第54話 幸せは歩いてくる

 自宅へ戻ると早々、詩乃が駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、どこ行ってたの! 凄く心配したよ」

「すまん。ちょっと野暮用でな」

「そうなの? でも、黙って行かないで……」


 そうだったな。

 俺としたことが、せめて一言はいうべきだった。


 可奈のことは詳しく話せないけど……。


 猛省し、立ち尽くしていると幸来も飛んできた。


「お兄さん!」

「幸来!」


 二人に抱きつかれ、俺は心配させてしまったなと心の底から反省した。次は気をつけよう。二人の信頼を損ねない為にも。



 ◆



 ひとりで大浴場は寂しいものだ。

 久しぶりの自宅でのびのび風呂。ホテルとは違い、無駄に広大な浴場だ。

 温泉経営でも出来るんじゃないかってレベルで、恐ろしく整っている。


 シャワーを浴び、温泉に浸かる。


 父上の趣味で、お湯すらもこだわっているようだった。今日は『草津くさつ』か。

 最近、どこのお湯を使っているのかすら分かるようになった。


 ホテル暮らしになる前は『後生掛ごしょがけ温泉』と『指宿いぶすき温泉』からわざわざ取り寄せて、毎月入れ替えていた。


 金の使いどころが風呂なのが父上らしい。趣味らしいからいいけど。



「ふぅ~……草津は良いねぇ。心が洗われるようだ……」



 ぼうっとしていると、背後から扉の開く音がした。……え?


 振り向くとそこには詩乃の姿があった。



「お、お邪魔します……。お兄ちゃん」


「し、詩乃ぉ!?」



 バスタオルをしているものの、顔は真っ赤だ。

 ていうか、なんで詩乃がここに!

 さっきお風呂に入っていたような気がするが。



「一緒に……入ろ」

「あ、ああ……構わんけど」



 ホテル暮らしの時も一緒に入っている。だが、あの時もかなり緊張した。心臓が大爆発を起こすかと思ったほどだ。


 今もまたあの時のように急速にドキドキしていた。


 詩乃は本当に魅力的な体をしている。

 えっちすぎて直視できないッ!



「先に……シャワー浴びるね」

「お、おう」



 視線を前に向け、詩乃を見ないようにした。見ると俺の下半身が秒でコルト・パイソンになっちまうからな――。


 そういえば、父上にハワイに連れていってもらった時、射撃場でマグナムを試射したっけなぁ。凄い銃声で、イヤーマフをしていても耳がキーンとなったのを今でも覚えている。


 そんな過去を思い出して気を紛らわしていると、いつの間にか詩乃が俺の隣に舞い降りていた。


 て、天使だ。


 天使が舞い降りた……。



「お兄ちゃん」



 俺の耳元でささやく詩乃。

 その小さな頭を預けてくる。



「………………っ」



 脳内が幸せで埋め尽くされている。俺は今、猛烈に幸福で満たされている。


 あぁ……生きていて本当に良かった。

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