第7話 好きだった人に捨てられた

 銀座にあるユニシロに到着。

 多くの人々が行き交う道路へ降り、俺は詩乃に手を伸ばす。


「はぐれると大変だからな」

「そ、そうだよね。ありがとう、お兄ちゃん」


 恥ずかしそうに俺の手を取る詩乃。人目もあるから気持ちは分かる。でも、こんな人混みだからこそだ。

 もしも詩乃を見失ったら大変だ。


「では、行って来る」

「お気をつけて、坊ちゃん」


 ジークフリートを待機させ、俺と詩乃はお店へ向かう。

 それにしても、活気があるなぁ。普段はあまり来ないから、目移りがして頭がクラクラする。

 あと少しでユニシロに入店というところで、詩乃が足を止めていた。


「…………」

「どうした、詩乃」

「なんか騒がしくない?」

「街のど真ん中だからな。当然さ」

「ううん、違うの。なんか……騒ぎみたいな」


 詩乃がキョロキョロと周囲を見渡す。俺も釣られて何か起こっていないかと様子を伺う。すると、お店が多く入るビル前に人だかりが出来ていた。


 なんだ、ありゃ?

 事件でもあったのかな。


「誰か倒れたのかな」

「なんか、みんな上を見ているような」

「え、上……?」


 見上げてみると、ビルの屋上に人影があった。


 ちょ……え、まさか……。


 なんであんなところに人が立っているんだよ。危険すぎるだろう……!


 少女らしき人物が今にも飛び降りそうだった。


 まさかこれは……そういう現場なのか。


 なんて既視感だ。

 この光景、どこかで見覚えがある。


 ……なんてこった。


「お兄ちゃん、あの人……まさか!」

「そのまさかだろうな。くそっ、詩乃……悪い! マイバッハに戻ってくれ」

「助けに行くの?」

「そうだな。俺に出来ることはそれくらいだ」


 詩乃の手を離し、俺は全速力でビルへ向かった。

 エレベーターを使い、屋上へ一気に向かう。


 急いで階段を少し上がり、屋上の扉を突破。


 ……いた!


 詩乃と同じ歳くらいの金髪の少女が立っていた。後ろ姿で顔は分からないけど、雰囲気は若い。



「…………」

「お、おい……君!」



 こちらに向く少女。

 その顔を見て俺は驚いた。

 なんでだよ。


 なんでこんな可愛い子がそこに立っているんだ。ありえないだろ!



「誰ですか?」

「誰って、君を助けに来たんだよ」

「意味が分かりません。あたしはもう絶望しかないんです」

「なにがあった」


「捨てられたんです。好きだった人に捨てられたんです……! もう生きている意味がない!」


 俺と似たようなものだ。気持ちが分からないでもない。でも、死ぬのはダメだ。


「そんなことはない。俺が助けてやる」

「いいんです。あたしなんてもう……」


 少女は決心した顔つきで前を向いて、歩き始める。……マズい! このままだと本当に飛び降りてしまう。東尋坊と違い、下は道路だぞ。

 しかも、人混みも多い。巻き込む可能性がある。


 猛ダッシュで向かうが、少女は落ちた。


 いや、まだ間に合う――!


 俺は手を伸ばし、ギリギリのところで少女の手を取った。


「落ちるな馬鹿!」

「……ッ! でもっ……」

「俺の目の前で死ぬのは許さん」


 強く、強く、力いっぱい少女を引き上げていく。幸い、ジムトレーニングを欠かさず毎日していたので体が鍛えられていた。

 父上がひ弱な肉体では健康にも悪いし、大切な人を守れないというから半強制的にやらされていたのだ。


 しかも、ラッキーなことに少女の体重は軽かった。


 なんとか屋上へ引き戻し、俺は安堵した。



「…………こ、怖かった……です」



 少女は安心したのか涙を流して後悔していた。それでいい。



「分かったのならいい! もうあんなことはするな」

「はい……」


「警察に通報した方がいいか?」

「それだけは止めてください……」

「理由がありそうだな」

「あとで話しますから」

「分かった」


 ひとまず、少女を連れてジークフリートのところへ。エレベーターで地上へ向かう。


 ちょうどマイバッハが止まっていた。


「坊ちゃん、何事ですか」

「少女が飛び降りようとしていてね。俺が助けた」

「その方ですね」

「ああ、名前は――」


 そういえば聞いていなかった。


「あたしは……づか 幸来さらです」

「……え。八塚……って」


「変わった苗字ですよね」


 そうじゃない。八塚ってことは、まさか……そんな珍しい苗字はそうはいない。まさか、この子は……。


「君、可奈の姉か妹か……?」

「!? お、お姉ちゃんを知っているんですか?」


「お姉ちゃん!?」


 可奈に妹がいたのか。知らなかったぞ。

 そんなこと一度も教えてくれなかった。


「あ、もしかして……あなた柴犬家の……八一さん?」

「そうだ。聞かされていたのか」

「はい。お姉ちゃんからよく聞かされていました。でも、凍夜さんはお姉ちゃんと付き合うようになって……」


 となると捨てられたというのは、凍夜に捨てられたということか。……なんてことだ! あの男、こんな可愛い子を捨てたのかよ。

 こんなに思いつめて可哀想に。


 可奈も凍夜も最低だぞ。


「八塚さん、ひとまず俺の家に来ないか」

「いいんですか?」

「ああ、落ち着くまでね」

「ありがとうございます。お世話になります」


「けど、俺には義妹がいてね。よろしくやってくれると嬉しいよ」



 俺は義妹を紹介しようとマイバッハの後部座席に座る詩乃に声をかけたが……。うわっ、すっごく不機嫌そうだ。


 ムス~~~っとしているし、これは怖いな。



「……お兄ちゃん」

「すまんすまん。服は買うから」

「それはいいけど、なんで女の子を拾ってるの」

「仕方ないさ。一応、知り合いだし」

「え……」


 詩乃に、元婚約者の妹であることを打ち明けた。

 意外そうにしていたが、事情を知ると納得していた。


「というわけなんだ」

「そうなんだ。いろいろ大変だったね……。わたしもそうだったから分かる」

「しばらく居させてやろう」

「分かった。でも、お兄ちゃんが決めることだし、人助けしたんだもんね。かっこいいよ」


 そう褒められると照れるというか、嬉しすぎた。

 八塚さんには後部座席に乗ってもらった。


「あ、あたしのことは幸来と呼んでください。八塚だと紛らわしいので」

「そ、そうか。俺のことも名前でいいぞ」

「分かりました、八一さん」


 とんでもないことになったな。

 助けた少女がまさか可奈の妹だったとはな。

 関係を断ち切ったはずだったんだがな……。

 妹なら仕方ないか。


 ジークフリートに頼み、再び自宅を目指してもらう。


 車が動き出すと、また背後に気配を感じた。……やっぱり、つけられているな。

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