第37話 可愛い義妹と事務員のお姉さん

 お昼が終わった。

 水口さんが漫画好きということが判明し、詩乃と意気投合していた。

 そういえば、詩乃も漫画が好きだったな。


「そろそろ戻るね、お兄ちゃん」

「おう、また放課後」

「うん!」


 詩乃は教室へ戻っていく。

 話を聞く限りは順調で、女友達とも仲良くやっているようだ。

 平和そのもので、イジメの心配もなさそう。


 着実に第二の人生を歩みつつあった。


 以前よりも笑顔も増えたし、俺は少しだけ安心できた。



「どうした、八一くん。ニヤニヤしちゃって」



 にんまりした表情で水口さんは、俺を見つめる。……う、俺ってばそんな顔をしていたかな。顔にでちまっていたか。


「すみません、キモくて」

「いやー、いいよ。可愛い妹さんがいるとか羨ましい」

「そうですかね?」


「うん。私は一人っ子だからね。でも、失礼だけど、なんだかあんまり似てないね」


「義理の妹なんです」

「へえ、そうなんだ。それで……」



 なにか納得する水口さん。いったい何を納得したんだろう?


 よく分からないが、午後の仕事がはじまった。


 また事務処理をしていかなければ。



 ◆



 今日も無事に仕事を終えた。

 書類をまとめ、俺は席を立つ。



「水口さん、お疲れ様です。俺は先に」

「お疲れ様。ありがとうね」



 事務所を出ようとすると、扉の向こうから誰が入ってきた。



「入りますよ、水口さん」

「あ、川辺さん」



 どうやらこのスーツの男は川辺というらしい。

 歳は三十代ってところかな。


 川辺という男は、水口さんの隣の席に座った。



「いやぁ、ようやく落ち着けるよ」

「出張お疲れ様です」


「やっぱりここが落ち着くよ。ところで立っている男の子は?」

「ああ、彼は新しい事務員です」



 そうか、この川辺という人も事務員なのか。

 紹介されたので俺は応えることに。



「はじめまして、八一です」

「新人さんかぁ、珍しいね。よろしく」



 握手を交わそうとしたが、スルーされた。……な、なんだかカンジが悪いな。

 しかも俺に視線すら合わせない。

 なんだ、コイツは。


 まあいいか、俺は詩乃のところへ向かう。



「では」



 事務室を出ていこうとすると、水口さんも駆け寄ってきた。



「わ、私も」

「え? どうしたんです、水口さん」

「もちろん……帰るんだよ」

「そ、そうですか」


 おかしいな。水口さんはいつもあと一時間は残っている。今日は違うのか?


 それにしても、川辺という男からの視線を強く感じる。なんで睨まれているんだ、俺は。


 このままでは居心地が悪すぎるので、水口さんを連れて廊下へ。



 歩いて詩乃の教室へ向かう。

 二年の……C組だったはず。



 生徒たちとすれ違いながらも到着。

 教室内には詩乃の姿があった。


 女友達と楽しそうに会話をしていた。少ししてこちらに気づいた。



「お兄ちゃん、お待たせー。って、水口さんも」

「お疲れ。ちょっと一緒に行動することになった」



 申し訳なさそうな表情と口調で水口さんは、詩乃に謝っていた。



「ごめんね……。すぐ帰るから」



 なんだろう、水口さんってば……あの川辺と会ってから様子がおかしい。

 もしかして何かされているのかな?


 気になったので、俺はまず詩乃に耳打ちをした。



「なあ、詩乃。水口さんの様子がおかしいんだ」

「え? そうなの?」

「川辺という事務員が出張から帰ってきてから、ずっとソワソワしているんだ」

「そ、それって……相手に好意があるとかじゃない!?」


「な、なるほど!」



 それで川辺は俺を敵視していたのかな。

 けど詳しいことは本人に聞く。


 廊下を少し歩き、俺は水口さんに改めて聞いた。



「あの、水口さん」

「うん?」


「あの川辺って人と付き合っているんですか?」


「…………え」



 青ざめる水口さん。なんだか恐怖に怯えているようにも見えた。こ、これは……好意とかそういうレベルではない気がした。



「なにかされているんです?」

「…………たぶん、されてる」


「たぶん?」


「確証はないの。でも、あの人が事務所に残ると、私の私物が動いていたり……飲み物も変な味がしたりするの……。疑いたくはないけど、川辺さんの仕業じゃないかなって……」


 ま、まさか。あの真面目そうな人が?

 いやけど、俺の握手をスルーしたり、視線を合わせないなど何か不自然な点はあった。

 もしかすると、川辺はとんでもない男なのかもしれない。



「分かりました。この俺が今から川辺を探ってみますよ」

「い、いいの?」

「任せてください。俺、水口さんの不安を取り除いてあげたいんです。お世話になっていますし」


「……ありがとう」



 じわっと目尻に涙を溜める水口さん。やっぱり、不安なんだ。



「お兄ちゃん。水口さんの為にがんばろう」

「おう、詩乃。手伝ってくれるか?」

「もちろん。だってずっと仲良くしたいもん」



 決まりだな。

 川辺が事務所でひとりになった時、いったいなにをしているか……確認してみよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る