第10話 妹が寝取られるかもしれない

 ◆Side:八塚 可奈


 どうして、どうしてなの……!

 なんで分かってくれないの。


 なんで私ばかりこんな目に。


 こんなことになったのも全部凍夜のせいじゃない。アイツが甘い言葉で誘ってこなければ……今頃、八一くんと結婚していたのに。


 天王寺 凍夜は最低な男。


 暴力を振るうし、柴犬家よりも金持ちというのもウソだった。全部ウソ。ウソ、ウソ、ウソ! 女の子を騙しているだけの最低のクズ野郎。


 あんなゴミ男だとは思いもしなかった。


 でも、もう……なにもかも遅い。


 私はもう八一くんとやり直せない。拒絶されている。


 凍夜のせいで人生めちゃくちゃよ……!


 それに……本当の地獄はこれからだ。


 凍夜は言っていた。


 私の妹、幸来も紹介しろと。

 だからきっと狙っているに違いない……。

 守ってあげたいけど、私は警察署で取り調べ。きっと直ぐには解放されない。


 こんなことなら……凍夜を刺すべきだったかもしれない。


 今更ながら選択を誤ったと思った。


 ……後悔しかない。



◆Side:天王寺 凍夜


 可奈を捨ててやった。

 あの女は馬鹿だった。簡単に股を開いてくれたし、あのムカツク八一から婚約者を奪えた。

 これで二人の関係はメチャクチャになった。ざまぁねぇぜ。


 俺には複数のセフレがいるというのにな。

 可奈もその一人にすぎなかった。


 それに金なんてありはしない。

 天王寺家は落ちぶれていて、金持ちだったのは昔の話。過去の栄光だ。


 今や見る影もなく、俺は昔の影響を使って女を食いまくっていた。

 幸い、自身の顔にも自信があったしな。

 だから、可奈くらいなら落とすのは簡単だった。



 あれから数日。

 可奈が捕まったと聞いた。

 あの女、発狂して八一の家に乗り込んだようだ。アホかよ。

 しかもカッターナイフを振り回したとか、あんな女、捨てて良かった。


 やはり、大人しい妹の方が欲しい。


 八塚 幸来。


 八塚家を家出しているという。

 今は八一の家にいると知っていた。


 あとは詩乃という女の子もいるようだな。そっちは情報が掴めない。


 まあいい、幸来の方は簡単に奪える。


 そもそも可奈と俺は婚約を交わしていた。


 さあ、八一……覚悟しろ。次は幸来を寝取ってやるからなァ……!!



◆Side:八塚 幸来


 八一お兄さんは、良い人だ。

 あたしのことを救ってくれたし、こんな広くて快適な部屋も貸してくれた。自分の家のように使ってくれと言ってくれた。


 優しくて理想のお兄さんだ。


 ずっとここにいたい。

 八塚家は厳しくて、勝手に婚約相手を決めた。


 それがよりによって凍夜さんだった。


 あんな男を選ぶだなんてサイテー。

 あの男がなにをしているか、わたしは知っていた。


 友達から情報が回ってきていたし、悪い噂もかなり聞いていた。


 でも、お姉ちゃんの耳には届かなかった。


 なにを言っても信じてくれなかったし、聞く耳持たずだった。


 絶望したあたしは、家を出た。

 銀座のビルの屋上へ向かい、そこで命を絶とうとした。けれど、八一お兄さんが現れ、助けてくれた。


 嬉しかった。


 あんな風に止めてくれる人を、あたしは待っていたのかもしれない。



 それから柴犬家にお邪魔というか、実質妹のような扱いとなった。それもいいかもね。今更、八塚家に戻るなんて出来ない。きっと酷い目に遭う。


 そんな風に振り返っていると、騒がしい声がした。


「……なんだろ」


 部屋から出てみると、お姉ちゃんらしき声が聞こえた。え……柴犬家に来ているの?


 隠れながら注視していると、お姉ちゃんはカッターナイフを振り回しているようだった。


 ウソでしょ……!


 恐怖で足が震えた。

 そんなことする人じゃなかったのに。

 でも最近は精神が不安定とも言っていたし……きっと気が狂ったんだ。


 しばらくして、お姉ちゃんは警察に連行されていった。

 それからお兄さんがやってきた。


「幸来、大丈夫か?」

「あ……はい。あたしは大丈夫です……。お姉ちゃんは?」

「ああ……それなんだが捕まった」


「……ですよね」

「ショックだよね。俺も……ビックリしたよ。可奈があんなことをするなんて」



 お兄さんは目頭押さえ、辛そうに声を漏らす。

 元婚約者が奪われて帰ってきたかと思えば……この始末。お兄さんはきっと辛いはず。

 助けて貰った恩を返さないと。


「八一お兄さん、あたしでよければ相談に乗ります」

「そうだね。幸来なら可奈のこと詳しいよな」


 あたしの部屋にお兄さんを招き、いろいろ悩みを聞いた。

 お姉ちゃんと本気で結婚しようと思っていたこと。奪われて本当にショックだったということ。今も心の傷が癒えていないとか、意外な心情を明かしてくれた。


 そうだよね、あんなことをされたんだもん。

 普通じゃいられない。


 こうして自然に接してくれているのが不思議なくらいだ。



「無理しないでくださいね、お兄さん」

「……正直辛いよ。でもね、詩乃と幸来の為ならがんばれるよ」



 そう言ってくれて、あたしは嬉しかった。この人の為にがんばらないと。そう思えた。

 悩み相談が終わり――次の日。


 あたしのもとに意外な人物が現れた。



「やあ、幸来。俺のことを覚えているよな」

「と、凍夜さん……なんで……」



 玄関には凍夜さんが立っていた。

 ニヤリと不敵に笑い、こちらに向かってくる。

 怖い。

 会いたくもなかった。


 お兄さんに知らせないと――!



「おっと、八一は呼ぶなよ! おい、幸来!!」



 いきなり暴力を振るってくる凍夜さん。あたしは頬を叩かれて床に倒れた。



「きゃっ……!」

「俺とお前は婚約しているはずだ。そうだろ! なら、お前を犯しても問題ないよなァ!? しかもお前、確か処女だよな」


「や…………やめて」



 腕を強引に引っ張る凍夜さん。

 うそ、うそ……こんなの……!


「大声を出すなよ。殺すぞ」

「…………っ!」


 脅されてあたしは足が震えた。うそ……動けない。声も出なかった。こんなに怖いなんて……。


 お兄さん……助けて。

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