第55話 ファーストキス
もう何も考えられない。
ただ、この時間がずっと続けばいいと、それだけ浮かんだ。
しかし、詩乃は大胆だった。
少しずつ俺の体に触れてきた。
「……」
「詩乃、くすぐったい……」
「ご、ごめんね」
「いや、いいんだ。それより、学校はどうだ?」
「とても楽しい。こんな幸せいっぱいで良いのかな」
「良いんだよ。それが正解なんだから」
詩乃が東尋坊で身を投げ出していた時は、ゾッとしたというか、なぜだとか、なんてもったいないだとか色んな感情が巡った。
こんな可愛い女の子があそこで終わるなんて……信じれなかった。
俺なんて婚約者を寝取られただけで絶望していたのにな。いや、あれはあれで中々に心に傷を負ったけどな。
だが、やはり詩乃の方が辛かったはずだ。
実際、俺よりも絶望していた。
でも。
今はこんなにも大きく人生が変わっていた。
こんな笑顔が増えるとは思いもしなかった。だから正解だったんだ。
「うん。お兄ちゃんにはいつも感謝してる。本当にありがとね」
そう言いながらも、詩乃は俺の頬にキスをしてきた。
以前にもしてもらったけど、何度してもらっても嬉しいものだな。
思わず涙が出そうになった。
「詩乃……その」
「うん?」
「実は言っておきたいことがある」
今こそ言うべきだと確信した。だから言う。
あのことを。
「な、なんだろう。ちょっと怖いな」
「良いニュースだから安心してくれ」
「分かった」
「今日、元婚約者の可奈と正式に婚約破棄した」
「え……」
「詩乃と出会う前、俺は幸来の姉である可奈と婚約していたんだよ」
「そうだったんだ」
ちょっと辛そうにする詩乃。けれど、身を寄せて俺の腕をぎゅっと握って安心していた。
今なら言える。
俺の口から。
「だから……。詩乃と結婚したい」
「……うんっ」
表情を隠しながら頷く詩乃。もしかして……泣いてる?
「でも年齢的な問題があるから、18歳になったらだけどね」
「そうだね。わたし、まだ16歳だから」
高校二年生だからさすがにね。
でも、その時は必ずやってくる。
今はこれで十分だ。
「約束だからな、詩乃」
「もちろんだよ、お兄ちゃん。じゃあ……先に誓いのキスしておこっか」
「……!?」
「頬じゃなくて、今度は唇で」
こ……心の準備が出来ていない。
それに俺はキスなんてしたことがないのだ。上手くできるかどうか……。
慌てていると、詩乃が俺のヒザの上に乗ってきた。
そして、顔を近づけてくるなり唇を重ね合わせてきた。
…………驚いた。
詩乃からしてくれるだなんて思いもしなかった。
短いような長いようなキスを味わった。
緊張でほとんど分からなかったけれど。
「…………詩乃」
「ごめん。我慢できなくてしちゃった」
俺から離れる詩乃は恥ずかしそうに背を向け、温泉から出ていく。一方の俺は脳内が完全に停止していた。
だめだ……なにも考えられん。
――ようやく動けたのは三十分後だった。
やっべ、のぼせた。
このままでは風邪を引いてしまうな。
さっさと着替えて自室へ戻った。
部屋へ戻って俺はベッドの上でで風呂での出来事を思い返していた。
詩乃の唇、すごく柔らかかった。
この世のものとは思えない感触を味わった気がする。
ほとんど思い出せないけど。
ぼうっとしているとスマホにメッセージが入った。
詩乃:ファーストキスをお兄ちゃんにあげられて良かった
八一:マジか!
詩乃:恋愛ドラマで勉強したの。上手くできたかな……
なるほど、詩乃はそういうドラマを見るんだな。
それで見様見真似で手慣れていたわけだ。
八一:嬉しかったよ。ありがとう(?)
詩乃:またしてあげるねっ! じゃ、おやすみ~
そりゃ、願ったり叶ったり!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます