第5話 白い指
校内に立つイチョウの木が朝日に照らされ、地面に落ちた黄色い葉が太陽の光を反射させる。心地よい温かさを感じさせる陽だまりは夏の終わりと冬の始まりを告げる。あれから森下とはよく話すようになった。僕は口下手で森下が一方的に話しているだけだったが、お互いの仲は良くなっていった。森下の話す話は僕にはあまり共感ができない世界だがいつも面白い。部活で新人戦に出場したとか、3年生が引退した後の顧問の先生はさらに厳しくなったとか、篠宮先輩と一緒に帰ったとか。向こうからするとこっちが何か意見するわけでもなく丁度いい相槌を打つから話しやすいらしい。
一一月の第一月曜日、久しぶりの全校集会だ。夏休みが明けた後の全校集会は行われなかった。校長先生の話すネタが尽きたのか大人たちの都合なのかはわからない。クラスのみんなは退屈な校長先生の話がなくなって嬉しがっていたが今の僕にとっては残念で仕方がない。僕はこの夏休み、現代文の教科書に載っている作家を筆頭に小説を読み始めた。先輩と話すための本の話や話題は何個か用意はしてある。どれかひとつでもいいから話してみようとドキドキしながら列の後ろで待っていると、後ろから三年生の列が入場してくる。あれ。今日の篠宮先輩は列の前方に並んでいる。今日は名前順に並んでいるのだろうか。おかしい。いや、これが普通なのだ。今日は体調が優れているのであろうか。これは先輩の体調がいいことを喜ぶべきところだが、隣にいないことを残念に思いなんだかもどかしい。しかし、久しぶりに見る先輩はやはり綺麗だ。部活を引退し髪を伸ばしているのか、髪が肩まで伸びている。いつも通りスッと伸びた背筋と綺麗な横顔に思わず目で追ってしまう。すると、目の前にいる森下に冷ややかな顔で突っ込まれる。
「見すぎだよ。ちょっと話してくる」
森下は篠宮先輩が引退した後も相談に乗ってもらっているらしく、定刻になるまで篠宮先輩のところに話しかけに行った。僕とは違い誰にでも物怖じせず話しかけに行ける森下の性格は羨ましい。篠宮先輩と森下が楽しそうに話しているのを後ろから眺める。戻ってきた森下が気を遣ってか僕を見ながら言う。
「篠宮先輩、今日は前の方にいるね。体調がいいみたい。」
聞いていないのに先輩の話をしてくる。お節介だと思いつつありがたいと思う。
「話しかけてきなよ」
「いいよ。迷惑だよ」
「そんなことないよ。呼んであげよっか。篠宮せんぱ…」
「いやいいって」
呼びかけようと挙げた手を制すと、後ろから腕を組む神村先生がわざとらしく咳払いをする。視線を感じ前方を見ると篠宮先輩が後ろを振り向きニヤニヤとこちらを見ている。一連の様子を見られたかと思うと、恥ずかしくてため息交じりに森下をにらむ。
「なによ」
「別に」
集会後、教室に戻る道中で誰かに肩をたたかれた驚いて振り向くとそこには篠宮先輩が立っていた。
「おはよう」
「お、おはようございますっ」
久しぶりに相対する篠宮先輩に驚き声がうわずる。僕の反応をおもしろがりながら先輩は言う。
「はい、この前言ってたやつ。遅くなってごめんね」
その手には文庫本がある。渡辺淳一「阿寒に果つ」と書いてある。
「え‼いいんですか‼」
「うん、もちろん、約束でしょ」
本を受け取るときにスラリと伸びる白く細長い指が見える。よく見ると、その手には短く切った爪と打ち身であろうか古傷が見える。
「それとさ、週末って暇?」
「え、あはい、土曜ならなにもないですけど。」
「じゃあ、一五時に南駅の喫茶店の前に集合ね」
「わかりました…」
半ば強引に決められ呆気に取られていると森下に後ろから肩をたたかれ満面の笑みで言う。
「よかったじゃん。」
「聞いてたのかよ」
「まあね、実は君の顔が先輩のこと好き好きうるさいからちょっと援護射撃を。」
ニヤリといたずらっぽい目をしているが、自分のことのように喜んでくれるところが森下の良さだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます