浮遊などといますが、これはヨーガの高位者が、平たく言えばですね、そのエネルギーを……」
「できるのか?とっとと言え!空中浮遊できるならお前の教えとやらを聞くからよお」
カイセンは右手に角材を持っていた。
「分かりましたよ、やってみせましょう」
「どうせなら村長にも見せたいんだ。村に来てもらえるか」
「そういうことなら」
カイセンは歩きにくそうな服を着ている割にはスタスタと早く歩いた。どうやら目が悪いらしく、たまに道に躓いたりした。
2人はカイセンを再び村に連れてきた。
カイセンは自信満々に言った。
「さあ、それではお見せいたしましょう。聖者による奇跡の空中浮遊!」
「そらっ!」
カイセンが膝に力を入れて飛び跳ねた瞬間、ケンジの振りかざした投網が空を舞い、カイセンを捉えてがんじがらめにした。
「お前、シンネンの手下の様子をどれくらい知ってる?」
ぐるぐるに縛られたカイセンにケンジが聞いた。
「ずいぶん手荒だねえ」
コウスケはカイセンの傷に薬草を塗り込んだ。この程度の傷にアヘンを使う必要はない。
「お前、シンネンの様子をどれくらい知っているんだ」
カイセンは口籠ったが、コウイチが張り手を食らわすと
「むかしシンネンに仕えていたので、少しは知ってるよ」
と投げやりにいった。
「クソッ、なぜ誰も真理の教えに帰依しようとしないんだ。この末世だからこそだな……」
ケンジはカイセンがぶつぶつ言うのを無視して聞いた。
「うちの村の取り立てはいつやってくるんだ」
「さあ、わからないが、ここに来る前に隣の村でシンネンの手下を見たから、明日には来るんじゃないか?」
「なんだって!明日だと」
「明日までに準備をどうすればいいんだ」
コウスケが口を開いた
「やつらが隣村に泊まったなら、ここに来るのは早朝だろう。そこに奇襲をかけるのがいいんじゃない?」
「それしかないな」
段取りはトントン拍子で決まった。
まず、ケンジとコウスケが村の若い衆を集めて、武装させる。
村はずれの道が鍵の手になったところに、薬師堂と墓地がある。そこに夜まで隠れておく。墓石の後ろに隠れれば見つからないだろう。タケダ=シンネンの手下どもはロケットランチャーを持っているが、武器が使えない状態でリンチすれば勝てるとケンジは確信していた。
そこで、手下どもが通りかかったらまず全員でよってたかって馬を動けなくする。とにかく近距離で攻撃してロケットランチャーの優位性を無効化するのだ。そして馬から引きずり下ろしたらボコボコにリンチだ。ケンジは頭が悪いのでこんな小難しいことを考えられないが、彼の思っていたことを言語化するとこんな感じだった。
「よし、角材もって村の若いもんは集合!」
その日の深夜、村の外れに若い衆数十人が集まった。靴屋の息子のコウキは、隣村の娘に夜這いをかけようとしていたのをしょっぴかれて来た。水車屋の息子のサトシは、貴重な建材である角材を持ってくるのが惜しかったので、墓地の卒塔婆を引っこ抜いて角材の代わりに振り回している始末だ。とんでもない祟りを受けそうである。こんな具合で、若い衆の士気は甚だ低いが、皆、年貢の取り立てが怖いので夜襲をかける決意を決めていた。
東の空が薄っすらと明るくなってきた頃、ケンジが小声で言った「馬の足音が聴こえる!くるぞ!」
シンネンの手下たちが村の外れのお堂を通り過ぎようとしてその時、うつらうつらしている仲間たちにも聞こえるようケンジが大きな鬨の声をあげた。
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