第3話 病理医回想

岩陰から刺す様な冷たい視線が、皮膚を硬くする。恐怖?理解が追いつかないこの世界で、思考がにぶる。銀の棒が地面に刺さっている。これ以上動くと、身体に深々とこの棒がささるイメージが、靄の様に湧き出てきて手足にまとわりつく。死が近づいてきている。説明はいらない。それが事実と信じるにたるひりつく空気。ああ・・久しく感じていなかったこの感覚。最後に感じたのは中学で当時いきった同級生に呼び出されて、笑いながらみぎフックを顔面に食らった時以来か。


今はどうなっているかしらないが、通学当時は設立以来最大に荒れていたらしい。中一の時だったと思う。校内には数名の不良がいて、校内の規律を攪乱していた。攪乱された風紀は周囲に伝染し、もとからそんな人間ではないはずの個人も感染し不良感に憧れ、悪事というほどの事も出来ないが今までの人生では味わえない非日常感を満喫する小市民が増加していた。目立たないといえば嘘になるそんな外見を持って生まれた自分は、独自の風紀を守ろうとする不良たちの風紀をみだしたようで、粛正の対象となった。後は、ステレオタイプに人気のない男子便所で同級生の不良見習いに笑いながらみぎフックを顔面に食らわらせられたわけだ。自分は上唇から生暖かい独特の奥歯にしみるような鉄臭さを放つ血に気づくまでそれが分からなかったが。今も残るその疵をみるに、まあ結構殴られていたようだ。血に気づいた後は思考が鈍り非現実感が現実味をまして、ぼやっとそしてもやっとした皮膚感におそわれた。10数年生きてきたなかで、一番死に近づいた瞬間であった(まぁ、今思えばそんなことで死なない訳だが、当時は緊急事態中の緊急事態で・・)。


一瞬の回想の後、地面にささる銀の棒とまとわりつくいやな感覚が再び現実に焦点を定まらせた。

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