第4話 赤らむ顔
次の集会は僕にとってはただの集会ではない。篠宮先輩と話すことのできる貴重な時間となった。早いうちからその時に何を話そうか考えを練る。だが、こういう時に何を話したらいいかわからない。趣味がこれと言ってない僕は相手に振る話題も持っていないし、向こうの会話に合わせられる自信もない。集会が来る前にどこかで練習をしなくては。事前の練習は必要不可欠である。近場で練習台として最適なのは同じクラスの女子だ。僕は入学早々病弱キャラが付いていたし、イケメンではないが不快感を与えない顔だとは自負している。そのため女子からの印象も悪くはなく、一言二言の会話なら何度かしたことがあるからおそらく会話はしてくれるだろう。中途半端な自己肯定感を胸に抱きいざ話しかけてみる。
僕の周りで一番近い女子といえば席の目の前にいる森下だ。森下は丸顔で垂れ目の柔らかい雰囲気を持った女子。その雰囲気のせいか友達も多いようで男子も女子も分け隔てなく接している印象。少し申し訳なく思うがこっちの我儘にも付き合ってもらう。
三時限目の終わり、森下が一人で次の授業の準備をしているところを見計らい声をかける。
「あのさ、さっきの授業少しだけ寝ちゃってノート見せてくれない?」
下手くそなナンパだとは思うがこの際は仕方がない。
「いいけど、吉崎君が寝てるなんて珍しいね」
「ちょっと昨日夜更かししちゃって」
嘘だ。昨日は十時間きっちりと寝た。申し訳なく思いながらのノートを借りる。
「ありがとう」
借りる必要もないが、興味本位でノートをパラパラと覗いてみると驚いた。僕の乱雑なノートに比べキレイな字でキレイなバランスでノートが書かれている。これはほんとに同じ授業を受けたのかと疑うレベルの違いに思わず感嘆の息が漏れる。そういえば森下が僕の名前を知っていることにも驚いた。
初手は上出来だ。会話を成功させ、ノートを返すという話しかける理由もできた。そのまま次の授業は終わりノートを借りた勢いのまま話しかけてみる。
「ノートありがとう。助かったよ。あのさ…ちょっと一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なに」
「全校集会の時にさ、隣に先輩たちの列があるじゃん」
「うん」
「あそこにいた、美人な先輩のことって何か知らない?」
全校集会も座席と同様に名前順で並んでいるので森下は僕のひとつ前に並んでいる。
「あぁ、吉崎君が倒れたときに介護してた」
やはり見られていたか。全校生徒の注目を集めていたそうだから当たり前だが、改めて聞くと恥ずかしさで服の下では鳥肌が立っていた。
「そ、そう、何か知らない?」
「それなら、私と同じバレー部よ。篠宮先輩って美人でバレーもうまくて、頭もよくて私も憧れてるの」
「え⁉へーそうなんだ」
森下がバレー部に入っていることも初耳だが、先輩の髪が短かったのも納得がいく。
「もともと体が弱くて、朝なんかはたまに貧血を起こすから列の後方にいるんだって」
「そうなんだ」
そういえばそんなこと言っていた気もするが先輩が弱っている姿は想像ができない。さあここからが本題だ。次の集会で先輩になんて声をかけようか。運も味方に付いている。同じ部活の森下ならなにか有益な情報を持っているのではないだろうか。
「それでその時のお礼を言いたいんだけどなんて話しかけたらいいかわかんなくて」
ちょっとした噓をつく。
「そのまま普通にありがとうございましたでいいんじゃない」
「それはそうなんだけど、それだけじゃなんか…ねぇ?」
「え?なに?もしかして篠宮先輩に気があるの?」
女子のカンは鋭い。
「べ、べつにそんなんじゃないけど」
「えー顔赤くなってるよー。でも好きになっちゃうよねー。かっこいいもん篠宮先輩」
「だからそんなんじゃないって」
少しむきになって声が荒っぽくなる。森下は動揺する僕の姿を見てニヤニヤとする。
「はいはい。わかりました。あーでも、本は好きらしいよ篠宮先輩」
「そうなんだ、で、どんな本が好きなの」
手の内がばれたのなら仕方がない、結論を急ぐ。
「それは知らないよ、自分で聞きなよ」
「あ、そう、ありがとう」
森下には思惑がすっかりバレてしまいみっともない姿をさらしたが元々の作戦は成功だ。とても有益な情報をくれたので森下には感謝しかない。
夏休み直前の集会。蒸し暑さが体育館を包む中、先日森下から聞いた情報をもとに前回同様隣に並ぶ先輩に話しかけてみる。
「先輩って本好きなんですか」
「どうしたの急に」
しまった。自分が何を話したいばかり考えて質問が唐突過ぎたかもしれない。
「いや、えっと…」
「そうね、本は好きよ。でも何で知ってるの」
やっぱり急にこんな質問をされて気持ち悪いだろうか。
「なんかそんな感じがして」
「フフ。何それ、信君て面白いね」
校長先生のお経のような話の最中、今の言葉を反芻させる。うわの空で聞く校長先生の話の途中、先輩がひそめた声で僕の耳元に話しかける。
「今度、本、貸してあげよっか。」
「え‼ほんとですか‼」
耳元で聞こえる先輩の吐息交じりの声と嬉しさに思わず驚き大きい声が出てしまった。先生に後ろから名簿で頭をはたかれ、貧血の時と同じく全校生徒がこっちを見る。今回僕の意識はしっかりとあり、こっちを向く皆さんと目が合う。校長先生はこちらを一瞥しそのまま話を続ける。あまりの恥ずかしさにこのまま気絶して保健室に運ばれたほうがマシだと思う。前を見ると森下がクスクス笑い、横を見ると先輩が手で口をおさえながら笑っている。
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