第2話 病理医困惑
暖かい流れの中に漂う、天地の区別もなく浮遊するような感覚の中、時折なにかが身体にぶつかってくる。徐々に、身体の近くを過ぎ去っていく様になり、背部が硬い石の様なものに触れ浮遊感は止まった。せせらぎが頬をなでながら、徐々にその存在感を高めてゆく。
川縁に仰向けになっている。そう僕は確信した。
車で帰宅していたのは覚えている。そこから投げ出されたのか。目を閉じているのに、赤々と力強い日差しがまぶた越しに伝わってくる。目を開けてみる。夜半に帰宅したはずだったが、陽は明けており暖かく頬をなでている。右手を挙げてみると、見慣れた手相が見える。まだもやっとした感覚の中、左手を挙げてその存在を確認し、両手で顔をさする。さわりなれた、長年付き添ってきた顔が其処にあり、つぎに胸、腹と確認していった。長年付き添ってきたなじみの手、脚、顔、胸腹、そう僕が其処にいた。ただ、ここが何処なのか良く分からない。自宅に帰る途中であったが、そとに投げ出されたのか?周りには、鬱蒼とした木々が存在感を主張し、その傍らには大きな花崗岩のような白っぽい石を背景に大小の結節状の黒色斑を伴った岩岩がこれも存在を主張しながら其処にあった岩の基部は苔むしており、木々に負けないくらい、いやそのもっと前からいるのだぞと、暗に問いかけている。そんな風体であった。主張しあう木々と岩岩の間を申し訳なさそうに、しかし、両者の仲介をするが如くさらに青々とした小川が岩岩の間を流れていた。川幅は狭い割に、深さがあり、砕けた岩岩が川床を覆っていた。僕は優しい日差しのなか、主張しあう木々と岩岩との間にある小川のほとりに立ち、呆けた表情で目の前の風景を主役毎に、交互に眺めていた。小川の流れは向かって左から右に流れている。屋久島の写真を見たことがあるが、其処に似ているような。しかし、生えている木々には見覚えがない。少なくとも、自分が済んでいた町の埴生ではない。
「生年月日はYYYY年MM月DD日、戸籍は>>県、今日は202Y年・・」独り言の様につぶやき、見当識をセルフチェックした。
今まで起きた事と、現実の風景のギャップにと戸惑いを抑えきれないが、日々の代わり映えしない日常化から解き放たれた一種の昂揚感も否定出来ない事実であった。しばらく、不安と昂揚感の共演を楽しみつつ、ゆっくりと身を起こし、再度深く息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。
小川の流れは絶えず、僕の不安や昂揚間とは無関係に左から右に流れている。事故であればさすがに、近隣の人たちが騒ぎ救急車および警察に連絡がいっている、それくらいの時間は優に立っているだろう。しかし、そんな気配は微塵もない。とりあえずではあるが、小川の流れる方向に歩き出した。ざっざとこぎみよくなる白い砂利が小川の両岸に敷かれており、さながら天然の遊歩道の様であった。この小川は中流であるのか、周囲に大きな花崗岩の様な苔むした岩もあり、細かい砂利もある。自分の位置を推測しながら歩を進めた。
大きな岩にさしかかった頃、川沿いに洋館が見えてきた。ただ、自分の住んでいた地域では見かけない建築様式であった。
ふと、岩陰から視線を感じた(気がした)。突如として、高い金属音にも似た破裂音とともに足下の石が爆ぜた。軽いくぼみが出来ており、其処には銀に光る長く細い棒が刺さっていた。
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